第98話 魚人一本釣り
「チーム流星のスキル持ちはふたり。けど、ディーノフレスターには負けた」
「あの利達ちゃんって子がスキル持ちだねぇ。どうだった?」
ナイフを投げたことを言っている。ノールックキャッチが成功するほど綺麗な弧を描いたカーブだった。
「磨けば光る、って段階ですかね」
「チーム流星では重宝されてそうだけど、本人がまだ未熟ってことかぁ」
「スキルを多用して、頼り切ってる印象ですね。二年前、俺が奏さんにボコボコにされた時みたいだ」
「あっひゃっひゃ! あったねぇ、そんなこと」
思い出したくない黒歴史の一ページを飾る、暗澹たるイベントは、深く心に刻み込まれているようで、どう拭おうと俺のなかから消えてはくれない。
あの時の俺と利達はまるで同一人物のように重なる。
スキルばかり頼って、他のなにもかもを疎かにする傾向。だからスキル持ちだろうと、利達はスキルを持っていない迅と同じ扱いを受ける。俺もそうだった。それ以外を身に着けなかったせいで奏さんにボコボコにされた。手も足も出なかった。
「じゃ、逆に名都くんのスキルは、大したものなのかねぇ?」
利達が手も足も出ないとなると、名都は利達のスキル含めなにもかもを封じることができると予想できる。
仮にそうだとして、俺がいざ対峙したとなると、どれくらいの接近をすれば勝てるだろうか。計算に計算を重ね───素がよろしくないため、距離感を掴めなかった。
「戻ろうか、キョーちゃん。調査は明日でもできるよ」
「はい」
情報共有はこれで終わる。その日に掴んだことを桑園に報告するまでもない。本陣へと帰投すると、ローテーションで見張りをするチーム流星にそれを任せ、俺たちは各々のテントで就寝した。
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「敵襲! 敵襲!」
「総員警戒態勢! モンスターの姿を視認しても仕掛けるな! 団長の指示を待て!」
二日目の昼過ぎ。第二中継点も目前といったところで、ついに敵襲を受けた。
ディーノフレスターではない。そこに生息するモンスターだ。
チーム流星は埼玉ダンジョンで何人もの犠牲を払って敗走したものの、観測を得意とする団員はまだ残っていたようで、隊列の中央から全員に聞こえるように叫ぶ。
「場所は?」
「前方から急速接近する敵が………三! しかし、後方からも接近する敵が………あれ? なんだこれ」
「しっかりと報告しろ」
「わ、わかりません! 敵は、いきなり小さくなったり、元のサイズに戻ったりと………う………なんだこの音」
名都が詰問する男は、混乱した面持ちで叫ぶ。
オフェンスには鏡花が出た。ウサギのようなモンスターが三体駆け寄ってくる。鏡花の補佐に、利き腕を封じられても、左腕でも戦える龍弐さんが刀を逆手持ちにして待機。
中間をマリア。オールレンジ攻撃を可能とする奏さんが護衛ついでに近くに。
俺は後方の敵とやらに対応するため、殿に利達とともに配置された。
「チッ………なんでお前と一緒なんだよ」
「お互いスキル持ちだろ。仲良くやろうぜ」
「嫌なこった!」
相変わらず、嫌われたもんだ。ベーと舌まで出す利達のあどけなさに苦笑する。
しかし、いつまでも利達に構ってはいられない。
観測を可能とする少年が混乱する理由を分析する。
その少年、スキル持ちでもなんでもない。元から優れた感覚の持ち主というだけ。その優れた感覚をさらに鍛え抜き、レーダーサイトのようなものを頭のなかに築き上げた。大所帯のパーティから数人のパーティまで諜報される役のひとつだ。こういう頭脳を持つ者を総じて観測班と呼ぶ。
で、あの少年が鍛えたのが、耳。聴覚で敵の接近を捉えていた。
前方の、原種より体格が四倍ほど大きいウサギは足音から。では後方の敵は。
未だ姿はない。だが「もう近くまで来ています!」と喚く辺り、それは本当なのだろう。
ではどこに───って、考えるまでもないか。
「お、おい。どこに行くんだよ!」
「まぁ見てな。あの観測の子が混乱するのも無理もねぇのさ。小さくなったり元通りになったり、か。良い表現だ。まったく、そのとおりだぜ」
俺はあえて陣形の外へ移動する。利達は俺が不審な動きをすれば、携えるナイフで刺してやると眼光を飛ばすが、一切無視する。
目の前になにがあるか。この桐生市とみどり市が合併した地形の地下には、大きな水たまりがある。そこに浮いているのか水底から突き出ているのか、俺たちの足場となる岩があった。平べったく広がるそこに立っている。
俺はそっと、縁に立つと、しゃがんで左手を水のなかに漬けた。
この季節、ダンジョンの空気は温められて上に出る。しかし反して水温は低く、氷のように冷たい。
指を漬けた影響で波紋が広がる。水面に映る俺の顔も揺れるなかで、一定のリズムで輪を広げつつ消えゆく波紋のひとつに、タイミングを合わせた。
「………ラァッ!!」
ビチッ───水が鳴る。
左手を斜め上へと振り上げた。
手に付着した水と、なにかが天高く舞い、やがて利達の足元に落ちる。
「なに、これ………」
「顎」
「アゴォ………!?」
利達が瞠目する。次いで水面に突き刺した右手が、それを持ち上げて、やっと俺の言うことが理解できた。
魚人だ。魚に猿の手足がついたモンスター。激しく痙攣する理由は、右手が挿入したエラの部分が折り畳まれているからだけではない。下顎を失っているからだ。最初に水に漬けた左手に噛み付く寸前で顎を折ってやった。ただ関節が弱かったのだろう。折り畳もうとしたらちぎれた。
「足場は地面だけじゃねえ。水があんだろ。こういうモンスターもいるってことだ。それにしても水のなかまで音を聞けるとは大したもんだな」
「………いや、魚人討伐のセオリーを一切守らず無傷で生還するきみの方が大したものだと賞賛したいのだが………」
「そういうのは後にしな………って言いたいところだが、もういいか」
チーム流星の出番は、もう回りそうにない。すでに鏡花が三匹のウサギを討伐し終えている。スキルで置換し、三匹が肉団子となっていた。
「よかったな。今日は部下に肉を食わせてやることができそうだぞ」
「………感謝する」
こうして二日目が終わる。
護衛を引き受けたにしては、大したレベルでもないモンスターで脱力した。いっそのことスティンガーブルが出て来てくれた方が面白いのに。
と………考えていた矢先。
みどり市跡地の地下を歩く俺たちに敵襲を告げる観測の少年。前方の足場である岩場を蹴り割って、成獣のスティンガーブルがまさか登場するとは思わなかった。
「全員下がらせろ! 行くぞ鏡花ぁ!」
「わかってるわよ」
前橋で見たものと同じ体格。何十トンもの体重を、水の上に浮く岩場が耐えられるはずがない。俺たちを視認しているのではなく、興奮状態にあったスティンガーブルは猛進しながら岩を蹴り砕き、跳躍し、俺たちを敵と認識して襲い掛かってきた。
長期戦に持ち込むつもりはない。
長引けば俺たちが進む足場を失い、最悪極寒の水を泳ぐことになる。水のなかには魚人がまだいるだろう。犠牲が増える一方だ。
まだ俺たちとスティンガーブルとの距離はある。俺と鏡花がオフェンスを担当し、後方支援に奏さんが素早くロングレンジショットを放った。
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第二章終盤に向けて突っ走っております。
一週間で十八話も更新すると、どこで止めていいのかわからなくなってきますが、気力が継続するまで書き続ける所存です。
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