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突貫式ガジェット開発現場と休憩

――Lila――

《どわぁあああ!》


 カイの悲鳴が響いてくる。


 巻き起こる風だけならまだしも、ジェットの熱が半端ではないようで、カイの周囲の景色が大きく歪んでいた。


「ひっ……」


 リィラが小さく悲鳴を上げる。


 だが、どうやら大事には至っていないらしい。カイは倒れることなく堪えていた。


 そうしてジェットがすぐさま待機モードに移行し、雷神のポーズで硬直して唖然としたカイが残された。それにリィラはほっと息を吐く。


「カイ君! どうかね」


《どう……? え…………?》


「身体に痛むところはあるか。起動の姿勢に問題はあったか」


《い、いや……なんか滅茶苦茶なっ……たからビックリしただけ……だけです…………》


「あれは起動のための慣らしと思ってもらっていい。繧ャ繧ス繝ェ繝ウ(ガソリン)車でも起動直後はエンジンが強烈に回るだろう」


《う、うす……》


「吹っ飛ばされることはない。全てのジェットが起動したら力が釣り合うようにできているからね。それに、一度起動したあとのしばらくは、再起動しても慣らしは起こらない」


《おっけっす》


 とはいえリィラには、あの勢いは計算以上だったように見える。起動時の姿勢は配慮していなかった。場所によっては近くの人を吹き飛ばすことになるだろう。


 前傾姿勢になり、無意識に顎や唇に触れた。


 ガジェットは『瞬間的な暴力的出力より、安定的な高出力』の方がいいんだ。その信頼性こそが『高性能』だ。やっぱり突貫じゃあらゆる条件下での誤差を許容レベルに落とすことができない。そこの解決は後出しで間に合わせていくしかない。


《……ちなみにどんな見た目っすかね、今》


「気になるかい。そら」


 ニコは観測室の窓をマジックミラー状態に移行させる。するとカイが驚いたように自分の姿をまじまじと見て、身体を回転させて背面を見たりした。


 リィラの目には光る板をまとったような、奇妙な鎧が映っていたが、カイからすると違った。


 疑似物質(ソリッド)により輝く板が重なった防具が、肩の外側や身体の前や、足元までを覆って防御していた。腰に刀を差したような、体側のジェットも相まって、戦場の将軍のようにも見える。


 一方で、これまたソリッドで出来た巨大な襟巻きが忍者のようで、カイの背中に弧を付け、ふたつの三日月型ジェットは日本一の怪獣のようで……。


 まるで日本のごった煮みたいな鎧だった。日本人からしてもやはり奇妙な鎧だった。


《うぉおカッケえ。サイボーグ縺ォ繧薙§繧(忍者)じゃあん……》


「ほう縺ォ繧薙§繧か。ではせっかくだしデザインはそれに寄せよう」


「縺ォ繧……なんつった?」


 リィラが聞くと、ニコが笑った。


「カイ君の出身地における伝説の暗殺者集団……だったかな?」


「ふぅん……」


 聞いておいてなんだが、リィラにはまるで興味がなかった。それどころか、デザインを敵視さえしていた。


 現場を知らないリィラだが、本に乗っているエンジニアとデザイナーのいざこざ(・・・・)だけ接種して、幼い考えを幼いまま太らせていた。


 ――カスにデザインって名前がついているからって、何だっての?


「これ、この板って頑丈? なんすか?」


 カイが自分の胸部の疑似物質(ソリッド)で出来た、白い紫に輝く板を軽く叩いている。


「設計思想はナラクが有事に備えているドームである『ウォール』と同じだ。物が破壊される時には運動エネルギーが拡散していってしまうことを利用して、むしろ脆くして、薄い板を何枚にも重ねてあるのだ。グレートライフルは耐えられないが……連続で食らわなければ対物ライフルの弾さえ防げるぞ」


「へ〜……」


 聞いておいて、カイはあまり理解してないようだった。


「さ、カイ君。では動きのテストだ」


《うす》


「ジェットは足に一定以上の速度が出た時に起動する。要は地面を蹴って駆け出すのと同じ感覚で宙を蹴って高速移動するのだよ」


《ほうほう》


「なので早速――」


「待って」


 リィラがニコの言葉を遮り、マイクの側に立つ。


「そのテストの前に、ちょっとした動作で誤作動しないことを確認しなきゃ」


「おぉ、誤作動恐怖症かね」


「ちげぇよ。ジェットで飛んだ後の感覚じゃ上手くできないかもしんないだろ」


「ではカイ君。まずは歩きたまえ。それと小走りもしよう。マッスルは起動状態ね」


《ういっす》


 彼は何でもない地面を歩く。まっすぐ、ちょっと曲がる、大きく曲がる、振り返る。それを小走りでも繰り返す。ただ動き回るだけだ。


 そのどれも問題がないことに、リィラは満足げになって頷いた。


「いいね。じゃー、本題っと」


「さぁお待ちかねだぞカイ君。まず上だ。まっすぐ飛び上がるとそのまま上昇する。止めるには軽く膝を曲げるんだ」


 カイがぐっと構えてピョンと飛ぶ。その瞬間に下方角へのジェットが一斉に起動し、ドシュウと豪快な音を立てて一瞬で天井近くまで行ってしまった。


 衝突。その間際で止まる。


 カイは反応しきれなかったようで、膝を曲げる前に安全装置が起動した。


《わ、わぁ……》


「ひ、あぁ……」


 カイもリィラも事故寸前のヒヤリ・ハットで情けない声が出た。ニコだけはニッコリとして頷いた。


「ようし! 安全装置は問題なく動いている!」


「バッカ! それが分かっちゃダメじゃん!」


「なぁに戦いになれば嫌でもそういう状況になったとも。では次に下降だ。膝を大きめに曲げたまえ」


《う……うす……》


 今度は下方向に、同じくらいの速度で急降下した。今度は膝を軽く曲げる姿勢に間に合い、天井高さの三分の一程度で止まった。


「うむ。では――残りの方角全部だ」


《はい。……え、いや。あの》


「どうしたかね」


《増えすぎじゃないっすか? 次は左右とか……》


「わたしたちも一度は考えたよ、それは。だが上下左右前後の単調な動きではファイマンに先を読まれる。そこで動きの組み合わせではなく、動作がある程度シームレスに繋がるようにしたのだ。動きの自由さはキミに負担を強いる代わり、先を読みにくくできる」


《はぇ~……》


「と、言うわけで教えていく。動作は蹴り出す姿勢にプラスして――」


 そうして細かいコマンドを教えていき、一通り覚えたところでバッファを使わせて練習させ、バッファを調整し。そんなことをしているうちに、カイは持ち前の適応力の高さで上手く動けるようになった。


 心配されていた気絶問題は杞憂であった。認知に対して早すぎる速度に関しては、バッファの加速度感度係数を半分に減らした上で時間認知分解能を倍に増やすことで間に合わせた。これから時間は五分の一ではなく十分の一として感じられる。


 上手くいったが、リィラとしてはトラウマになりそうな時間だった。


 珍しく不安げな目で見守り、カイが動くだけで身体を浮かせるように強張らせ、腕を捻った状態での胸部フレームと腕部フレームの衝突を考慮していなかったことに気付きソワソワとしていた。


「……ふむ。いいだろう」


 ニコは窓をマジックミラーにしてすぐに透過状態に戻した。これがバッファを切れの合図だった。


《なんすか?》


「動きは概ねよしだ。あとは練習していくのみ。もうひとつの機能について紹介しておこう。……ところでカイ君。バッファで重力をほとんど感じなくなっているんじゃないかい」


《うーん。そうなんすよねぇ。どこが地面だか分からなくなるっていうか……。なんか使い続けたら、ちょっと酔いそうな気が……》


「認知可能な速度が十倍になるということは、感じる力も十分の一に落ちるということだからね。そこで、壁や天井を地面として使えるようにした。リィラ君のアイデアだ。試しに壁に脚を向けたまえ」


 カイが言われるままにすると、まるでそこが地面だったかのように横向きに立った。重力方向の逆へジェットが噴射している。


《うぉっ……と。横向いてるっすね》


「今はバッファを切っているから奇妙だろうが、バッファを入れて動いてみれば分かる。試してみたまえ」


 彼はその通りにして動き回り、それにはすぐに適応した。まるでそこが床かのように壁の表面を滑り回ったと思えば、ピョンと飛んで地面に着地したりと自由に遊んでいる。


 ニコはその姿を見ているが、リィラは計器から目が離せない。熱や応力がどう掛かるかをセンサーで読み、スクリーン内に大量の数値を表示させていた。


 大丈夫かな。どの姿勢でも熱がこもりやすくなってないかな。フレームが破損するようなモーメントは掛かってないかな。もしメインフレームがイカれたら、ジェットのモーメントは身体への回転モーメントに化けるのだ。


 祈るような気持ちで値を読んでいる。今ばかりは心配性な少女の顔をしていた。


《やべぇ楽しいっすねこれ。全部床にできてる感じするっす。まぁなんか。余計酔いそうっすけど……》


 バッファを切ったカイが笑う。


「問題なく動いているな。リィラ君?」


「だ、大丈夫……ふひ~……」


 緊張の糸が切れ、椅子にぐったりともたれ掛かった。


 乗りきった。


 テストでこんな調子では、本番など見ていられない。エンジニアはむしろ、しっかりと見て事故の予感を見つけ出さないといけないのに。そうリィラは自嘲してしまう。


「カイ君、ひとつ言い忘れていたことがある。ジェット起動の都合上、突き出すタイプの蹴りはできない。詳細は戦闘訓練のほうで言うが、留意しておいてくれたまえ。とりあえず今回はこれで休憩っ」


《うーっす! リィラもお疲れ! これすっげぇぜ》


「感謝すんなら、すっげぇく作ったガジェットで死ななかったとこだよ。あーもーホント遠慮なく動くよな……」


「まぁまぁリィラ君。動くのに遠慮していたらそれこそ事故の種を発見できまい。一旦休憩しに行ったらどうだ。わたしはフレームの疲労を見る」


「いや、でも」


「〝いや〟は無し」


「んもぉ……。はぁ、そーするわ。行こ、カイ」


《わーい。支払いは任せろ〜》


 リィラはニコを一瞥してから、観測室を出た。


 と思えば、カイがアーマー起動状態で駆け寄ってきた。


「来んなし!」


「ごめんこれどうやって脱ぐの?」


「あのポーズすればいいよ」


 カイはすかさず見得の姿勢になる。するとジェットが止まり、ガチャガチャと内部ロックが外れた音がした。


「おー……。ほんで?」


「真っ直ぐ立って」


 フレームのアーマーの前が開き、カイが手首やら何やらを擦りながら脱ぎ出てくる。


「へぇ~。すっげぇ」


「だろ。ちゃんと色んなガジェットの構造とか真似したりしてんの」


「流石だわ」


「流石じゃねーよ。本当は着たままで壊れても脱げるようにしたかったのにさ~?」


 色々とやるべきことはあったのだが、納期がやらせてくれなかった。どんなに時間があっても金がなければできないように、金があっても無茶な時間設定ではできないのだ。


 ならば不完全で出して、実戦の中でアップデートしていき、完成させていくしかない。ゲームならよくある手法だが、車や工業製品なら即座にリコール問題だ。


「ん〜……。そうとは思わないな」


 エレベーターのボタンを押しながら、カイが微笑んだ。なんだかいつもと雰囲気が違って、優しげなオークラーのようだった。


「無理な期間でもしっかり取り組んで、きちんと完成を目指して必要な機能を揃えてさ。完成でなくとも、限られた時間で最大限の結果を残したんだから、すげーじゃんか」


「それは……んぅ……。で、でも納得してねーし……」


 リィラはなんだか顔が熱くなってしまった。下手な照れ隠しの言葉も尻すぼみになってしまう。


 到着したエレベーターに乗り、地上階の売店に寄り、二人で思い思いの物を買った。


 現世で例えて言えば、リィラは香ばし目なフレーバーの乗ったアイスで、カイは少なくとも食べ物であると分かる何かだった。


 そして、ラウンジで休憩の時間がやってきた。


 ……のはずなのだが。リィラが口を開く。


「それで、さ。どう?」


「んー? なにが?」


「だーかーらー、使ってみた感じ。使う側じゃないと分からない不具合とかやっぱあってさ」


「え、いま休憩中よ?」


「? 休憩中だろいま」


「え?」


「ん?」


 カイとしては開発以外のことを考えるか、ぼうっとして何も考えないかを想定していた。


 一方でリィラとしては開発タスクが終わったので、タスクとしてというより興味として聞いていた。もちろん、聞いたことは後で活かすつもりなのだが。


「え〜…………っと。もうそろ頭、休めよ?」


「休めてるけど?」


「え?」


「ん?」


「休まって……なくない?」


「いや、全然……」


 驚くほど噛み合わない。根っからのエンジニアなんだなぁ。そんなことをカイは思っていた。


 一方でリィラは、カイのよく分からない言動をまぁいいやで受け流した。――彼女にとって――難しいことを考える頭のリソースは残っていないのだ。


「ところでさ、村のことを聞いてもいい? ほら、リィラんちがあるとこ」


「ん……? 何にもないけど、近くにガジェットの廃棄場があるんだよね。他に聞きたいことでもあんの?」


 リィラは全く興味がないときの顔でアイスの表面を歯で削り食った。


「まぁ。どんな村だったのかな、とか。こういうの作ってるとか、見どころとか?」


「ねぇよ」


「なんもないの?」


「……あ〜……」


 ひとつ、思い出した。完全に無名の村という訳ではないことを。知らない時代の悪評だ。


「なんか……事件的なのがあった?」


 カイが目をパチパチとまたたかせた。


「……昔さ、流行ったらしいんだよ、病気。疫病っていうの?」


「伝染病かな。こわいね。らしいってことは、リィラはいなかったの?」


「他のヤツが言うには、アタシが生まれてすぐくらいだってさ。覚えてない。ウチのジジイも軍にいたっぽいし、他の人に聞いたら? ジジイ2号とか」


「ジジイ2号? 誰だっけ」


「えー……なんだっけ。いつもそう呼んでるから名前……うーん。……覚えてないわ」


 正解はラッセル。カイにペテンを仕掛けようとした男だが、最後まで思い出されることはなかった。


「まぁなんか、スゴい病気で、なんか熱が出て動けなくなって、十人とか死んだって言ってた。アタシの……」


 言葉が途切れ、その続きが紡がれることはなかった。『アタシのお母さんも』と続く言葉の代わりリィラはカイをチラとだけ見て、またアイスを一口。


「……どんな人だったんだろ」


「お母さん?」


 覗き込んでくるカイの表情は、いつも通りのやわらかさだった。


「ん。なんか皆は優しかったとか、キレイだったとか、そんなこと言ってる。でも覚えてないんだよね。アタシだけは……」


「そっか。でも皆がそういうなら、きっとそういう人だったんじゃない?」


「ぜってーウソ。だってあのジジイと結婚したんだよ? きっとジジイみたいなヤツだった」


「コラコラ。いけません」


「だってさ~」


「ここは兄として、挨拶しておきたかったぜ……」


「カイみたいなフシンシャが来たらこぇ〜って。急にアタシのこと妹って呼ぶのやべ〜からな? ヘンタイ」


 言葉とは裏腹に、リィラは何だか嬉しそうに脚をブラつかせながら言った。


「ごめんごめん。……でもたまに呼ばせて? このノリすき」


「どーしよーかなー」


 やっと二人の力が抜けたとき、前哨帯に対処する任務から戻ってきたであろうクレイを迎えたらしいオークラーが、面と向かってラウンジのそばのソファに座ったのが見えた。リィラでも分かるほど、暗い雰囲気を漂わせている。


 ……息子と妻が拘束されてるんだよな。よく分かんねぇけど、つらいんだ。


「あそこまでしなくても……」


「すまない。だが、あんなことをした理由をそろそろ教えられるかもしれん。私もニコの行為は気に入らんが、パニックを起こしたくないところは同じ気持ちなんだ」


「それは……だったら、もう教えてくださいよ隊長。ニコ所長の命令だって、あんなの不当じゃないですか……!」


 カイと顔を合わせる。そして一緒に、彼らの席についた。


「あの話っすか」


 カイがそう言えば、クレイが目を見開いた。


「か、カイくんも知ってたのか」


「はい。……ねぇオークラーさん。あの事件があったなら、もうニュースで分かるんじゃないっすか。言ってもいいと思うんすけど……」


 クレイが縋るような目でオークラーを見た。彼女は腕を組み、渋い顔をしていた。


 すると、リィラが近くのテレビのリモコンを探し出し、ニュースを映す。


[……繰り返します……。二千二十年、十六キロ、九ヘクト……]


 いつだったかのワイドショーだ。出演者にヘラヘラしたような様子はなく、全員がリィラでも分かる深刻な表情をしていた。


[前哨帯による国会爆破事件ですが……]


「こ、国会の爆破……!?」


 クレイがほとんど叫び声をあげると、少し遠くにいた隊員達も次々に集まってくる。


 クレイを先頭に、リィラたち全員でテレビの前に立った。みんなで、その成り行きを黙って見ている。


[……専門家によりますと、国会で使われた爆弾は前哨帯が使ったものと同じらしくてですね、それと爆破直前のビデオ。やはりあの、クロウディアという方……人が前哨帯の首謀者ということになるんですかね。まだ顔は分からないんですか]


[そうですね。まだ続報は出てません。音声だけで、国会のモニターに映されていたと思われる映像の方がですね、映らないようにカメラの一部が……恐らくハッキングされていたかもしれない、と。調査中とのことです]


 ということは、国会の映像でクロウディアの笑顔を見てしまって、爆破されてしまうことはないのだろう。


 ……でも、寄生虫をまいたのは人類を全滅させるためだよな。じゃあ、別にそんなところで気をつかう必要なんてなくね……? ニコかクロウディアの笑顔で爆発するってことがバレるのがマズいのかな……。


「……あれ?」


 カイが声を出した。みんなが注目するが、カイは中断させまいと、スッキリしない顔で「すみません」と謝ってまたテレビを見始めた。


[多くの報道機関がクロウディア氏について調べていますが、未だに不明だそうです。本来なら学校や会社などに記録が残っているはず、なんですが、そうしたものが何も見つからないと……]


[一方でSNSではですね、これは首相の陰謀ではないかという意見があります。あの爆破当時、フワ閻魔が腹痛で爆破の難を逃れたと]


[偶然にしては出来すぎですよねぇ! ……って国民の皆さんも思いますよねぇ!]


 え、エンマ? とカイが声をあげる。その視線はリィラに向いていた。


 そういや世界のこと、なんにも知らないんだったなコイツ。


「あれだよ。いちばん偉いやつ」


「あー。ソウリ的な」


「ソウリ?」


「ってか、もしかしてさ、あのおじいちゃん? 生き残ったって」


「そ。あの頼りねぇジジイ」


 いつだったか、ニコの暴露で追い詰められた老人だった。辞めるんだろうなとリィラも思っていたが、まさかこんな形で残るハメになるとは、リィラどころか誰ひとりとして思わなかっただろう。


 そして、あまりにも頼りないと、誰ひとりとして思わない人はいなかっただろう。


[そして何より、感染すると爆弾になるというのに起爆が遠隔でできてしまうと……]


[にわかには信じがたいですよねぇ……って国民の皆さんも思って……]


 そこで、クレイがオークラーの顔を見る。


「……感染? 感染すると……爆弾になるって……」


「ああ。前哨帯のボスであるクロウディアが、私たちが家族を保護することを見越して感染させていたらしいんだ」


「そんな……じゃあ、迎えに行くより前に?」


「そうだ。それで、どうやらちょっとした怪我でも――本当に僅かでもPpが出るような怪我をしたら、そこから爆発することが分かった」


「それであの拘束……ですか……」


 すると、あちこちでどよめきが起こった。冗談めいたように、笑おうとするが誰にもウケない言葉がポツリポツリとだけ出た。


「あの、拘束ってどんな感じなんすか?」


 カイが聞くと、クレイが咳のように息をついて、いつもの余裕がない声を出した。


「指先までベルトで固定しきって、麻酔で眠らせてるんだ」


「え……」


「なんでこんなことすんだって思ったけど、まぁ、今の話を聞いてやっと納得できた……いやできないけどさ、でも、文句はぜんぶ引っ込んだ」


 そこでやっと、クレイは微笑んでカイの肩をトンと小突いた。


 オークラーが振り返り、隊員たちに向いた。


「――聞け、お前たち。後で集会があるだろうが、先んじて言っておく。万が一にでも感染した場合、すぐ上官もしくはニコ所長へ報告するように。三十二部隊は前哨帯との繋がりの中で、全員が感染していたと考えられる。あの惨状を見て、同じになりたいと思わない者は、いいか、ちょっとした不安でも見逃すな。症状は強いかゆみ(・・・)だそうだ」


「でも隊長。そんな病気、どうやったら治るんすか?」


「ヌコマタ寄生虫研究所の所長であるヌコマタ氏が、ニコ所長と共に寄生虫の研究を進めている。彼女らはパニックを起こさんようこの情報を伏せていたのだから、妙な考えで行動しないよう肝に銘じておけ。国はひどい有様だが、いつもより手洗いうがいを徹底した日常を過ごし、任務を遂行し続けろ」


 彼女がそう言えば、誰となく「了解」の合唱が起こった。


 自分の部隊以外のヤツまで? オークラーってすげーんだな。と、エンジニアのチームメンバー苦労話を読みまくっていたリィラが感心していた。


 そうして解散した後、リィラがカイを見上げた。


「でさ、さっきのさ、『あれ?』っつってたじゃん。あれなに?」


 カイは「あぁね」と頬をかいた。


「ああ。いやさ、なんで映像を隠したんだろって思ってさ。国会のネットのセキュリティとか凄そうだけど、そこにわざわざハッキングしたんだよね?」


「あーね。思った。まぁなんか、隠さないとまずかったんじゃね? 笑顔で爆発するってバレたらイヤだからとか……」


「うん。そこまで思った。でもさ……」


 カイが腕を組んで見上げた。


「別に、バレね?」


「え、なんで?」


「だって、ニコさんの暴露だかでめっちゃ笑顔が放送されちゃったじゃん。笑顔で爆発するって分かる前にさ。もういろんな人が感染してるはずでさ。だったら、きっと爆発は起こっちゃうと思うんだよ」


「そりゃ……」


 そうだ。なんなら腕巻き(サリペック)ガジェットでSNSにふける隊員もいる。


 感染者家族として二次感染したのち、SNSで流れまくるであろうニコの笑顔で爆発することはあるだろう。


 ……いや。その家族の当人は、その暴露ニュースをテレビで見ているはずだ。奇跡的にニコの笑顔を見てなかった? そんな馬鹿な。


 もう、とっくに起こってないとおかしい事だ。


「……じゃあ、それじゃん」


「え?」


「ひとつだけウソ、混じってるんでしょ? あのニコ博士(ヘンタイ)の笑顔で起動するってとこがウソだったんじゃないの?」


「…………たしかに」


 なんだか分からないが、カイは納得したらしい。


「なんで納得した?」


「え? リィラが言ったのに……」


「アタシの知らないとこで納得してそうだったから。で、なんで?」


「だって、感染者に笑顔を見せられないんだったら、万が一にもオークラーさんとかが感染したとき、分かんなくて爆発させちゃうかもしれないじゃん? じゃあニコさんはもう、大事な人にほど笑顔を見せられなくなるから、きっと孤独な気持ちになって……。クロウディア……さんは、それを狙ってたのかなって」


「でもめっちゃ笑ってたよ?」


「笑顔で起爆するってウソを教わる前に、あの暴露ニュースが流れちゃったじゃん。イヤでも誰が感染者かは分かるよ。〝まだ生きてるから感染してない〟的なこと言われたし」


「あ〜……」


 ニコらしいロクデナシさだ。他人の命を何だと思ってるんだろう。命の大事さなど考えたことの無いリィラでさえ、そう思ってしまう。


「そっか。じゃあ……」


 言いかけてから、嫌な予感が自分の底から頭まで、ゾッと駆け上がった。


「……じゃあ、笑顔とはカンケーないってことじゃん。遠隔爆破って」

「え? ……あ」


 笑顔を見なければいいという問題ではない。国会だけを爆破できた以上は、爆弾の機能を最低でも二つも見逃していたことになる。


 まず好きな時に起爆できる。


 そして、狙った相手だけ爆破させられる。


 クロウディアが作ったのは、使っても使わなくても人間が爆発して、爆風を受ければ感染して、広がっていく病気だ。


 そのワクチンはいまのところ不老不死になる薬だけで、自爆して生き返るしかないのだという。


 感染――それだけですべてが終わりだ。


「何やってんだよマジで……」


 リィラにしてみれば、クロウディアは人の名前ではなかった。


 ひとつの災害だとしか、捉えられないのだった。

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