地獄巡る流れ星
――Lila――
あれから、しばらく。隊員たちは全て上階の集会所に集められたが、ニコの『忙しいから勝手に集会やってて』という発言でリィラたちは作業を続行していた。オークラーに頭を叩かれたのを見つつ、ゴズ大佐はやれやれと見逃してくれた。
カイが動きの基本をマスターしたので戦闘訓練に移った。バッファ訓練の時と同じように、ARで現れた敵と戦う。
リィラはそれを目を皿にしてよく見ていたのだが、一通りの動きでもフレームの接触やカジェットの分解事故が起こっていないし、その気配もない。
休憩の時に見たが、内部の――特に各種接合部とその周りの配線――構造で著しく劣化しそうな場所もない。
実践に耐えうるレベルの耐久性はありそうだ。そう判断し、リィラはやっと一息着いた。
椅子に深々と座り、脚先で椅子の脚や机の裏の壁を蹴って、身体をゆらゆら揺らし始めた。寄生虫とこっちを交互に行き来するニコがそれを見て微笑んでいた。
「おや。リラックスモードだね」
「ん。……ふぁ~あ。……つかれた」
今回は加速度の変化を観察するために壁のセンサを起動してはいるものの、その生データを扱うのはニコの方だ。あとは任せておけばいい。
その後、あらゆる視点から見られる映像としてホログラムで再構成できるため、もっとよく観察するのは後でもできる。
リィラはやっと、心から休憩できた。
「今回の戦いでは我々のアタマが鍵になる。資源が枯れる前にちゃーんと回復したまえよ?」
「はいはい」
天井を仰ぐように顔を上げる。
ふと背後の何とも言えない位置に立つ、親父の姿が見えた。
ゴズがニコを見逃す代わりに、なぜか父がやって来た。信用できる監視とか言っていたが……。ニコはまるで彼が何でもないように、二つ返事で「いいよ?」とだけ言った。
後方で傍聴に徹していた彼だったが、戦闘訓練になった途端、少し窓の側に来て、半端な位置でじっと観察していた。
「で、どう?」
マーカスは少し遅れて反応し、平面上の回転方向に揺れるリィラを見下ろした。
「……なんだ?」
「見ててどう? って」
「フン。道具に頼りきりのガキだ。お前と一緒だな」
「チッ。うっせーな」
「こっちはあのガキにお前を預けてんだぞ。信用できねぇ」
「んだよ。お前のが頼りね〜っての」
「アイツがどんな本性してるか、ちゃんと知ってて言ってんなら見上げたもんだがな」
コイツは何を訳の分からないことを言ってるんだろう。
そして目前を見る。もはや目で追えないほど超高速の先頭。何かパーツが落ちようものならショック死しかねないが、その気配もない。
……次々に敵を倒し……。
問題は起こらず……。
…………。
……すー……すー……。
……………………。
「――はっ!」
全身がビクりとして、目を覚ました。なんか落ちていた気がする。いや、落ちた夢か。なんだ。
ちょうど戦闘が終わったようで、スーツを脱いだカイが観察室へ入ってきたところだった。
「あ。おはよ、リィラ」
「……おは……ふぁ~……よ」
思い切り伸びをして立つ。はからずも仮眠となり、頭はかなりスッキリしていた。
後ろにはカイを睨みつける父の姿。隣には、リィラを静かに寝かせていたニコの姿。
「なんか……よく寝落ちんな」
「それはキミが頭を働かせすぎだからだ。休ませるのも〝頭を使う〟内に入るのだから、休憩はちゃぁんと取りたまえ」
「はいはい。で、どうだった?」
リィラがパーカーのポケットに手を突っ込みながら立ち上がった。カイはニッと笑って親指を立てる。
「すっげーぜあれ。マジで負ける要素ないって」
「ファイマンとはやったの?」
「いや〜……」
まだ対ファイマン訓練はやってないらしい。せっかくデータがあるんだから使えばいいものを。
「ちなみにあのぉ……マーカスさん的にはどうっすかぁ……」
「テメェ。よくぬけぬけと話し掛けてこれたな」
「すみませんでした……で、でも! いきなりゴズさんとこう、待ち伏せとか卑怯くないっすか!?」
「うるせぇガキ」
「すみません……」
なにかあったらしい。父がうるさいから、あとで聞こうと思った。
マーカスは怒り顔から、ため息をひとつついて、それから苦い顔をした。
「……まぁ、もし、テメェが部下だとしてシゴいてやんなら……。ガジェットで戦況を把握する時間があるんだろうが、見る目と情報の使い方が足りてねぇ」
「見る目と情報の使い方……?」
「さっき、2階にコソコソ隠れて一方的に撃ってくるヤツを真っ先に殺った回があったな」
「はい。あったっす」
「黙れ」
カイが口を真っ直ぐに結んで細かく縦に頷いた。それを見たリィラは、カイの隣に立って父を睨みつけた。
マーカスはそれを一瞥だけして、また話に戻った。
「……で、テメェは有利な相手を倒すことを優先して動いたワケだが、そもそも立ち回り方がちげぇ。おい、アレを動かせアレを」
マーカスがリィラを見てから手をチョイチョイとやった。
「どれだよ」
「名前なんざ知らねえよ。なんか色々出るやつだ。とっととしな」
リィラはウンザリした顔で「言い方が気に入らねえって言ってんの」と、いつもなら言わないところまで言った。
その結果、マーカスがカイを睨み付けた。何を教えやがった、とでも言いたげだ。代わりにニコが「仕方ないねぇ」と、該当のシーンを再生成した。
窓の向こう、訓練室のこちら側がカイの立っていた位置で、奥がカイの攻め入った位置だ。住宅街で、二階建ての一軒家が正面にあり、その二階に例の『一方的に撃ってくるヤツ』がいた。
「まず敵は分散して物陰に隠れ、一網打尽を防ぎつつ銃撃を集中するもんだ。問題を起こす以上は先手にしかならねぇし、だったら迎え撃つ形にしかならねぇからな。実際、相手はそういう風に配置されてた」
「…………」
「そして、二階は明確に有利な位置だ。だがあの状況を見ろ。あの家を」
マーカスが指を指すのはふたつの窓。
「こっち向きの窓はひとつだ」
「……ふたつっすけど」
「あれだけ近いならひとつだバカ。実際、居たのはたった一人だった。なぜか分かるか」
「……あ。一網打尽……」
マーカスがリィラに「あの窓に砲撃を撃て」と命じる。だがリィラは「言えば何でも出るって思ってんのオメー?」と眉をひそめていた。
「オモチャなんだからなんでも出せんだろ」
「オモチャじゃねーよジジイ!」
「まぁまぁ、安心したまえよミスター。普通はいきなりできないけど、わたしが作ったから可能さ」
リィラもその機能は知っていたが、マーカスに命令される時は大抵、要求を通さないでいた。
経験上、クライアントに調子に乗らせて良いことは無い。頭出しもできないバカが相手の顔色を伺って、エンジニアが気を遣って見せなかった苦労も知らずに『あぁ簡単だったならいいか』とクソ案件を連発するような現象を、リィラも村で味わっていた。
ニコが操作をすると、どこからともなく対戦車砲の弾道が現れ、建物の二階に直撃した。窓ふたつあったところが、ひとつの大きな穴になってしまっていた。
「よし。あれを見たな。二階が有利ってのはお互いに分かってんだ。となると、そこに高威力をぶっ放されるかもしれねえってのも分かってることだ」
「で、でも、じゃあ撃ち合いで二階の人が偶然やられたら?」
「そんときは一階の防衛がひとり上がんだよ」
マーカスの言葉を反映したように、塀の裏の敵がひとり家に飛び込んで、二階に陣取った。
「下手な強化ってのは、そのまんま弱点になんだ。撃ちやすいは撃たれやすいで、守りやすいは攻めにくいだ。分かったか」
「た、たしかに。いままでも有利なとこに人を集中させてるの、思ったより少なかったっすね。なるほど……」
カイはまるでオークラーに指摘されたように、素直な生徒になっていた。
だが下手な強化が弱点になるという部分はリィラも賛同せざるを得なかった。
ニコが満面の笑みで割り込んでカイの正面に立つ。
「不死身の軍曹と恐れられた伝説の方からアドバイス貰ったのだ、よ〜く肝に銘じておきたまえよ?」
「うす! 参考にさせてもらいますマーカスさん!」
「黙れ」
「……っす」
嬉しさを隠しきれないカイの様子を見るに、父はカイを少し見直したらしい。あるいは素直すぎて叱りづらくなったのかもしれない。
ニコが自らの腕巻きガジェットを確認し、頷いたと思えば、そんな優男の両肩をガッチリと掴んだ。
「うんうん。勉強は済んだね。じゃ、もう現場出られるね?」
「はい……え?」
彼女の言うことが分からず、カイの目が点になる。リィラも同じような顔だ。マーカスだけが眉を潜め、カイとの間に割り込んだ。
「おい待て。装備したてでまだロクに訓練できてねぇんだろ。これで実戦に投入する気か?」
「うん。いま見たら発生したての、おあつらえ向きの良い任務があったのだ。C102のとこの博物館さ。国会の爆破の件から、前哨帯が環境活動家よりも活発になっているから、キツ〜く咎めねばならんのだよ」
「――広報だかプロポーションがどうこうで兵士に無茶させる気か。どこも変わらねぇなクソッタレめ」
「それを言うならプロモーションだよ。この広告まみれのナラクさ。組織は世間に支配され、世間は自己洗脳に支配され、イメージはプロモーションに支配される。恨むなら構造を恨むことだね」
「言い逃れまで変わらねぇときたか?」
「変わらんのは正しいことだから、というわけだね。まぁ国民サマのためだけじゃあない。現場の悲劇を知っていても、上と近いキミなら〝士気〟がいかに重要か理解できるだろう」
「……チッ」
マーカスは、その鋭い眼光をカイに向けた。
「……で、覚悟はあんのか」
「あ、あるつもりです……」
「殺されることも殺すこともある。実力を伸ばした先の運任せだ。そういう世界だぞ。分かってんのかテメェ」
「……大丈夫です!」
今度はカイが声を張った。だが、リィラでも分かるほどに怯えがあった。
……ヤバいかも。コイツを送るべきじゃないかもしれない。
しかしニコは何も言わず、自らの腕巻きガジェットを操作し、カイに微笑んだ。
「データを送った。左腕のスリットを引き出したまえ」
カイが引っ張って「おぉ」と声を漏らす。内蔵されていたサリペックが起動、ペーパースクリーンが固まってタブレットとなったのだ。
通知のボタンを押すなり、マップが表示される。
「現場の位置と自分の位置とが確認できるだろう。それを使って飛んで向かうのだ」
「お、空から登場? ヒーローっすねぇ」
「よし。いま現場に向かってるオークラーには話を通してある。今回も例のごとく制圧したまえ。生き死により武装解除に集中するのだ」
「うす」
ニコとマーカスが口を曲げる。妙なところで一致する反応に、リィラまで口を曲げた。
「分かってない返事だねぇ? ならばもっと細かく言うが――殺せとは言わんが、救うな。殺したかもしれないという感触があっても、そこに構わず任務を進め続けるのだ」
「……大丈夫っす」
今度の返事には張りがない。
「まぁ、そこは慣れだ。殺さずの誓いを立てたって、リアルに抗う暇はないよ。ねぇ、軍曹?」
「テメェにそう呼ばれる筋合いはねぇ。何も分かってねぇ乳だけのガキが知ったかぶりするな」
するとニコは自分の胸を組んだ腕で押し上げ、笑った。
「アハハ。わたし自慢の胸をご評価いただけて光栄だ。ところでキミ、記録によれば数々の任務に出ていて誰も殺したことが無いそうだね。知ったかぶりでも、それが現実に無理なことぐらい分かるさ……。同じ思いをさせたくないと思えるほどカイ君を気に入ってるようでよかった」
「……チッ。気に入ってねぇよ」
リィラにしてみればマーカスはいつも通りにしか見えない。しかしカイの方が少し嬉しそうで、だったら本当にそうなのだろうと分かった。
何が気に入ったんだとリィラの方が難しい顔をしていた。
「さぁさぁ、ことは急ごう。わたしたちはコマンドセンターだ。カイ君はエントランスでミーティング後、即座に飛び出していきたまえよ」
「了解っす!」
三人が行こうとしたとき、リィラはカイの袖を掴んで止めた。
「……先行ってて。場所なら知ってるから。アタシはコイツと話がある」
ニコとマーカスはどちらも「急げよ」と急かしつつ、部屋を出ていった。
そうして、部屋に二人きりになった。
静かな部屋に響いたのは、リィラのため息だった。
「大丈夫じゃねえのに、大丈夫って言うなバカ」
「やっぱ分かる?」
カイは泣きそうな顔で、窓辺の椅子にどっかりと座って項垂れた。
やっぱりそうだ。コイツ、無理してやがった。
「アイツ、ほんっっっとにクソだな。カイのこと何も分かってね〜じゃん」
「……でもないよ。分かってても命令しないとけないことだってあると思う」
「アンタもうっさい。お人好し過ぎ」
「……そっか」
弱々しい返事だった。カイはただ、追い詰められた顔だけをしていた。
「もしかして、話し合いとか考えてる?」
「……やっぱ分かる?」
「話し合って分かるヤツがテロとかするワケねーじゃん」
「だよなぁ……」
「……やめよ?」
リィラはもうひとつ椅子を引いてきて、座った。
「ファイマンと戦って勝てばいいんでしょ? 誰も追い付けないくらい訓練しまくればきっと……。こんなとこでさ、わざわざ死ぬかもしんないリスクとる?」
「……」
「それに……アンタが死んだら、アタシはどうなんだよ」
「…………」
「わざわざここまでついてきたのに、ただ置いてかれて終わり? そんなのゴメンだ」
「………………そうだよな」
カイは顔を上げた。不思議とその表情に迷いは無かった。
「かわいい妹が待ってるってのに、死ぬわけいかねーよな」
「そうそう。だからさ……」
カイが勢い良く立ち上り、顔をパンと叩いた。
「よっしゃ! ぜってえ生きて帰ってくる!」
「は?」
「心配ありがとう。気合い入ったわ。お兄ちゃんマジ頑張るぜ!」
「いや、心配なんて……」
くだらない理由で死なれるのが嫌なだけだ。そもそも死んでほしくない。
……それを心配って言うのか。
リィラは柄にもない弱気に気付き、しかもそれを、よりによってカイに見せてしまった。
強烈に顔が熱くなった。万が一にも心を許したって、許したことは見せたくなかった。
「……してねーし……」
「よっしゃ行くぜ!」
カイは部屋を飛び出す。
……あー。アタシそういう、『お仲間!』って感じの嫌いなのにさぁ。なんでこう……。
ひとりの反省会が始まった瞬間に、カイが戻ってきた。
「ゴメンどこ集合って言ってたっけ」
「……あーもーっ。エントランスから出てって飛べばいーのっ!」
リィラも勢い良く立ち上がって、部屋を出た。
――Kai――
T.A.S.のエントランスに立ち、スーツを起動した。そしてマップを引き出し、方角を確認するなり、カイはバッファを起動してからその方角へジャンプした。スーツのジェットが反応、轟音を上げて急激に加速。
飛行機の発進を中の窓から眺めた景色が、あらゆる方角に広がっている。あらゆる建物が、凄まじいスピードで遠ざかり、過ぎ去っていく。
それとほとんど同時に、視界にモニターが現れた。
[こちらニコ。聞こえるね]
「うす!」
スローモーションの世界でも通信するために、カイに入ってくる音声は十倍速で再生され、カイが話したいことは喋りたいと思ったことに反応した翻訳機が勝手に送ってくれる。
これはリィラとマッドで作ったシステムだという。滅茶苦茶に頼れる仲間ばかりで嬉しい反面、その助けを無駄にしてる焦りもあった。
――おれも早く決着をつけなきゃな。
[部隊の方はどうかね]
ニコが声をかければ、オークラーがモニターに現れた。
[こちら四十七部隊オークラー。聞こえている。作戦を共有するが、システムは問題ないか?]
[サリペックに送る情報がそのままカイ君にも見える。いつも通り進めたまえ]
すると目前の中央だけを避けて、視覚の隅に様々な情報が表示される。作戦のメンバーや現地の3Dマップなどなど……。
[今回はカイがメインに制圧。残りの我々は武装解除された者や残党を回収する]
「す、すみませんなんか……」
仕事を奪ったような気がする。しかしオークラーはまったく気にかけていない声色だ。
[勘違いするな、カイ。任務の危険性は変わらん。向こうからすればカイより我々の方が弱く見えるのだから、無茶をかましてくるのも我々に対してだ。おこぼれと油断はできん]
「うす」
[A車とB車で正面の入り口抑えて容疑者を確保する導線をつくり、万が一人質が居た場合は裏口のC車で回収するからそちらへ回すように。中で伸びている分や隠れている分はカイの行動が一通り終わって表に出てきてからの、我々の突入で行う。長時間の滞在は避けろ]
「了解です」
[それと、今回の相手はどうやらガジェットのマシンガンを装備している。そのことも留意しておけ]
「了解」
前に会った、正規軍から前哨帯に金を流していたというジョージのせいだろう。前哨帯を一気に成長させようと人を集めるとき、一気に資金を潤わせたので、ガジェットのマシンガンを買う余裕ができたというわけだ。
ただ、ガジェットならば専門家がいる。実弾の銃よりもむしろ対応しやすいくらいだ。
[それで、質問は]
「野次馬の人はどうっすか?」
[警察の協力で退避済みだ。……というか、あのワンブロック爆発事件や国会爆破から、前哨帯関係で警報を出すと周辺から人がいなくなるんだ]
「やりやすいっすね」
[根性があって頭の悪い記者は、這いつくばってでも取材に来るだろうね。流れ弾で死んでなきゃ、施しと思ってちょいと姿を見せてやりたまえよ。アハハ]
ニコの言葉に、つまらなそうな溜息をひとつ吐いてからオークラーが言葉を続ける。
[他は]
「爆弾があったらどうします?」
[我々で回収する。見つけたら場所だけ報告してくれ]
「おっけっす。以上です」
[よし。気を引き締めろ]
マップによれば、もう目的地まで半分の距離だ。
太陽は世界の中心で、ちょうど真上に頼りなく輝いている。闇の中の無力な電球のようだ。その闇である遠くて限りのある空は、薄暮のように暗い。
だが空から見た世界は、太陽みたく輝いていた。
《カイ、聞こえてる? おーい》
リィラの声だ。なんだか、聞こえるだけで無条件に嬉しくなってしまう。
「聞こえてるよ〜。おれの声は聞こえてる?」
《……》
沈黙。カイの「リィラ?」という呼び掛けとリィラの《聞こえ……》という返事がバッティングした。
《聞こえてるってば》
「ごめんごめん」
相手が喋り終えてからそれを十倍速にした通信が飛んでくるので、返事をするタイミングが掴みにくい。
マップの目標地点が近くなる。ターゲットの博物館は目視できるほど近い。
「到着するっすよ!」
[こちらオークラー。そのまま突入して制圧しろ]
「了解!」
道路の見覚えのある接地車たちを飛び越し、シールドを起動、二階の窓をシールドで殴って飛び込んだ。
中は広いエントランスホールで吹き抜けになっている。ガラスの割れた音に驚いて身を縮こませた人々が下の方に見えていた。ここは歴史博物館のようで、戦争か何かの絵画や。昔に使われた大砲と山積みになった砲丸なんかが部屋の中央奥飾ってある。
ダイナミックエントリーの基本は、迅速に敵を無力化することだ。唐突な撹乱によって統率を崩してしまうことだ。当然、高速で動き回るカイは居るだけで撹乱となる。
中に入ったらクリアリング。周囲を確認して人数や状況を把握する。普通なら数人がかりで協力するものだが、バッファのお陰でひとりでも可能になっていた。
まだ反応しきれてない男女が、見上げようとする途中の風景。ジェット噴射で素早く身体を回転させて入り口周りまでじっと見る。二十人くらいで、まばらに散らばっていた。
博士はいつか、誰かを殺すしか道にたどり着くと言った。でも――。
――新しい道を作る道具と、気合いはある。
ホールの奥まで行き、突き当たりで垂直に落下。まだ割れた窓に注目が集まる今、身体を翻して手近な三人組へスタンバーストを放つ。吹っ飛ばされ、三つ舞い飛んだサブマシンガンのひとつを空中でキャッチし、残り二つのストックを撃つ。リィラが言うには、Pp式のマシンガンはこれで安全装置が起動して撃てなくなる。
そのまま入り口の方へ戻り、スタンバーストの爆発を見ようとする視線とすれ違いながらマシンガンを自分の右腕に当て、タッチレスチャージャーをハックした。これでこのマシンガンにも無限に弾丸を供給できる。
その速すぎるカイを目に捉えることができた者はいない。目を向けた先にあるのは、輝くマフラーのような部位の残像と、ジェット噴射のあとに残った青白い、星のような輝きだけだ。
やっと異常を認知した残りへシールドを展開しつつ発砲する。しかし弾は検討違いの方角へ撒き散らされた。威嚇射撃だ。全員が身を隠そうと屈み始めたところでまた加速。これで視界を制限できるので動きやすくなる。
展示品後ろに一瞬で回り込み、隠れていた男の銃を有無を言わさずブン盗り、部屋の中心へ投げ、男を真上に投げ上げた。空中から落ちた瞬間から状況を把握して立ち上がる、というのは案外時間がかかるので、その隙に周囲の制圧も済ませてしまえるのだ。力任せができる今ならばの制圧方法だった。
その隣、その隣と武器を奪っては銃を部屋の中心へ、人を真上へと投げる。部屋の片側が終わった瞬間に中央へ戻って銃弾の雨を降らせた。銃の山は漏れ出たPpの蒸発熱に耐えきれず発火した。入り口近くの物はパニックになって外に逃げていくようだが、部隊にホールドアップされて制圧されるだろう。
部屋のもう片側の奥にたどり着くと、目の合った一人が発砲を始めた。
カイは堅実にシールドで守り、弾の間を見分けて上に飛び、足場でもあるように空を蹴って進行方向をねじ曲げ、背後を取って着地する。刃型に設定しなおしたアンカーブレードを起動し――振り返る女のマシンガンをぶった斬った。驚いて転ぶ彼女が尻餅を付くより早く、加速しながら隣の男のマシンガンへブレードを撃ち出す。
刺さると同時にブレードを再起動し、刃を手元に生成し直してから更に奥の男へ突っ込んでマシンガンをかち割る。これで全員の武器を破壊した。武器をなくした相手はカイを見つめていたが、襲ってこないと分かるや否や入口へと走って逃げた。
これで武装解除おっけい。えっと次は人質の確認……。
カイは振り返って、ただ呆然とせざるを得ない人々を見た。
待てよ。まだ生きてるんだから、普通に武器を取りに行く……よな。えっと……。
……あ。外の人たちに後を任せよう。
カイはまた検討違いの方角へマシンガンをぶっぱなした。
「うがぁー! ぶっころすぅ!」
棒読みな叫びでも、スピーカー越しで少しはマシになったようで、丸腰の人たちが一斉に外へ逃げ始めた。
よしこれでいい。カイはプロトリィガジェットを起動した。人質がいるとすればアクセスしにくいところにするのだという。この建物の場合は地下室だろう。サーモカメラのような青い視界に、赤い人影が浮かぶ。上階の奥にも人影の塊が見えるが、下の階の人影は小さい。子どもだろう。プロトリィを切ってそのまま部屋の奥、裏口手前の下り階段へ向かった。
地下へ続く階段は暗い。明かりを切っているようだ。カイは右の前腕、その内側のガジェットを起動した。Ppの輝きを持つフラッシュバンが形成され、強く発光する光球として右腕の外側に浮き出した。
明かりと共に、階段を無視してカジェットで浮遊しつつ一気に下る。
そして、扉。プロトリィで確認するが、Ppの回路が見えないため、ガジェット式の罠は無いようだ。あと警戒するべきはシンプルな手榴弾などだが…………。扉を開ける感覚からしてそれもない。
光球に照らされる地下倉庫は、持ち運びしやすい組立式の台座などをしまっているようだった。そして角の棚の影に、2人の少女が居た。
「助けに来たよ! 外で特殊部隊の人が待ってるから、行こう!」
…………。
…………通じてる……よな?
いかんせん十分の一。たかだか三秒の間にも三十秒待たなければならない。
ゆっくりと、ひとりが頷いた。とりあえずそれでいい。
「一階に上がってすぐの出口から逃げて! 目印を置いておくから大丈夫。おれは悪いやつらをやっつけてくる!」
もうひとつ作った光の玉を、少女に手渡した。
それからカジェットで一気に戻りながら玉を作り、入り口、階段、踊り場と設置していき、廊下に出て裏口の方へいくつか投げておき、そのままエントランスへ戻った。
突入からここまで何秒だろうか。体感に十を掛けたくらいなら、まだ五分も経っていない。であればリアルタイムで三十秒だろう。とんでもない速さだ。
身体を捻り、ホール奥の二階の階段を一気に飛び抜ける。部屋を探すまでもなく、ある部屋からマシンガンを胸に掛けた二人が出てきたところだった。
反応して銃を構える射線の角速度より圧倒的な早さで頭上に回り込み、着地の勢いで両腕を、上がりかけた彼らの銃身に叩き込んだ。その強烈な打撃であっさりとマシンガンがひしゃげてしまった。
そのまま腕を男たちの胸に引っ掻け、ジェットで発射する。密着状態からのジェット噴射ラリアットで男ふたりが軽々と回って宙へと飛んだ。
ブレーキ。扉の前でピッタリと止まった。ここが今の男たちが出てきた部屋で、事前に熱反応だかで彼らのリーダーが居るらしいと分かっていた。またぶち開けてもいいが……。
もし、人質とテロリストが一緒にいたらどうしよう。不意に思い出すのは駅での事。何の罪もない人が殺されたあの瞬間だった。
「…………」
プロトリィを起動した。思った通り、さっきは影が重なって見えなかったようだが、大人が逃げようとする子供を無理に抱き寄せているような姿が見える。
また、殺されたらどうしよう。映画とかならきっと、上手く立ち回ったり、銃で撃ったりして、犯人を倒すのだ。しかしカイに、そこまで正確な狙撃はできない。人質ごと撃つ可能性が高い。
銃より使い慣れた遠距離攻撃は、アンカーブレードだけ……か?
ふと右腕に光る光球が目に入る。これをスタンバーストで打ち出すと…………。
『殺したかもしれないという感触があっても、そこに構わず任務を進め続けるのだ』
ニコの言葉が予感として蘇る。
――よし、問答無用はやめだやめ。バッファを切ってさっきの二人が床に落ちて伸びる音を聞いた。そして、普通に扉を開けた。
「うーっす」
「な、なんだぁ?」
驚く男の前に、カイは両手を広げた。
「これっすか? いいでしょ。なんか、超早くて、アンタが撃つより先に殴れるっすよ」
「…………み、見て分からねえのか。人質だぞこっちは」
「時間稼ぎしたいならいいんすけど、もう全滅させましたよ。……ところで時間の感覚がマヒっちゃってるんすけど、さっきガラスが割れる音がしてからどれくらい経ちました? 突入から下の女の子を逃がしてここに来るまでのタイム、けっこう気になってるんすよ」
「……お、お前は……いや、いったいお前はなんなんだ」
「あ、分かりにくいっすか? どうも、カイですっ」
彼の顔が赤黒くなっていく。それもそうだろう。ほとんど反則みたいな兵器に理不尽ともいえる制圧をされたのだから。
「まぁ、あとはどう捕まるかっすねぇ。どうします?」
「……クソ」
ふと後ろで床と何かが擦れる音がした。振り返ると、ラリアットを食らった男が呻いて悶えているだけだった。
あっぶねー。後ろヤバいかと思った。そう思って前を見た瞬間。
自分の胸元に衝撃があった。パァンと軽く弾けるような音がして、視界の左下で光の粉がホコリのように舞っていた。
――撃たれた?
自分の胸元を見る。さっき説明された通り、胸元のプレートが弾丸から守ってくれたようで、割れた一枚が再生しきるところだった。
「……え、撃った?」
「あっ、あ、ま……」
男が慌てて銃を捨て、子どもをカイの方へ投げるように突き出した。
「待て、丸腰! 丸腰だもう無い……!」
言葉をもつれさせつつ、男は這いつくばった。
「……まぁ、あとで部隊が突入してくるんで、そこで大人しくしててください。抵抗とかしたらまた来ますんで」
銃を回収し、子どもの背をそっと押して促しつつ、一緒に部屋から出た。
「か、カイ? ねぇホントにカイ?」
少年がぼうっとしたような夢心地で聞いてくる。だがカイは答えられなかった。
死んでたな。いま。
子どもを抱え、撃ちにくい姿勢かつ片手であったから無事だった。だがあれが頭に当たっていたら? アイシールドは弾丸から守ってくれただろうか。
偶然で生き残ったのが今回だが、同じように偶然で死ぬこともあるのだろう。そう思うと、うっかり殺したかどうかを気にしている暇が無いのは確かかもしれない。
それに、自分が問答無用での暴力を止めにしたからって、相手はそれこそ問答無用で撃ってくる。
「……だいじょうぶ?」
少年の声にハッとして、カイは笑顔になった。
「ごめんごめん。いまめっちゃ危なかったなって。でも勝ってよかった~っ」
カイは明るい声を出した。ともあれ、勝ったから良し。
少年を裏口に送り届け、C車の隊員に渡す。それから、マスコミがいるんじゃないかとふと思い、表へ向かった。ホールの人々は自分から出ていったようで、誰も居なくなった道を歩く。ちょうどA車B車の隊員たち――オークラーとドアですれ違った。
「無事だったな」
「正直あぶなかったっす。油断大敵っすね」
「む。それが理解できたならいいが、気を付けるんだぞ。戦場における学ぶ機会はロクなものじゃない」
「それも身に染みてわかりましたよ」
苦笑いする彼女の背を見送って外へ出る。外へ逃げた前哨帯のメンバーたちも捕まって車に乗せられているところだった。
カイはかなり顔をキメ、誇らしげに表へと出た。周囲をゆっくりと見渡してみる。
しかし、マスコミらしき人影はない。
「ちぇ。いてほしいときにいないんだから」
またいつもの顔に戻り、車へと向かう。
通りの遠くからドン、と音がした。グレートライフルの発射音ではない。重いものが衝突したような音だ。事故でも起こったのだろうか。せっかくだから助けに行こう。
そう思って、飛び出す構えをしたそのときだった。
いくつか向こうの建物の上に、戦車一台分くらいはあるだろう影が飛び出した。何かが吹っ飛ばされたのだろうか? だが、あんな高さまで飛ぶなんて……。
その塊はこっちの方角に飛んできていた。まだ少し向こう、大通りの真ん中に着地して、やっと、塊が吹っ飛ばされてきたわけじゃないと理解した。
ウサギだ。唐突過ぎてワケが分からなかったが、金属製のウサギ型をした二足歩行ロボットが、カイの方角を睨んでいた。
低ポリゴンのようにカクカクとして丸いボディは真っ白に塗装されながらも重厚で、逆関節脚は重心が低くドッシリと構えている。あの高さまで自力で飛んだのだろう。そして何より、長い耳だ。ロボットに耳なんて生えているワケがない。
二挺のグレートライフルだ。ファイマンの主力兵器だった大砲を、両肩に担いでいるらしかった。




