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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

廃墟と化した東京23区に立ち入ると、謎の生命体に乗っ取られ文明を作られていた話。

作者: 奈良ひさぎ

 東京は廃墟と化した、はずだった。


「なんだ、ここは……」


 東京に一極集中した省庁を地方に移転させ、パワーを分散させる政策は、想定以上のスピードで進行した。文化庁の京都移転を皮切りに、農林水産省が北海道に、防衛省が大阪に、こども家庭庁が福岡に移った。いわゆる中央省庁と呼ばれる官庁は全て東京から去り、残ったのは大量の人と高層ビルの数々。しかし、東京が日本の中心としての機能を失ったことに気づいた人から移住を始め、さらに各地に移転した新庁舎に取り壊した部材を再利用する流れが加速、結果東京は文字通りもぬけの殻となっていった。


『新宿で五人の遺体見つかる 管理区域に不法侵入の男逮捕』


 もともと人が多いゆえに犯罪の検挙数も多かった東京だが、住む人が減って立ち入る人間も減ったことで、単純に治安が悪化した。商業施設やテレビ局などはほとんど放棄する形で関東圏の別の場所へ移転し、その建物はホームレスに利用され、また犯罪の温床として大いに活用された。最終的には、23区とそれ以外ではっきり隔離しなければ日本全体の治安に関わるとされ、高いフェンスで囲われた陸の孤島と化してしまった。


『【悲報】池袋、完全終了のお知らせ』


 とあるインターネット掲示板にそんなスレが立ったのも懐かしい。

 東京23区は政府管轄の管理区域。というのは表向きの話で、実際はとても管理されているとはいえない状況だ。檻のようなフェンスにはうっとうしいほどの数、「政府管理区域 立入禁止」と謳う看板が設置されているが、それは少しでも治安の悪化を遅らせるためのまやかし。管理しなければいけないと政府が重い腰を上げた時には、すでに取り返しがつかないほどのスラムと化していた。クモの巣状に伸びていた鉄道網はほとんど23区内への乗り入れをやめてしまったが、それでもこの『楽園』にひとたび立ち入れば、この世界で犯罪とされているものは基本的に何でもできる。それだけでなく、違法性のあるものもずっと格安で手に入る場合がほとんど。そして検挙数は、明らかに実際の犯罪件数に追いついていなかった。


『首都機能喪失宣言から十五年! 廃墟と化した東京は今……』


 そんなことがあって、東京は日本の首都ではなくなった。最初の頃こそ、心霊スポットよろしく冷やかしで立ち入り撮影した動画がYouTubeで数百万回再生を誇るなど、人々の関心も大きかった。しかし五年も経つと23区の外側に治安の悪さが漏れ出すのを警戒した政府が、より強固な壁を建設し中の様子さえ見えない状態にしてしまった。それからは23区内は完全にブラックボックス、何が起こっているかさえ分からなくなってしまった。


『壁の内部から、不気味な呼吸音が無数にする』


 事態が一変したのは、そんな報告が上がった時だった。もはや外周の壁に近づく人間すらいなくなった中での報告だったから、瞬く間にその話は大きくなり、みんなの知るところとなった。確かめた人間から次々に体験談がアップされ、いよいよ内部の調査をしなければ、という機運が高まった。


「どうせキショイ虫が覇権を握ってるとか、そんなところだろ。わざわざ乗り込む必要があるかね」

「でもそれはそれで、この二十年かそこらで文明が新しくできてるってことだろ。壁一枚隔てて同じ世界に住んでるわけだし、素性は確かめておかねえと」

「その壁一枚が、とんでもなく分厚いんだけどな」


 地上から23区内に進入する鉄道路線は全て、壁によって断絶されていた。調査隊として十人が地下鉄に乗り込み、終点まで乗車後、固く閉ざされていた重い扉を開けて先の方へ歩く。地上と同じように壁で仕切られ、線路の点検もされなかった『向こうの世界』は、崩壊が激しくとても歩ける状態ではなかった。それでも何とか進み、次の駅にたどり着く。東京都心だから駅間が短く、道が崩壊していると言ってもそれほど時間がかからなかったのが救いだ。


「駅は……そこまで、変わってないな」

「ああ……問題は、地上か」


 地下鉄の駅は、二十年全く手入れされていなければこんなものだろう、という劣化具合。ちょっと強く足踏みすれば崩壊しそうな、コンクリートの階段をおそるおそる上る。だらしなく開きっぱなしになった改札を抜ける。


 そして、景色の色が変わった。


「……っ!?」


 そこはかつての東京都心と何ら変わらない――ように見えた。しかし状況を理解するにつれて、異常性が際立ってくる。


 すぐ近くにあった路面電車の線路。壁によって断絶していたはずのそれは、奥へ奥へ向かって整備された状態で伸びていた。その先には、どう見ても建っている傾斜のおかしい建物が乱立していた。どれくらい離れているのか、列車が走っていないのと濃い霧がかかっているのとで、まるで分からない。しかし人間のものでない技術がここにあることは確かだった。


「なあ、ここは――俺たちが来て、よかった場所か?」


 仕方なく同行すると言って、ぶうぶう文句を垂れていた奴がそう言う。その瞬間だった。


「――っっっ!?!?」


 光のように瞬き一つの間に、そして疾風をまき散らしながら。グロテスクな色をした触手がうねうねと線路を伝ってこちらに伸び、彼を拘束。たちまち全身を包み込み、ぐにぐにと動いた後、水分やら何やらをすべて吸い尽くされた彼がどさりと、その場に倒れた。即死しているのは明らかだった。


「あ、あ、あああああっ!!」


 僕を含めた残り九人が一斉に逃げ出す。足が普通でないほどすくんでいたが、それよりも逃げなければ死ぬ、という強迫観念が僕たちを突き動かしていた。そして触手の速度に当然勝てるはずがなく、次々と調査隊の仲間が飲み込まれてゆく。


「……っ!」


 捕まらなくとも、息が詰まり呼吸ができなくなって死ぬ、という思いで来た道を逆走。鉛のごとき重く厚い扉を閉めると、触手が追うことをあきらめてくれた。



 唯一生き残った僕は、必死で至るところに書き込みを残す。しかし信じてくれる人は誰もいなかった。残りの九人はみな、発狂した僕が殺したことにされた。確かにあんなことがあって、まだ何とか正気を保っているなんて、おかしい話なのかもしれない。それでも僕は、何とかして誤解を解きたい。死ぬまで、殺人者というレッテルがはがれなくとも。

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