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ただの姉妹

――Kai――

 それから、道路にまみれたランドマークタワーが近い、廃墟のレストランに至った。ニコとふたりでテーブル席に隣合って座り、クロウディアの到着を待つ。


 廃墟と思ったのは、一部しかついていない明かりに、公共施設としての死を感じたからだろうか。自分たちがいるところだけが眩しく、あとは暗い。そういう風に個人のために用いられたから、なのだろうか。


 テーブルの周りには前哨帯側の見張り。敵陣の中心で、ニコは脚を組んでまでいて、落ち着き払ったフリ(・・)をしている。


 ここへ来る途中、ニコはらしくもない情けなさを自嘲する顔で、ただひとつだけ呟いたことがあった。


 ――どうせキミは気付くだろう。だから先に言う。わたしはクロウディアがこわいのだ――。


 どんな人が来るのか。カイはソワソワとして周囲を見る。前哨帯のメンバーであろう見張りたちが銃を手に立っているのを見て、カイは訓練を思い出す。


 ほとんどのメーカーがPp式に乗り換えるこの時代で、火薬式は前の時代の遺物とも言えるものだ。生産中止したものでも新品同様なものならプレミアがつくだろうが、そうでないガタガタの中古品はナイフより安く買えるらしい。それに、現在生産されているものは品質と値が高い。よって訓練のARでも、テロリストは粗末とも言うべき旧世代の火薬銃を撃ってくるのだ。


 目前の彼らが持っている銃もまた、同じようなレベルだ。もし撃ってくる場合、狙いに対してかなりのバラツキが出るので、総合的な被弾率が下がるのと共に偶然の致命傷(ラッキーショット)を受ける可能性が高くなる。どこを狙ってくるかを気にせず、しっかりと盾を構え、撃ってくるタイミングだけを気にすればいい。


 けっこう、訓練の成果が出てるな。そんなことを思っていた折に――。


「――やぁ、クロウディア」


「……ニコ」


 ボディガードもなくやってきたのは、ニコくらい大きな目の、黒い長髪だった。


 ついに、直に出会えた。テロリスト前哨帯の仮の主だ。


「……あなたから連絡をくれたなんて」


「そういえば、初めてだったかな」


 ニコによく似た丸い目が、まつ毛を伏せた。


 たったこれだけの会話だが、カイの憎悪は、まずは深くへと引っ込んでいった。ただ、思ってもみなかった部分が見えてしまったので……。


「あの」


 カイが声を発すると、見開かれたままのような目がこっちへと向いた。


「ミィは……来てませんか」


「……来ないわ。……あなただけを殺せるときに派遣する」


「じゃあ、ノーシーストモールの人通りがないところで立ってるんで……いいっすか?」


 そう言うと隣から小突かれた。会うための約束はここへ来た目的じゃないが、ミィのことは何よりも優先したい。


 もしかしたら、死を奪われて傷ついたまま、癒されることもなく過ごしているかもしれないのだ。


「……きっとニコが対策してしまうから、相応しいときにする」


 彼女は、カイの首に巻かれた『お守り』を見ながら言った。


「…………うす」


 クロウディアからニコとの話を邪魔されたくない気配がしたので、カイは席を立ち、まるで前哨帯側の見張りみたくテーブルの横に立った。


「……宿題は……できた?」


 クロウディアは少し照れくさそうにしていた。


「いまのところは、『ナラカムが擬似物質(ソリッド)のシェルを作り、燃料化の勢いで撃ち出され、クラスターとして他の宿主に感染する』と解釈している」


「……五十九点ね。……いまのところは」


 その声に失望はない。むしろ、少し嬉しそうでもあった。


「及第点に届かず、か。ならば根本的な勘違いをしているのだろうな」


「……ええ。アレイを――擬似物質(ソリッド)を作ることと燃料化は同時という点を」


「――あぁそうか。『クラスターの影問題』か。燃料化の場はシェルを貫通できない。シェルが内側から破裂してしまうじゃあないか。おいおい、こんな初歩的なところを見落としたのか」


 額を手で覆ったニコを、クロウディアはただ、愛おしそうに見つめていた。


「なにかの間違いで伝記を書くなら、このことは書かんでくれよ。なんというか、筆のプロが書き間違えるだとか、五十七を素数って言うだとか、そんなようなものじゃあないか。こいつは死後までバカにされるぞ」


「……書かないわ。……決して……どこにも」


 やはり、思っていた相手とは違った。いままでの認識が正確なプロファイリングであったかと言われれば、それも全く違う。だがやはり、無意識で描かれていたイメージとはかけ離れている。


「それじゃあ最初の、居住区が吹っ飛ばされた『お披露目』は、あの区域の人間から感染を拡大させるためという点はどうかね」


「……よくできました」


「よし、よし。せめてヌコマタ君にも面目が立つな。しかし、とんでもないものを押し付けてくれたものだ」


「……あなたの元へ、安全に届けられるから……」


「こうして会うのだから、ボトルで手渡しゃあいいものを……ん?」


 ニコは口に指の横側を当て、考え始めた。


「……そうしない意味があったのかな? なにかヒントとか……」


「……お菓子……」


 考え始めたニコの手を、クロウディアが優しく握るようにした。


「うん?」


「……焼いたわ」


「そうかね。まぁ、手土産というものかね」


 クロウディアが懐から出した小さな紙袋を、ニコは僅かにためらって受け取った。クロウディアはニコの表情をうかがっていたが、開けもせず腰の横へ置いたので、寂しそうにまつ毛を伏せた。


 ――よく分からねえよ。これが、テロリストを乗っ取って、ミィから死を奪って、世界を滅亡させるみたいな寄生虫を作って撒いた人間なのか。


 ――これじゃあまるで。


 ――小さな女の子みたいな――。


「あの、ニコさん」


「ん?」


「食べないんすか?」


 先に反応したのは、クロウディアの方だった。カイを一瞥してから、またニコの顔に視線を戻した。


「いや、後でいい……あぁ、食べたいのかね」


 彼女は少し面倒そうに紙袋を差し出してきた。


「食いたいわけじゃなくて、ただ、もしおれが作ってきたら、一枚だって食べてほしいってだけっすよ」


 ニコは呆気にとられてカイを見たが、クロウディアの表情を見て、それから紙袋を開けた。


 一枚の――きっとクッキーだろう――菓子を取り出し、その甘い香りを頬張った。もぐ、もぐ、もぐと咀嚼するのをクロウディアと一緒になって見守った。


 やっと上げた顔は、怯えが少し落ち着いたものだった。


「ふぅん。菓子は道理で作れるのだね」


「……あなたが……おいしいと思うかまでは……」


「そうかい」


 ニコの返事が素っ気なく、むしろカイの方がやきもきしていた。このロクデナシに期待してはならないと知っていてもだ。


 ――いや『おいしかったよ』だけ言えばいいんだって、そこは――。


「それで、()からはいい返事をもらえたかね」


「……じき来ると言っていたわ」


「そうかい。なら、カイ君」


 ニコは席を詰めて、今まで座っていたところをポンポンと叩いた。


「まあ、この機会だ。親睦でも深めておきたまえよ」


「うす……」


 彼女の遠慮のなさに仕方なく座るが、クロウディアからの嫌な気配は消えていた。


「あの、初めまして。カイです」


「……ティアラス・クロウディア」


「なんというか……ニコさんの部下って感じです。いろいろ、お世話になってます」


 あぁ、情けないな。なんて思っていた。ここは敵のボスに対し、対峙するような場面じゃないのか。自分の殺害を命じた相手だ。愛する者の大事なものを奪った相手だ。それを前に思うまま言葉を出してみれば、ありきたりなご家族への挨拶ばかりが出てくる。


 目前にいるのが、想像していた悪人とは別人だからだろうか。見知らぬ他人だから、感情まで引き戻されてしまうのだろうか。


 ただ、それがよかったのか、クロウディアは浅くうなずいていた。ニコがクロウディアとカイを交互に見て、机の上で指を組んだ。


「うちのカイ君は、人当たりがいいだろう」


「……そうね」


「まさか『お世話になってます』とは予想外だったがね」


 カイは少し苦い顔をした。当人としても予想外だった。


「まぁ一応、実際お世話になってんで……」


「そうだねぇ。命を救ったりしたわけだ」


「救う……いやぁ……」


「最終的には、救った。だろう?」


「いやぁ……」


「……カイを捨てたときのこと……かしら」


 クロウディアが言う。ただ会話に入っただけのようだが、ニコは背筋を伸ばしてしまうほどに驚いていた。そうとう珍しいことなのだろう。


 ただ、それはそれとして、聞き捨てならない単語が聞こえた。


「おれを捨てた……?」


「あぁ。キミをあの村近くの廃棄場へ捨てることになったのは、クロウディアのオーダーでね。その真意は分からんが……」


 本当に意味が分からなかった。そのあとで助けに来たのだから、T.A.S.側の戦力を削ぐためではないだろう。


「あの、なんでそんなこと?」


「…………」


 クロウディアは目を伏せ、答えずにいた。その目線がカイに近づいては離れていくので、答えないことに少し申し訳ないように思っているようでもあった。


 そうしたら、今度はニコが口を開いた。


「わたしも、まだいまいち分からなくてね。前哨帯へポーズを見せるにしたって中々回りくどい。ヒントでもくれないか」


「……存在の漏洩が目的だったわ」


「漏洩、ね。つまり外部での動きか。情報が漏れたとして動くところ――動かざるを得ないところは――――あぁっ!」


 とつぜん叫んだと思えば、額に手を当てた。


「国の秘密兵器がふたり同時に表舞台に立てば、国の幹部はどこかで集まらざるを得なくなる。国会の爆破とやらのために、どこで感染させたのかと思えば……」


「……よくできたね」


 目を開いた表情はほとんど動かないが、まるでワークを解いた子供にするような、母親みたいな顔だった。カイにはそう見えていた。


 待てよ。カイの中で突然、情報が繋がった。


 おれが入る前のジェイクさんを捨てたのは、ニコ博士だった。そして、その回収任務のせいで四十七部隊の(・・・・・・)半分が死んだ(・・・・・・)んだ。


 オークラーさんは、それを知っているのか。ここですぐに聞けないのが辛かった。


「正規軍を打倒するためとはいえ、国の中枢と呼べる部分を爆破しようなんてずいぶんだな。もう少し、手を抜いてもいいんじゃないかね」


「…………いえ」


「容赦なしか。カイ君を殺そうとしているのも、そのせいかね?」


「……カイは、分からないから」


 ニコはまるで、新たな物質を発見した顔でクロウディアの顔を見つめた。


「――分からない? 分からないから、殺そうとしているのか」


「……ノイズは、嫌い……」


「それはわたしだってそうだが……アハハ。そうか。分からないことがそんなに不気味かい」


「……可愛い笑顔……」


 そう指摘され、ニコはハッとして、咳払いで誤魔化した。


「……やっと見せてくれた」


「そ、そうかい。まぁ、谷底の闇は、知識の山を登るほど深くなるもののようだ――」


 話は続く。まるで日常会話だな。そんなことを思う。


 互いに譲れないところがあり、殺しあうしかない悲劇。運命のイタズラのような残酷な道のり。そこに円満解決などありえないのが相場だ。


 いままで見てきたアニメではそう(・・)だった。いままでやってきたゲームではそう(・・)だった。二人の信念を見えていない第三者が余計な口出しをするシーンを見てきた。


 いま目前にいる、この姉妹はどうだ。


 この穏やかな時間はどうなんだ。


 本当に、和解は不可能なのか。


「あのお菓子、一枚だけもらってもいいですか」


 クロウディアに言う、彼女は少し嫌そうだったが、ニコをチラリとみて、浅くうなずいた。


「こんな時にノンキだねぇ」


「お腹すいちゃって」


 周囲の前哨帯の見張りたちもまた、呆れたようにカイを見ていた。


 ニコから紙袋を貰い、一枚の菓子をとる。


「これって、クッキーっすか?」


「クッキーだね」


 現世と同じ名前らしい。分かりやすくていい。


 それはまた、あの世(・・・)のものとは思えない甘い匂いがした。一口食べて、カイは演技でも何でもなく唸った。


 ――現世でも食ったことねえくらい、うまい。なんだこれ。


 この世界に来てから、いまいち食欲を刺激されない、正直あまりおいしくもないものしか食べてこなかったこともあり、感動はひとしおだった。


「え、めっちゃ美味いじゃなっすか!」


「そうだね」


「そうだねじゃねっすよ。なんで美味いって言わないんすか」


「なんでって……改めて言うことかね?」


「ことっすよ。ほら言ってくださいよ。感想」


「……え、いまかい? なんだなんだ、いったい」


 彼女は本気で困惑していた。カイに向いたまま息を吸ったので、カイは素早く手を挙げて制止した。


「いや作った人に」


「むぅ……本当になんなんだい……」


 やっとクロウディアに向いて、それから、口を固く結んでから照れくさそうに目をそらして、ようやく言葉を口にした。


「……お、おいしかったよ」


「…………えぇ」


 クロウディアも、少し恥ずかしそうにして、でも嬉しそうに、わずかに口角を上げた。


 それを、ニコは唖然として見て、その表情のままカイの方を見たので、カイは笑いを堪えなければならなかった。


 なんだ。単純なんじゃないか。きっと、平和に終われるじゃないか。そう思っていたが、同時に、怒りなのか悲しみなのかが膨らんできた。


 ――こんなに単純に済むことで、あんなに人が死んだのか?


 ふと、入口に気配がした。やってきたのは、スーツ姿の男。


 ……ちっくしょう。いいとこだってのに……。カイは椅子に座りなおした。


 男は見知らぬ風貌だ。一見は冴えない中年のようだが、赤鬼としての角のおかげか様になっているようにも見えた。それがニコを視界にとらえるなり、ゴズ大佐のような、鬼らしい(いか)つい顔つきとなった。


 ニコは彼を見るなり顔を振り、咳払いをした。


「やぁ、ディーン君。前哨帯と完全に手が切れていると思っていたので、まさか本当に来るとは思わなかった」


「ここに銃があれば……く」


 ジョージ・ディーン――正規軍側の人間で、ニコの親友であるアマベの仇。彼は怒りに震えているようだった。


 ……ニコが『復讐の話はもういい』というようなことを言っていたのは、すでに何人か殺して決着をつけたからなのだろうか。彼女ならやりかねないし、きっと実際にそうなのだろう。そんなことを思っていた。


「正直、前哨帯と正規軍がどういう関係になっているか、よくわからなくてねぇ。暴走して一般市民を殺したところで、テロリストを切り捨てようとしてるんじゃないかと思ったんだが……。どういうわけか戦力の強化に奔走しているようじゃないか」


「なんのことやら」


「キミが誘った下っ端のひとりが吐いたよ。いや本名を教えてるとは恐れ入ったね。キミは元レポーターというだけあって、後部座席での分析は上手いが、自分で行動するとてんでダメだな。身につまされるじゃないか」


「……貴様ぁ……!」


 ジョージが凄んで一歩近づくのを、カイが立ち上がって止めた。周囲の気配が一瞬で殺気にまみれた――が、引き金が引かれることはない。


「ふぅん。なるほど、ペットの管理は苦手か。正規軍のスパイを、たかだか活動家程度のテロリストに紛れ込ませることもできないとは。いま、カイ君ごとわたしを殺せただろうに」


 ニコは立ち、両手まで広げ、その場を一周、くるりと回った。そして、自分の首を、そこに巻かれたものを指さした。カイの首にあるものと同じだ。


「ねぇ、この首輪(・・)、似合ってる?」


「……似合ってるわ」


 クロウディアだけが返事をした。


「そうかそうか。カイ君とおそろいだから気付いた者もいるだろうが、コイツは例の爆薬を利用していてね、わたしが死ねばカイ君の首輪が、カイ君が死ねばわたしの首輪が爆発する。千載一遇のチャンスなわけだが、どうかなぁ?」


 要するに、味方どうしの道ずれ装置だった。ニコの「クロウディアはわたしを人質にすればキミに手を出せない」という言葉を信じ、下手すれば刺激で爆発するようなものを首に巻いて来るハメになった。


 挑発に乗るものはいない。前哨帯と正規軍が繋がっていることは知っていたのかもしれないが、誰も前哨帯を正規軍が乗っ取ろうとしている――というより、もはや正規軍の主導だった――とは知らなかったようで、動揺ばかりが広がっていた。


 ジョージだけが、握り拳を固くしている。


「我々に生かされているだけだ……いまに分かる……!」


「分からないから教えてくれないか。キミらからすれば、前哨帯とは暴走したテロリストグループだ。繋がりが判明すれば困るスキャンダルの種だ。それを切り捨てず、まだどうにか関係を保っている理由はなんだ。そんなことするとは思わなかったから、カイ君に『T.A.S.と前哨帯と正規軍の三つ巴だ』だなんて言ってしまったじゃないか」


「…………」


 男は言いたいのをぐっと堪えたようで、表情のあちこちを戦慄(わなな)かせて黙っていた。


「レポーターさんなんすか?」


 カイが聞くと、三人がカイを見て、それから急に張り詰めた空気がしおれていった。


 場違いなヤツがいて、それに気を取られて喧嘩が収まるのを、見たことがあった。どうやら成功だ。


「でも、なんかまだ雨とか見たことないっすけど……。天気予報って見たことないんすよね」


 ニコが肩をすくめた。


「雨は蒸気機関(スチーム・パンク)時代の産物。つまり公害(・・)さ。いまよりずっと気温が高くて、海が溶けかけの時代では、産業活動の活発化を分析して、排出される水蒸気が冷たい水滴として降ってくる時期を予測するプロがいた。その時代が終わったあと、産業とのコネや予測能力を投資に活かし始めた投資家(レポーター)が、ずっと同じ呼び方をされているだけさ」


「へ〜。……投資の人がなんで戦争のエラい人に?」


 カイの様子にか、言葉回しにか、ジョージが額を拭いながらカイを見下ろしていた。


「まいった……。てっきりあれは演技じゃなきゃ出せないバカだと……。テレビのまんまじゃないか」


「まぁ、素ですよね。普通に」


 ジョージはニコをチラチラと見ていた。さっきはあんなに憎んでいたというのに、『コイツを最終兵器にするなんて正気か』とでも言わんがばかりだった。


 ――今回のはワザとアホっぽくしたんだからな。カイは心でつぶやいた。


「それで、なんでなんすか? テロリストの人たち、逮捕とかしないで強くするなんて」


「……言うわけがないだろう」


「仲間として扱ってるとか」


 反応なし。味方だとは思っていないようだ。


「おい、聞こえなかったか?」


「なんか利用できるって思ってるんすか?」


 指先に僅かに力が入った。利用するためなのは確定。


「…………」


 こちらが探り始めたと見て、彼は急に黙ってしまった。むしろサインが読みやすくなっていい。


「じゃあ、例えば利用するとして、どうするんすか? 兵士に勧誘とか、力を借りるとか」


「…………」


 ノー。頼るべき戦力としてはカウントしていない。


「あの爆弾を持たせて突撃とか」


 これもノー。使い捨ての武器にする気もない。


 男は話を逸らそうとすることもない。ウソをつく訓練の成果なのか、経験上なのか、ただ黙してこちらが折れるのを待っているようだ。


「そもそも別の理由とか?」


 イエス。瞼がわずかに下がりかけた。


 すると初めて、ジョージが眉を寄せ、怪訝な顔をした。しかしまだ黙っている。


 ニコとクロウディアも黙っていた。ただカイとジョージの会話(・・)を見ている。


「あ、世論ってやつっすか。正規軍の評判上げ」


「し、しつこいぞ……?」


 答えはノー。


「他だと……スパイに使うとか」


 これもノー。カイの発想力だとそろそろ限界が近い。イエスノーを確実に炙り出せたとしても、質問が無ければ答えもない。


「他なんかあるかな……ニコさん。とりあえず前哨帯と和解とかなくて、でもなんかに利用するとかってあります?」


「そうだねぇ。正規軍の〝軍事介入〟ってのはどうだい」


 ――ビンゴ。全てのウソのサインを消すためだろう、わずか一瞬だけ動きが止まった。


「軍事介入……あ、テロリストが大きくなりすぎたら、T.A.S.だけじゃ足りないってことすか?」


「正規軍の国内への進軍は相当な大ごとだからね。警察の逮捕が十分な容疑を前提としていることが常識。その常識君は軍が動くのには相当な理由があると判断するだろう。それを用意してやらねば旗色が悪いと見たのかもねぇ」


 するとジョージが忙しなくカイとニコを見比べた。


「な、何を言っているんだ?」


「テロリストにT.A.S.の隊員が何人か殺られたという言い訳だけじゃあ、足りないと判断したかね」


「なにも言ってないだろうっ。勝手に判断して進めるな!」


「じゃあなんすか? なんか新兵器でもあるんすか?」


「そんなものはない!」


 言葉とサインは、まったく真逆だった。


「え、あるんすか?」


「――――!?」


 ジョージは立ちながら飛び退き、カイだけを視界の中心に捉えていた。


 相手が相手だ。カイとて申し訳ないとは思わない。まだ情報は取れる。


「な……なにも言って……」


「新兵器って? 銃とかはなんか安直だし……なんか、ロボットとか……」


 偶然にも答えはイエス。


「ロボットって……なんか、乗れるタイプっすか?」


「な、なんなんだお前は……!?」


 こっちの質問どころではなくなってきたらしく、かなりサインが分かりにくくなってきた。


 とりあえず、搭乗するタイプのようだ。あるいはもっと小さく、着るようなタイプかもしれないが。


「え、ひょっとして作ってるのって……」


 クロウディアをチラと見る。彼女はどうでもよさそうな顔をしていたが、ジョージの方は視界の端でも分かるような反応をしていた。


「どうかね?」


「クロウディアさんらしいっす」


「ふぅん」


 ニコは視線だけをクロウディアに移した。


「本当かね? 新兵器の製作者というのは……」


「……あくまでも設計だけ」


「そうかね。解明する面白さのあるものなのかい」


「……いいえ。……グレートライフルの特注に合わせたパワードスーツの開発なの」


 あまりにも簡単に言ってしまったので、ジョージはただ唖然とするしかなかったようだ。


 カイにしても、本当になんでも話してしまうのだなと驚いていた。ともあれ、ここまでクロウディアはニコに対してウソをついていない。カイの目を誤魔化せるほどウソが上手いのであれば話は別だが……。


「ははぁ。その操縦はファイマンとは別か。……およそ、そこの元投資家(レポーター)君がやるのだろうね」


「……そう。……ファイマン以外の個人を、なるべく手軽に強化したいらしいわ」


「きちんと軍を強化するとは偉いものだ。素手の方が強いであろうファイマンに、グレートライフルを持たせたのは試験運用だったのだねぇ」


 ニコはまた、絶句したままのジョージを見た。


「一般人が巻き込まれたとしても、テロリストの武器を転用し、軍を強くしましたという台本を読む気でいたわけだ」


「…………」


「アーマリングの完成と共に、前哨帯を殲滅し、ファイマンとカイを殺害。そこまでは常套の流れとして、クロウディアはどうする。その後のアップデートに備え、形式上の投獄でもしておくのか」


「そ、それは……」


「もうひとつ」


 ニコは、両手を広げた。


「キミの最終目標がわたしの殺害だと、クロウディアに伝えたかね」


 そのとき、覚えのある冷たい気配がした。地下牢で、ファイマンに向けられたものと同じだ。


 明確な、殺気。


 その目が、ゆっくりと振り向いて、ジョージをとらえた。


「……事実なの」


「い、いや……デタラメだ!」


「……わたしのニコが、嘘をついたと言うの?」


 クロウディアがどんな表情をしているか分からない。だが、ジョージの言葉を信じてなどいないことは明白だった。


「おい、おいお前ら! 殺せ!」


 周囲の見張りを乱暴に指さす。激しい指先で誰を指さしてるかも分からない。


「いいか、革命の邪魔はコイツらじゃないか! すぐ成せる新世界の障害はコイツらじゃあないか! なんのためにリスクを負ってまで資金を調達してると思ってるッ!」


 リスクを負って、というところは嘘のようだ。前哨帯に対しては、正規軍からこっそりと金を流しているという設定でやっているのだろう。


 クロウディアが懐へ手を入れたとたん、ジョージは後ろに転ぶ勢いで入口へ走った。


「クソめ――イカれてる! どいつもこいつも……ッ!」


 騒がしい男が消え、その場は静寂に包まれた。


 ただ、嫌な静けさだった。まるで、部屋の中心に巨大な爆弾でもあるかのような。


 カイは周囲の、前哨帯の見張りたちを見た。ふと、銃を持つには強すぎるグリップの手から、漏れ出す感情が見えた。


 信じていた協力者が裏切者だったかもしれないという不安。そして、カイに対する怯え。もともと敵であったが、殺せと命じられたことで、最強の兵器が身を守るために攻撃してくるんじゃないか……そういう怯えだ。


 それが、目が合った瞬間に、破裂しそうなほど膨らんだ。


 ――自分がどう動くかじゃない。相手がそう(・・)判断したらやられる。こう思ったのは彼だったか、カイだったか。

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