HUNGRY・RABBITS
――Nico――
「はあッ!? なにあれ!?」
コマンドセンター。鋼鉄のウサギがあらわれたとき、誰よりも真っ先に叫んだのはリィラだった。
「アーマリングだ! 初期案とはだいぶ違うようだがな」
その疑問に答えたのはニコ。クロウディアのところでジョージから引き出した情報――パワードスーツの計画の成果だろう。まさか、異世界のウサギをデザインとして取り込むとはな。
「まったく。開発を進めているとは聞いたが、もう出してくるとは。プロトタイプか?」
「いや、パッと見だけどもう製品レベルの出来だよ」
リィラが目を凝らす。その隙にニコは周辺のアクセス可能なカメラを片っ端から確認し始める。
「そっか、もう現物があるグレートライフルに乗っかって作ったんだ。あのくっつき方してる脚だけを別のパーツにすんのは無理。アーマリングの設計思想を全部無視して、できた部分から逆算してっからリリースが早ぇんだ」
聞きながらカメラを捜索していく。すると――。
「――やっぱりか。博物館周囲のカメラだけがダウンしている」
「え、じゃあ……」
ウサギと睨み合うカイに、通信を入れた。
「カイ君! そいつを倒せ! 正規軍がキミの暗殺に乗り出したぞ!」
――Kai――
暗殺。ひょっとしたら話し合いができるかもと思ったカイの希望を、無情に打ち砕く言葉だった。
[総員撤退! カイに任せろ! C車で退避するぞ!]
オークラーの命令が聞こえてくる。新しい戦いがもう始まっている。まだミィとさえ決着がついてないのに。
スーツはまだ起動状態だ。しかしバッファガジェットは切っている。先手を取られてはマズい。
カイが右手を上げたのを合図にしたように、ウサギが腰を落とす。だが頭上にある二挺のグレートライフルは空へ向いたままだ。ジャンプするつもりだろう。
いままでの訓練で鍛えた直感が、『相手は常に有利な距離を作ろうとする』と言っている。追いかけねば状況が悪くなる。カイもまた、腰を落とし、バッファを起動――――。
――鉄の壁――?
目前、轟音。
あらゆる景色が残像。
ようやくバッファ起動し、自分がジェットで飛び出して回避出来たことを認識できた。
「……! ……!?」
自分がいた場所に舞う砂埃を見ながら、声にならない声をあげる。避けられたのは、もはや言葉にならない、本能的な認識のおかげだった。
飛び蹴りだ。あの鉄の壁は足の裏だった。戦車か、あるいはそれ以上に巨大な鉄塊が、まさに弾丸の速度で突っ込んできて、勢いに乗せて蹴ったのだ。壁を蹴った反動か、ウサギは着弾地点のやや後ろまで下がっている。貫通力はグレートライフルの方があるのだろう。だが破壊力はどっこいどっこいだ。
――今度はトラックに轢かれるどころじゃねぇぞ。
カイは急加速し、ウサギを中心にホバリングで背後を取る。パワーはあの太い逆関節の脚に集中しているのか、鉄の塊の上半身だけが回ってこっちへ向くのにやや時間がかかっているようだ。
一気に距離を詰める。アンカーブレードを起動、刃が輝く右手を構え、上半身へ発射。
胸元に吸い込まれていく疑似物質でできた刃が、当たって粉々に砕け、Pp色の霧のようになって散ってしまった。
――ヘコみもしないってマジ? コンクリにもブッ刺さるブレードだぞ――。
またウサギが腰を落とす。挙動の一つ一つは遅いが、あのジャンプはこのバッファで見る世界の中でどれくらいの速さなのか。もしかしたら、足の先は本当に音速を超えるレベルかもしれない。
ある種の巨人の前で、ふとカイは、ガリバー旅行記の映画を思い出した。
――ロープで脚をグルグル巻きにすりゃいい。スーツは間に合う。だがブレードの再生が間に合わない。
カイはその場を一瞬で退き、いちどアンカーブレードガジェットを切った。あんな重量だから着地の瞬間は隙だらけになるはず。もう一度、相手が飛ぶのを待とう。
ウサギが飛ぶ。スローの世界でも車のような速度で真っ直ぐに、T.A.S.のA車を目がけ、衝突。冗談みたいな飛び蹴りを食らったマウス型のホバー車が、まるで物理演算のバグのように突飛な回転をして飛んでいく。まるで、オモチャのように。
思わず身体が固まって、その成り行きを見てしまっていた。
――あの車って――中に捕まえた人たちがいたんじゃ――。
車の窓に血液色の輝きが見えた。
「…………」
カイは――ウサギの足元にアンカーブレードを放ち、スライドしてその周囲を回り始めた。
あの車を助けに行きたい気持ちはあったが耐えた。以前よりも、衝動的ではなくなったようだ。少なくとも、A車を助けに行けばきっと、次にはB車が犠牲になるだろうことを予期できるようになるくらいには。
「この野郎っ!」
ウサギの着地と同時に、周囲をグルグルと回転する。光るロープが、太い金属の脚に巻きついていく。
ウサギがふらりとバランスを崩し、斜めの角度になりつつも耐えていた。その間も、ロープの巻数を三、四、と増やしていく。
弾力があって頑丈なロープが開こうとした脚を止め、関節がガンと鳴り、金属の巨体がゆっくりと倒れていく。
――よし。脚をどうにかすりゃ勝てる。
そう思った矢先、巨体が膝を曲げて身体を落とし込み、くっついた両足で――飛んだ。
カイはその場に置いてかれ、ロープが引かれてその距離を伸ばしていく。
カイも飛ぶ。まるでバレェで渦を巻くリボンのような残像を残し、螺旋を描いてウサギを追った。脚だけでなく全身を巻いて巻いていく。
両足のロープが千切れた。あまりにもあっさりすぎて何が起こったか分からなかった。単純に、両足を開いたようだ。
――そりゃそうか。あの巨体を弾丸にする脚だ。半端なパワーじゃあない。
次には上半身がロープを巻いた方向と逆に周り、腰周りの締め付けを緩めゆつつ、ウサギの右耳をこっちへ向けた。
――ヤバ。
咄嗟に膝を曲げ空を蹴る。ジェット噴射が起動し、ウサギが視界の下に消え去った。足元の歪むような感覚に後ろを振り返れば、グレートライフルの巨大な弾丸がどこかへ飛んで行くのが見えた。
すると、今度は左耳がこっちへ向いた。
「ちょぉ!?」
がむしゃらに空気を蹴って、横へと飛び出した。二発目がすれ違って空へと飛んでいく。
――空中は飛び蹴りされる心配ねぇけど、遮蔽がねぇから狙い放題か。
一気に下降。一足先に地上へ降りて博物館へ戻った。部隊のみんながC車方向の裏口から出ていったところだ。まだ十秒くらいしか経ってないのか。
ウサギが着地するか否かのとき、カイはなるべく入口から離れた壁の裏に隠れた。真っ直ぐに撃たれて隊員が巻き添えになるのはゴメンだ。
重い着地の音。壁の裏で、聞こえるはずもないが息を殺している。顔を出せばすぐ見つかるだろう。
左のこめかみに手をかざし、プロトリィガジェットを起動した。視界がサーモグラフィ的な青や赤に染まって、Ppを持つ人間やガジェットやPp回路が可視化された。
その視線でウサギを見れば、上半身と下半身のコネクターの下、股間に、座る人の形があった。堅牢な下半身にコックピットを作ったのだろう。
一方で燃料タンクや回路などが集中しているらしき上半身は内部が真っ赤に染まり、シルエットだけでカイを向いているのが分かった。
「――っ」
ゾッとはしたが、撃ってはこない。何か様子を見ているようでもあるが……。
[カイ! あれ下半身周りが過剰にデケェ! 重さで重心下げてんだよ! 蹴りの安定を取ってんの!]
通信が入る。リィラの声だ。
[グレートライフルは三発ずつで左右六発が限界! 威力コストから見てメインは蹴りだ! 重心のために上の装甲は薄くするはずだから上狙え!]
……そうか。グレートライフルはメインウェポンじゃない。空中戦のための保険だ。それに、並の相手なら避けてよろめいたところに当てられるだろう。
[私なら、そこにPpタンクなりを置いて弱点として設計するねぇ。撃破される、イコール、完全故障で動けなくなる。これが鹵獲対策になるのだ]
「おっけっす……」
ニコに返事はするものの、どうすればいいか分からない。なにせ、その脆いはずの上半身にアンカーブレードの刃が通らなかったのだ。あとはカイが殴るなり蹴るなりするしかないだろう。スタンバーストの衝撃波で動くとも思いがたい。
……そういえば、アレはまだ試してなかった。
カイはフラッシュバンを起動した。右腕の横に、疑似物質で出来た硬い球が生成される。
それを左手でしっかりと握り、またウサギを見る。上半身、身体の中心に真っ赤な塊があるので、恐らくそこがタンク、即ち弱点だ。ニコの言う通り、戦車の主砲で真っ先に狙うような位置に回路や燃料タンクを集中させてるのだろう。
オークラーたちの方を見た。逃げ切ってホバーに乗り、距離を取るために出発したようだ。
――これで暴れられる。遠慮なく上半身をぶっ壊せば勝ち。どうすりゃいいか分からねぇ以外は分かりやすいぜ――。
一歩、二歩と博物館の壊れた壁から入ろうとした瞬間、プロトリィを切って視界を戻し、窓から飛び出し横を取る。左手を構え――スタンバーストを起動した。
ジェットスーツでホバーしている身体が大きく後ろへとずれ、フラッシュバンが凄まじい勢いで飛んでいく。アンカーブレードよりも重い弾丸がグレートライフルに似た軌道を尾にして飛び、胴体の真ん中に吸い込まれた。
衝突の瞬間に顔を背ける。世界を包むような光の直視を避け、もう一度ウサギの背中を見た。
その鉄の身体は、全くもって微動だにしていない。僅かなへこみだけが残っている。
――こっちもダメか。
だが、理由は何となく分かった。このスーツのプレートが砕けやすく即時再生するのは、衝撃を破壊で逃がすからだ。フラッシュバンも道理は同じはず。砕けやすすぎる。砕けるから、衝撃が逃げてしまっている。
他にちょうどいいものは無いのか。瓦礫は大きさも形もまちまちだ。他に、フラッシュバンみたいに、丸くて握りやすくて砕けないような――。
旋回し続けてウサギの背後を取り続ける。そのとき、博物館の中、エントランスホールがふと目に付いた。
戦争か何かの絵画や。昔に使われた大砲と山積みになった砲丸。
――鉄の、砲丸。
カイは真っ直ぐにウサギへとダッシュした。振り向きかける上半身より速く、股下を抜けて部屋の中心へと至る。
砲丸はこの身体の大きな片手で辛うじて持てる鉄の球だ。重量も過剰なほど重い。それを左手で持ち、ウサギの後頭部へと構えた。
スタンバーストを起動。さっきよりも反動が強くなり、足が灰色レンガの床を削った。
弾速は、さっきよりもよほど遅いが、相手の上半身の回転速度よりもよほど速い。人が即死するには十分な速度で、ちょっとした弧を描き飛んでいく。
砲丸が少し落ちて上半身の中心を捉えた。ボディフレームがひしゃげ、弾がめり込む。
だがまだ動けるらしい。振り返りきったウサギの耳が、角度を下ろし始めた。
――だったら。
もう一発を拾い、カイはまたウサギへと飛び出す。一挺のグレートライフルがカイに向いた。
閃光が見える瞬間、カイは方向を上へと変えた。弾とすれ違い、その瞬間にまた急加速。ウサギへと向かいながらスタンバーストを構え――放った。
目前の敵を吹っ飛ばせるスタンバーストの威力と、プラス、カイの弾丸じみた速度が乗った砲丸は、鉄の鎧に当たってもその勢いを衰えさせず、まさに大砲から発射された弾丸となって貫通した。
それを見届けつつウサギの横をすり抜け、また背後を取った。上半身が回転している。大砲がこちらを向き――そのまま素通りした。制御がイカれたようで、上半身の回転の勢いが止まらず、貫通した穴から漏れ出す燃料がビシャビシャと撒き散らされた。
Ppが空気中に飛び出ては、蒸発して熱に変わっていく。
「あちっ!」
ちょっと掛かって飛び退いた。まるでそれに引っ張られるように、ウサギはバランスを崩し、上半身が止まるのとほとんど同時に倒れた。伸び切った耳のように、グレートライフルが地を削るように這っていった。
カイはバッファを切り、まずは、ガッツポーズ。
「っしゃあ! 見た? めっちゃカッコよかったくね?」
[ま、ちょっとね?]
返事をしたのはリィラだった。オークラーの安心したようなため息も聞こえる。
「うひょー。可愛い妹のデレだぜ。最高」
[ハァ!? お前バカ! みんなに聞こえてんだろ死ね! 戻ってきたらお前――!]
[言ってる場合ではない! カイ君! もう一機来るぞ!]
ニコの言葉と同時に、ウサギの重い着地音と、揺れる地面の感触。
連戦か。ま、もう攻略できちゃうもんね。
[おいおいどうなってるんだい。そこら中にコイツらが展開されてくぞ]
「やっべ、囲まれてます?」
[いいや……キミを狩るだけにしてはカバーの範囲が妙だ。こんなに広い範囲を――]
閃光。不意をつかれてグレートライフルの弾が輝いたのかと思ったが、違った。
ウサギの上半身と下半身が胴の上で分断され、あまりの衝撃に浮き上がった下半身が、落としたスマホみたく跳ねて倒れるところだった。
「…………」
バッファによって時間を十分の一にまで遅くしてなお、凄まじい速度であった何かが、そのまま視界の外へと通り抜けていく。
今までの熱が嘘のように消えた。姿をまともに捉えられなかったはずなのに、どうしてか、艶やかな黒髪だけは見えていた。
最後に見た、あの姿。身体中を爆破で粉微塵にされ、再生されたとき、伸びていた綺麗な黒髪……。
「……ミィ……」
呟くと、呼ばれたかのように空から降ってきて、目前の広場に着地した。上裸にベルトを巻き付けるだけの先頭衣装を変えたようで、黒革のボディスーツを纏っている。変わったのは服だけではない。
今までの巨大な大砲ではなく、今度は縦に巨大な二つの盾のような装備になっており、トンファーのように両手に握って持っていた。その外側の側面から、まだ消えきらないジェット噴射の残滓がきらめいて空に登っていく。
空は、カイだけのものでは無かったようだ。
「ミィ! 心配してたぞ!」
まるで死んだように俯く不死身の彼へ呼びかけた。
ゆっくりと、顔をあげていく。
ファイマンとしての冷たい表情はなく、あの愛らしいミィの顔で、泣いていた。
「カイ……」
「大丈夫か。クロウディアさん……いや、アイツがミィに酷いことしてる動画見たんだ。奪われたんだろ。死ぬことを」
「……うん……」
――ふと、思い出した。そもそもクロウディアがミィの死を奪ったのはカイを殺したかったからだが、今はむしろ、ニコと心を通わせるためにカイを必要としているはず。
じゃあ、今のミィに対する命令はいったい何なんだ。
「来てくれて嬉しいけど、どうしてここに?」
「……分からない」
「……ミィ?」
「クロウディアが殺せって、言ってたけど、今度は殺すなって。……守れって」
「マジか! やった、じゃあ仲間に……」
……なれるなら、なぜ泣いてる?
「……ごめん」
「な、なんで? もう戦わなくていいんじゃ……」
「ごめんね、カイ。ボクはもう、誰と戦ってるのか分からない……」
ミィは顔を拭って、巨大なトンファーを重ねた。ガチャ、とロックの掛かる音がして1つになった。どうやら、意匠の違うグレートライフルのようだ。
「でも、正規軍の人が来たんだ。不老不死ってヤツを治す薬を持ってるんだって。ボクが仕留めたらくれるんだって。先に仕留めるためなら、誰を殺してもいいって」
そんな馬鹿な、と黙って聞いていたニコの呟きが通信越しに届いた。カイも同じ思いだ。
死を奪ったのは、クロウディアがファイマンを絶対的なコントロール下に置くための奥の手だからだ。それをみすみす手放し、よりによってこれから敵対する正規軍に渡すわけがない。
「ミィ、それは……」
「分かってる! クロウディアも薬を持ってるんだろ。カイを殺さなきゃクロウディアの方から貰える。――でも、そいつ、言ってたんだ。正規軍の命令を聞かないと、約束を破ることになるって……アイツとの……」
「アイツって、アマベさんか?」
「え……なんで知ってるんだ」
「ニコさんから聞いた! 約束を破るなんてことないだろ! アマベさんがそんなこと願うなんて……どうしても思えない」
「……聞いただけだろ。あの時のボクとアマベの気持ちなんて見てないから知らないだろ! するべきことをするって、約束したんだ!」
駄目だ。丸め込まれて他の何もかもが見えなくなっている。カイが言い返す言葉を考えるうち、新たなグレートライフルの、ひとつとなった巨大な銃口が、カイに向いた。
「お願いだカイ。お願いだから――殺されてくれッ!」
「――ッ!」
殺意を感じて、真上と飛ぶ。足元にグレートライフルの弾が掠め、足元のフレームに歪んだかと思うほどの圧がかかった。
経験則ひとつで、軌道を左へと折って飛ぶ。向かおうとした更に上を凄まじい輝きが通り抜けた。一発目の反動で浮いた銃口のまま、次弾を撃つのは訓練の時と一緒だ。
沈黙している通信の中で、唯一、ニコの息を吸う音が響いてきた。まるで空気へ熱を逃がすような、憎悪を吸い込むような、イラついた呼吸。カイも全く同じ理由で、同じ空気を吸っていた。
この混乱の中で暗躍して、裏工作をするような者など、心当たりはひとつしか無かった。急いで前哨帯やカイを潰そうとするほど憎悪にまみれた存在など、ひとりしかいなかった。
それが正解だとでも言うように、ニコとカイが同時に、らしくもないセリフを、正に異口同音に叫んでいた。
[「ジョージ・ディーンッ!」]




