試作品、完成。
――Kai――
正直に言うなれば、カイはやっと怒りを覚え始めたところだった。クロウディアに対してだ。
――事情がありそうなのは分かった。この計画に、誰かへの悪意がないのもだ。
だが、殺された人にそれだけの理由があったか。
死後親友との再会を望むミィに、死を奪われるだけの理由があったか。
物心ついたばかりかの幼いニコに、人生を滅茶苦茶にされるような理由があったか。
いいや、ない。どれひとつ、ありはしない。
クロウディアは――自分の欲のために、文字通り全てを踏みにじろうとしている。
その怒りをやっと腹に抱えたのが、帰り道の終わりごろだった自分が情けなく、それにも腹が立ち、やりようのない怒りで泣いてしまいそうだった。
映画のヒーローはいつだって、悪の計画を聞いた瞬間に怒りを抱くというのに。おれ、なんでこんな、終わったあとになってムカついてんだよ……。
「大丈夫かね」
見れば、ニコがずいぶんと優しげな顔つきでカイの表情を覗いていた。
ニコでさえ心配するほど酷い顔をしていたらしい。
「うっす……。すんません。早く気合い入れないと」
「まだ無理はするな。自分の中でキチンと情報を処理しきるのだ。秘密兵器がじき、完成するのだからな」
いつもの地下室に戻り、カイは早足になった。リィラの顔を見て、まずは安心したかった。
……自分よりずっと小さな女の子に、おれが支えられちゃってないか。
自分の影が邪魔をしてくるのを振り切った。そして部屋に入れば。
「あ! ちょうど帰ってきたぞホラ!」
リィラがカイの顔を見るなり、観測室奥の廊下へ叫んだ。するとヌコマタがひょっこりと角から顔を覗かせた。
「き、来たか。ニコ博士」
よく見れば、二人とも引きつったような顔をしている。
見ればオークラーも居たが、二人よりは冷静な表情をしていた。
「どうしたのだね。氷解が済んだようで何よりだが……まさか三人とも感染したか」
「ちげぇよ! すぐ来て! 爆弾の正体が分かったの! ヤバいんだって」
思わずニコと顔を合わせた。
「でかしたぞ……と言いたいところだが」
ニコがオークラーの顔を見れば、彼女は首を横に振った。
「私はむしろ、まだピンと来てないらしくてな。自分の目で評価しろ」
「ピンと来ないことねぇ……」
うながされるまま、ニコと奥の部屋へ。殺虫タオルを超えた先に、寄生虫が映ったディスプレイがあった。すぐ近くには顕微鏡だ。
「外見はナラカム・レガイオのままのようだが……」
「対象物は既に発散している。データのためにまだまだ映像が要るのだから、ついでに生で見せてやる」
ヌコマタが準備を進める横で、ニコが顎を擦った。
「ははぁ。集積回路などの、疑似物質によるチップあたりか。あれならば小さな回路として動作するだろうが……。生物にガジェットを生成する能力があるとは思えんし、そもそも回路単体でプロト変性現象は起こせん。なのでその可能性は思考から除外したのだ」
「そういう仮説があるならば先に言わないかバカ者」
「センセーショナルとは盲目さ――あたぁっ」
オークラーがニコの後頭部を叩いた。
「……。まぁ、ほとんどは正解だ。問題は、その回答を遥かに上回っていることだ」
モニターの録画を開始するヌコマタの手は、わずかに震えているようだった。
画面に映るのは、以前も見た寄生虫。六足で歩き回る、太い足を持つダニのような姿だった。
「Pp内で姿を保持し続けるソリッドの、特に微小な回路は空気にさらせば一瞬で発散して消えてしまう。しかしリィラによると、ソリッドを延命することができる方法があるという」
「えっと、脈管の塞栓で、流れの反対側から発散せずいつまでも詰まってるトリックだよ。要は人体の中とかボトルの中の、Ppが発散しない環境にすれば維持できんの」
ふたりとも早口だが、いつもの熱はない。さっさと説明を終わらせてしまいたいようだった。
まだいまいち掴めてないカイは『透明な氷を水に入れたら見えなくなる的なことかな』と、自分で例えて納得していた
……いったい何が出てくんだ…………?
「だが、Ppを発散させねば内部のチップは見えないだろう? しかしPpを発散させればチップごと消えてしまうはずだ。どうやって見えないものを取り出すのだね」
ヌコマタはそれを頷きながら聞き、撮影している領域にゴム製の綿棒のようなものを入れた。モニターが綿棒の黒色に染まる。
「ナラカムちゃんには卵を抱え、次の宿主へ乗り移る『嫁入り』という習性がある」
「なるほど。チップを抱えた個体を、しがみ付かせて少し持ち上げる、と。考えてみればシンプルなものだ」
「さて、もう話などいいだろう。ご対面だ」
画面がぼやけた。綿棒が持ち上がって、ピントがずれたのだろう。それがオートフォーカスで戻り、虫が抱えた輝く塊の像が結ばれたとき――。
「これは……」
――ニコの顔がこわばった。
画面に映ったのは疑似物質の色をした、小さな粒だった。チラチラと映っていたナラカムレガイオの卵にしては少しだけサイズが大きいようだ。それがPpから外に出たことを認識したようにモゾモゾと動き出し、粒から脚を伸ばす。
〝もう一匹の寄生虫〟だった。ナラカム・レガイオと全く同じ姿である六つの節足。同じように殻で身体を固めている。寄生虫に抱き着かれたそれは、疑似物質であること以外は、純物質である寄生虫と全く同じ姿であった。
「おいおい、ソイツは――」
言いかけたとき、偽物が抱き着く本物を押して退け、綿棒からもとのPpへと離脱していった。
沈黙の時間にヌコマタがニコの顔を見た。言葉を切った彼女は、また息を吸い、頭をかいた。
「――聞くまでもなく生きていたね。全くクロウディアめ。ソリッドで命を造ったというのか」
「単体で造られたならばマシだ。感染するということを考えれば、いいか、コイツも寄生虫の一種として繁殖することに他ならない。そして現実に個体数を増やしていると見られている今、創られたのは生態系を抜きにして環境に適応した生物であると言える」
ニコがカイの顔を見て、むしろなんだか安心したように肩を下げた。
「キミが気の抜けるアホ面でよかった」
「や、ヤブから棒になんすか。悪かったっすね」
「好きな顔だよ。キミもオークラーもピンと来ていなようだから語弊を含めて言えば――氷で生物を作ったようなものさ」
「そんな……マンガじゃあるまいし……」
「アハハ。そうだね。漫画くらいだろう、こんなこと」
ヌコマタは棒を下ろし、画面録画を切った。
「今なら断言できる。クロウディアという奴は、決して同じ人間であるとは言えん。頭脳、倫理観、あらゆる点において、人が超えてはならないラインを超えている」
「あぁ。昔、太陽に思考力を与えようとした研究者が居たって、ニュースになったろう」
「そいつか。当時、名は出てなかったな? イカれて嘯いたアホが居ただけだと思っていたが……止めるヤツがいなかったら、本当に太陽がモノを考えるようになったかもしれんな。感謝してやらねば」
「そのせいで彼女は投獄されたのだ。あまり嬉しい賛辞ではないねぇ」
「……お前か。通報したのは」
ニコは両手を上げて、パタン、と身体の横に落とした。
「クロウディアを獄中に入れたのがわたしであれば、巡り巡って獄中から出したのもわたしだ。φ研究を投げ出した結果、出てきてしまった。……彼女だけが悪いとは言えんね」
「罪がどうこう、か? らしくもない話をする」
訝しげなヌコマタに対し、リィラも同じ顔をした。
「ってか、ソイツと会ってきたんでしょ? どーなったのそれ?」
図らずもニコと目が合った。
「まぁ……まずはキミのミッションから報告したまえ」
「え? あ、まぁ、クロウディアさんは一つだけ、何か分からないけどウソをついてるらしいです。それ以外は、ホントに全部が本当で」
「ふむ……。少しでも相手の計画を知れたか?」
「えっと……」
自分のミッションはクロウディアが嘘をつかないことが本当であるかの確認だった。ニコを見れば、頷いてカイより前に出た。
「まず、クロウディアは〝最初から人類を全滅させる目的で寄生虫を撒いた〟という事が分かった」
「えっ!?」
誰よりも先にカイが声を上げた。彼女は結婚を認めさせるために無茶苦茶をしたんじゃないのか。
「キミがそう驚くな。状況から推理するのだよカイ君。家を失った人間が、どこかへ行って感染を拡大させる。この間の爆破テロ事件がそのパターンであれば、今度はそれを、国単位でやると言っているのだ。外国の侵略、自国の亡命、それを一気に引き起こすためにあんなことをした」
「…………ウソだろ……」
まったく現実味がない。こんなにあっさり、それだけのことをしたのか。
オークラーが怪訝な顔をする。
「あんなこと……か?」
「あぁ、まだニュースは届いてないかね? 先ほど、文字通り国会がぶっ飛んだ。議員はほとんど死んだと見られるよ」
「な――」
オークラーは目を見開いたが、すぐに見たことがないほど眼を鋭くした。
「目前にいながらそれを許したのか! それを止めるために――――ッ!」
そのままニコの胸ぐらを掴んだが、リィラやヌコマタの方をチラと見て力を抜いた。
「オークラーさん、すみません。おれが油断してたせいで……」
「……いや、お前は謝るな。すまない。私も気が立っていた」
気が立つとは言うが、ほとんど殺気に近いものを感じ取れた。何か尋常じゃない気がする。
「……なにかあったんすか? 寄生虫のことで」
「実は、クレイが……それから他の隊員達も、家族が拘束されてるのに気付いてな。反抗こそしてくれなかったが、精神的にほとんど仕事に手が付かない状態だ」
「そんなことになってたんすか……本当に人を選ばないじゃないっすか寄生虫……」
そこまで言って、一つ、気付いた。
「……選ばないなら、クロウディアさん自身も感染しないっすか?」
ニコは深く頷く。
「その点だが、その前に……ヌコマタ君。あの寄生虫を作った張本人であるクロウディアは、駆虫薬を作っていない」
「なんだとっ!? そんなバカな。それこそ騙されたんじゃないか」
「いいや、寄生虫への対抗策は存在している。キミにはまだ教えていなかったが、敵側組織の英雄とされているファイマンは不老不死だ。そしてそれは恐らく、薬を摂取するだけで叶ってしまう」
「……いまこそあのムカつく、気の抜けるニヤケ面であって欲しかったものだ。次から次へと何なんだいったい」
ヌコマタが近場の、管制室の椅子にどっかりと座った。
次にはリィラが声を上げた。
「そっか……ってことは! 自爆してから生き返ろうっての!?」
「その通り。ミィから死を奪った『不老不死薬』は、その感染を生き残るための措置だ。駆虫薬というコピーしやすいものを作らず、不老不死薬だなんてメカニズムの意味不明なものを作って、それが外へ流出しようが使った自分の身体が研究されようが時間内に攻略できないようにしたわけだ」
クロウディアという人間のえげつなさが、どこまでも底を深くしていく。だがカイは、その行為そのものにそこまでの恐怖を感じなかった。
ぞっと背筋を冷たくしたのは、実際に会ったクロウディアという人間と、敵対するクロウディアという人間との乖離にだった。
本当にあの人が、こんなことをやってのけたのか?
「まぁ、そういうわけで……わたしの計画はご破算だ。裏から撃つつもりだったのに、風穴がすぐ塞がるなら意味がないからね」
「じゃあ、新しい目標は?」
「逮捕して、封印する」
「封印って……」
ニコは言葉の一つ一つに躊躇いを含みながら、ただ淡々と続けた。
「封印は封印だ。恐らく力の強さは変わらない。であれば、例えばコンクリート詰めにしてカプセルを地中の高圧下に埋めておけば、半永久的に活動を停止できるだろう。あるいは首を切り取って別々に保管するでもいいだろうね」
「……それじゃ……死ぬよりキツいんじゃ……」
「………………」
ニコは答えなかった。
……たぶん、おれだけだな。気付いてんのは。そうカイは眉をひそめた。
そんなことは、ニコにはできない。平気で他人を殺せるが、クロウディアだと傷付けることすら困難になるだろう。
だが――誰かが、やらないといけない。
自分がやれば、ニコに恨まれるだろう。レインに向けられた憎悪を、また向けられるのだろう。
…………。
「であれば、その計画とやらはこちらで引き受けよう。不正なく逮捕したいのであれば、忘れているようだがT.A.S.の領分だ。クレイが心配でな、もう行く」
オークラーは言いながら、足早に部屋を出ていった。
「そしてこちらは兵器開発と寄生虫の解析だ。まずは解析を進めるが、リィラ君――」
「――モチ開発! オラ来いっ! ずっとしたかったんだぞテスト!」
少女に強引に手を引かれる。
ずっと引っかかることだらけだ。どう表現すべきかも分からない。
だが――みんなのように、きっと前に前にと進まないとならないのだろう。
「やっとだよ! あっ、どこも触んなよ?」
どれがゴミでどれが道具かも分からない床。いつかのニコの部屋そっくりだ。
その夢の島の中央に、ひとつの鎧があった。それは人の形をなぞる骨組みばかりのもので、背中に海老反りのパーツ――恐らくはジェット――と、腰には打刀の鞘だけのようなパーツがある。鞘の口が排気口状になっているので、あれもジェットなのだろう。
これが――最終兵器の最終兵器か。
――Lila――
「すっげ〜……できてんじゃん」
「できてねーよ」
リィラがヒョイヒョイと部屋の奥に行くのに対し、カイは苦笑いしながら、歩きにくそうにやって来た。
「ほらこっち。フレームの設計するから立ってて」
「ほーい。……設計? もう出来てるくない?」
「だからできてねーよ! 精密な寸法を採寸すんの。あとちょっとで――空飛べるよ」
「空飛ぶの!? マジ?」
「マジ。はいそこ」
「うん……」
カイはリィラに言われるまま部屋の中央、人形の金属ジャンクに並んで立つ。鉄塊と言うにはスカスカで、どちらかと言えばただのフレームだ。
それがちょうどカイくらいの空間を作っている。ニコが持っていた兵器χ――というよりジェイク――のデータが役に立った。
「あ、これって着る前にマッスル起動した方がいいやつ?」
「いや、まだ。でもこの調整が済んだら、起動してから入って」
「おけ」
彼はスーツに身を合わせ、やや緊張した顔で立った。
「動いたら死ぬって思って」
「死ぬ? マジ? 合図して」
「わかった。三」
三と言った瞬間にフレームが閉じてガシャンと鳴り響き、カイの姿が消えた。
「ひぃいん……!」
間違いなくただ事ではない状況に、カイは情けない悲鳴を上げた。
「ちょ――大丈夫っ!?」
「だ……大丈夫ぅ……! いや大丈夫なのこれぇ……?」
「あのぉ……ほら! 痛い所とか……!」
「それは……ない!」
「じゃー変な声出すなバカっ!」
カイの前に自分が死にかけた。いや、死ぬよりキツい。こんな初歩で失敗したら間違いなく、全ての自信が無くなる。
「これ……さ、ひょっとしてカメラとか仕込んでて、起動したら目の前に色んなこう、モニターとか出るやつじゃね?」
カイの声のトーンが一つ上がった。
「カメラ……? あ、忘れてた。剥がすの」
アイシールドの保護シールをペリペリと剥がした。
カイの声のトーンが一つ下がった。
「あ、そう……。ただのガラス?」
「んーん。ちゃんと情報出るよ」
「おっ」
今度はまた上がった。忙しい奴だ。
「じゃあ内部のフレームを合わせるから。ピッタリね。なんか……動いて」
「動いて?」
「なんでもいいから」
カイは少し迷い、いくつかの動作の初めの部分だけを何度か選んだと思えば、始めたのは……。
……謎のダンスだった。腕や足、腰回りや胸部が内部フレームにぶつかり、ガチャガチャと鳴った。
「それ、何?」
「いや……ラジオ体操……」
「ラジオの……体操……?」
通信機の初期段階としてラジオ――に相当する言葉――はあったが、それに付随する体操はなかった。しらぬ現世の特産物である。
そうして一通りの動きを終えた。気付けば、中のフレームがカイの身体にピッタリと引っ付いたようで、フレームがぶつかるような音が無くなっていた。
「お。動きやすくなった。こう、すっげぇフィットした感じ」
「じゃあ次のテスト。動くなよ」
リィラがデバッグ用の通信指示を出せば、鎧の前が開いた。
「おー……。すごい。こんな超短期間で作れるもんなんだね」
「なわけねーだろっ。無理だからねフツー。安全規格もメンテ用ハッチも予備パーツ用の規格化も全部無視してんの!」
「はぇ〜。危なそう」
「危ないわ。全部有り合わせの間に合せだから。フレームだって、パワードスーツの転用で、本当だったらこれを……もっとこう……もっと最適化……できるからさぁ……」
リィラが鎧のあちこちをペタペタと触って、配線や駆動部分の可動子の位置を弄った。決して、納得できるクオリティではない。
問題は性能云々というより、機能の安定性や安全性の面だ。
「えっと、じゃあ完成はどれくらいになりそう?」
「完成? どこ見て完成って言ってんの?」
「あ、いや……でも使えそうじゃない?」
「使えるように作るだけじゃ三流だ。簡単に使えるように考えたって二流。一流のエンジニアは『マニュアルを読まないバカが使うとき』を考えんの。あーもう……」
「あ〜マニュアルぅ〜〜〜…………読むよぉ? いまから……」
「ねぇよそんなもん」
「無いかぁ……」
そのとき、ニコが角からひょっこりと顔を覗かせる。
「まぁまぁリィラ君。要は試運転だ。試運転せんことには実用化に至らんだろう?」
「…………はぁ。んなこと分かってんのアタシだって。製品化前にはぜってー完璧に仕上げてやる……」
「マジか、製品化するつもりなんだ……」
「らしいねぇ」
リィラがハッとしてニコを見た。
「ってかアンタはいいの?」
「研究の方針を固めてデータ採集の段階になったからヌコマタ君に任せた。夢で首を突っ込んだ後に義務感で研究してる連中とは違う、役に立つ手だねぇ」
遠くから「聞こえてるぞバカモン」と響いてきた。
「アンタも手だろ。取り付け位置の最適化はできたから本締め手伝えよ」
「はいはい」
そうして、フレームの噛み合わせの位置を、ネジを留める順番まで指示して、繰り返し、配線を揃え……。
……試作機、完成。
「よし。動かせるよ」
「お〜……。よし」
カイがマッスルガジェットを起動し、またスーツを着た。フィット状態でどこか挟むんじゃないかとヒヤヒヤしたが、カイが危なげなく着て訓練室へ走っていくので、やっと一息をつけた。
「さぁ。心の準備はいいかい?」
カジェットに身を包むカイの背を観測室の窓から、ワクワクした表情のニコとオドオドした表情のリィラが見ている。
《お……オッケイっす。これ……ホントに大丈夫っすよね? 空飛ぶにはちょっと、細くないっすか? この……》
カイが今になって、腕に沿うフレームを、柔らかいものを壊さないようにする手つきで撫でた。
身を包むといってもフルプレートアーマーのような厳ついものではなく、ジェット噴流装置を固定するのに最低限のフレームと保険の補助フレームだ。
スカスカであるため下の服装が見えているのはもちろん、フレームの上からボディガジェットを起動できさえする。
「無論だとも。もう少し調整するからねぇ待ちたまえよ」
ニコはマイクを切ってリィラを見た。
「ねぇキミ。そう怯えた顔をするもんじゃないよ」
「わ、分かってるって。……でもさぁ」
それは、エンジニア特有の危険性を見落としていないかという怯えに加え、ガジェット開発の初デビューという緊張もあっての憂いだった。
プロのエンジニアなら営業を殴りに行くほどの急ピッチ。そんな開発現場にあってリィラは、もはや不安を隠せないでいた。
「えぇいカイ君が不安になっては不味いのだ。基礎となるべきデータに披検体の感情というノイズは不要だよ。ノイズをデータにするならば、比較のための基準データが要るのだ」
それもそうだ。だがリィラには、声から不安を消す自信がなかった。
「……じゃー黙ってる。ちゃんと指示してよ?」
「無論だ! 任せたまえ」
ニコはマイクのスイッチを入れた。
「ではカイ君、始めるよ。ジェットの起動方法はポーズだ」
《ポーズっすか?》
「誤作動の可能性を排除するために、特にスイッチといったものは着けていない。通常では取らない姿勢、これを合図にする。好きなポーズを取りたまえ」
《ひえ~。超ヒーローっすね》
そうしてカイが色々なポーズを取り始める。ニコが「それかね?」と聞き、カイが《いや……もうちょっと》と返す。そのやり取りを数回。
「んも~凝り性だなキミは~」
《こう……やっぱいい感じにしたいじゃないっすかぁ~》
「あんまり変なのにするんじゃないよ。咄嗟に、さっと出せるものだ」
《う~ん。……あっ》
言葉の中の「咄嗟に」で思い出したポーズがひとつあった。
カイはピョンと飛び、低い姿勢で着地する。右ひざと右こぶしを地に着け、左の脚は立て、左手は身体の後方へ伸ばす。このポーズは俗に言う、スーパーヒーロー着地だった。
《これは?》
「咄嗟すぎる。間違えて起動しそうだからダメ」
《ヒーローっぽくてよさそうなのに……》
延々とそういうやり取りにリィラは、もはや試験本番が来ないでくれというような気持ちになっていた。
カイはまた思い付く顔になる。
《じゃあ――》
両方の手を握り拳で第1関節だけ伸ばしたような形にし、左手を頭の後方に構え、右手をまっすぐ前に突きだした。同時に曲げた左足に体重を乗せ、右足を前に出す。
できたのは見得のような構え。日本に伝わる最も有名な赤鬼、雷神の構えだった。うろ覚えでややアレンジが入っているが、リィラたちには知るよしもない。
《これっす!》
「それかね?」
《いや~いいっすね。まさに縺翫↓の……言えねかったわ》
「ようし。ではそのままキープだ登録するぞ……はい完了っ!」
完了と言った瞬間にジェットが起動した。カイの首の後ろから疑似物質が形成され、Ppの輝きを持つ襟巻きが生まれた。
そしてボッと一斉にジェット噴流が起こり、ゴウゴウと強烈な風と熱を巻き起こす。それはどちらかというと――。
《どわぁあああ!》
『爆発』だった。




