借りた名
――Kai――
さぁこれから寄生虫を調べる――という段階になり、ゴズ大佐から呼び出されたカイは、オークラーと共にブリーフィング・ルームにいた。
カイからすると鬼軍曹である彼から、どんな仕打ちを受けるのだろうなんて戦々恐々としていたが、どうやらただの任務のようだ。
そして、どんな作戦かと聞けば……。
「……以上だ。立てこもった犯罪者が二人。カイが現場を制圧。逃げたならば他の狩人で狩る。質問はあるか」
誰も手を上げず、速やかに解散となった。
要は自分ひとりで立てこもり犯を逮捕しろということだった。わざわざブリーフィングを開く意味があったのだろうか。
さっきから、様々なところからのよそよそしげな視線が嫌だった。疎外感というのだろうか、仲間としてではない恐れを感じられているような、気にされているが避けられてもいるような……。
ま、ダッシュで解決しちゃってお手伝いとかしようかな
と、思えば。
「カイ。貴様は少し残れ」
名指しで居残りを強要された。今じゃなくてはダメなのだろうかとカイは頭をかく。
「余計なことは答えなくていい」
去り際オークラーにそう耳打ちされ、カイはぎゅっと締めた口で頷いた。
他の隊員がみな出て行ったとき、カイが口を開いた。
「あの……いまいる犯罪者さんって、放っておいていいんすか?」
「いいわけがない。だが、時間がないとはお前も分かっているだろうからな」
ゴズとカイとの二人きり。
……と、思えば。
「もう、いいぞ」
「え?」
誰に言ってるのかと思えば、部屋の隅の暗い影から、皺だらけの、まさに鬼の相貌が出てきて、カイはギョッと退いた。
「ま、マーカスさん……」
彼はカイをチラと見て、ゴズの側に立った。
「なんというか……気を悪くしねえで欲しいんですがね。本物の殺し合いを知らんガキの集まりじゃねぇですか」
「そう言うな。失敗を経験した上で生きている軍人と思えば、ちょうどよく慎重で役に立つのだ」
親しげに話しているところを見るに、ふたりはどうやら旧知の仲らしい。
……無理にでもリィラを連れてくればよかった……。
「そうですかい。で、こっちの慎重ともいえねえガキも庇うんです?」
「いいや。……さて、カイ。お前に対する、ちょっとした尋問の時間だ」
「じ、尋問っすか……?」
彼は頷く。とはいえ、拷問を始めるわけではなさそうだ。
その優しさのない顔は、いまにも始めかねない雰囲気ではあるが。
「ここで聞きたいのは、ニコ所長が何を企んでいるのか一つだ。隊員の家族をそれぞれ隔離した上、拘束まで指示するとはな。あの女に限って誰かを心配する訳がないと思えば、実験動物にするために連れてきたのか」
「違いますよ! それは違うっす」
「じゃあ、どんな理由だというのだ。四十七部隊と仲がいいようだが、クレイにはどんな嘘を伝えた」
「それは……」
寄生虫での攻撃はクロウディアのもので、ニコはむしろ被害者側だ。ならば言ってしまっても――。
待てよ、と頭が働き始める。いままでゴズに伝えてなかったのだから、そうすべきでなかった理由がある。
ニコみたく、考えてみようか。
家族がうけた仕打ちについて、クレイには知る権利がある。だが、だからといって全てを教えた場合、クレイから広がった情報によって、誰が感染して誰が感染してないかのパニックに陥るのは目に見えている。
全ての情報を教えれば、必ず良くなるとは限らない。人間がいくらフェアだって、神様は人間にフェアじゃあないのだ。
「……それで、叱るためにここにとどめて置いて、被害者が出たら誰のせいなんすかね」
こんな叱られる状況になればいつだってしどろもどろになるはずが、スラスラと言葉が出てきた。
「質問の答えになってないと、言われなければ自覚もできんか」
「答える気がないことを察せないあたり、年ばかりで職歴の長さを感じさせませんね」
「ほう……?」
訝しげになっていくゴズの隣で、マーカスが拳を鳴らした。
「クソガキが。やっぱり、テメエにリィラを預けたのは間違いだったらしいな」
次にカイは、リィラの牙を生やした。
「……舐めてんじゃねえぞ」
カイは言いながら、シールドを起動した。
リィラからはよく聞いた声でも、自分の声で返ってくると自分で身震いするような低さをしていた。
「あ……?」
マーカスもまた、困惑した様子だった。得体の知れないものを目前にして、二人とも言葉に詰まっている。
いまだ。とカイはとっとと背を向け、つかつかと歩いて部屋を出た。
――結構おれって、すごいかも。
ブリーフィングルームの防音扉が閉まり、すぐ外で待っていたオークラーに心配の表情で迎えられた。
頼れる人の顔を見た途端、なだれ込む安心が重さとしてのしかかり――。
「カイ。だいじょ……うわぁ!」
「おぇええええええっ!」
――その場で嘔吐した。
やっぱおれダメだ……。
――Marcus――
腑抜けだったはずの男の背を見届け、マーカスはため息をひとつ吐いた。
「……なんだアイツぁ……」
まさに豹変だった。もしあれが演技なら、とんでもない役者にでもなれそうなものだ。
「…………マーカス。彼はあの人格になってから、お前の家にいたのだったな。なにか変わったところはあったか」
「その前を知りやしませんが、ウチに来たときはあの間抜けヅラでしたぜ。あんな不気味なこたぁ無かったが……」
「影響を受けやすいのかどうか分からんが、なんというか、とんでもないヤツだな、あいつは」
「とんでもない?」
「殺したことの無いヤツ、殺せる気のヤツ、殺したことのあるヤツ、殺し続けられるヤツ……。正規軍に長くいれば、そういうヤツらは『目』で見分けられるようになる。知っていたか」
「えぇ、それだったら俺も見分けられる。なんとなくですがね……」
「あれは経験で変わっていくものなのだ。その場しのぎで変えられるものじゃない。……だが、殺せない目が、殺すことを何とも思わない目になり、殺せる気があるフリをした目になった。まるでカイからニコとリィラの人格へと切り替えたようにな」
「……モノマネかなんかの天才ってことですか?」
「ただの真似ならいいがな……」
戦友は迷いに似た、思案の顔だった。
「……否。いいとは言えんな。借りた名で強がる〝弱さ〟など……」
――Kai――
掃除の人に謝りながら先を急ぎ、現場に向かう接地車の中だった。軍用トラックだが、タイヤのないホバーに対する呼称でホイールとなのだそうだ。
一応聞いたが、リィラは来ないという。新型ガジェットの組み立てに心をすり減らしているのだろうから仕方ない。
ただ、いまは居て欲しいと思った。クロウディアへの怒りもある。ミィへの憐憫もある。だが、それ以上に……。
「……なに見てんだ」
ロックの厳つい声が、コソコソとカイを盗み見していた隊員へと飛ぶ。四十七部隊が座る列の対面には、また別のナンバー部隊が並んでいた。
この事件に二部隊は過剰戦力だが、一人や二人といった仲間のいない立てこもり犯なら、圧倒的な戦力差を見て降伏することがあるらしい。そうでなくても、いちど引き金を引いたら蜂の巣にされる状況で撃つものは少ないだろう。
スピード解決できるならカイとしても歓迎だ。だが問題は、その目線。いまにも暴れる得体の知れない犯罪者を、目前にしたような質の目線が対面の部隊から向けられていた。
今回の作戦で投入されたのは、四十七部隊と八部隊。実質的な戦力は一と三分の一といったところ。
八部隊に対して、四十七部隊は半分の人数もいない。そうなった理由を考えれば、なぜ自分が怖がられているかなど察しがついた。
「いえ……」
「カイになんか、言いたいことがあるみてぇだな」
「なんでもありませんよ」
「なんでもねぇヤツが盗み見なんざ……」
ロックに熱が入り始めたところで、オークラーが「落ち着け」と彼の肩を叩いた。マッドもまた、ロックの手を優しく掴んで「まぁまぁ」と落ち着かせる。
そしてクレイが親しげに、絡まれていた隊員に顔を寄せた。
「な。別になんもしないし、恨むとかゼロで教えてくれよ。もしかして、カイ君が怖かったりしたり?」
彼らは顔を合わせ、カイの顔色をうかがうばかりだった。
「……大丈夫っすよ。今回はみんな、後ろの方なんすから」
「そ、そうですか……」
カイと八部隊のやりとりで、オークラーが「お前ら……」と呆れた声を出した。ロックとマッドとクレイはまだ分かっていないようだ。
「おれと関わったら死ぬって思ってるんすよね。四十七部隊は半分が、三十二部隊は全員が死んじゃいましたから……」
「そ、そんなことで怖がってなんかいませんよ」
ウソだと分かっていたが、カイはそれ以上を訊かなかった。
現場に到着し、まずは建物裏手の犯人が逃走するであろうポイントにと、二人一組で散開していく。まずは八部隊の半分。
そして次には、件の建物から見える表通りに八部隊の残りとロックとマッドを、また二人一組で置いていく。
最後のポイント、建物の真正面でオークラーとクレイが降りる直前に、隊長がカイの肩を叩いた。
「訓練の基本を忘れるな。『できるかもしれない』を捨てて、敵の制圧に大切なことだけを忠実に守れ」
「うっす……」
いちど自信のない返事をしたカイだったが、ふと思い立ち、背筋を伸ばした。
ニコやリィラの力を――勝手に――借りたように、『ヒーロー・カイ』の力を借りればいいんじゃないか、と。
「――準備はいつでも」
「む……? おい、変なことは考えるなと言ったんだ。おまじないに頼って思考停止していると、少しでも姿勢を崩されたときにパニックに陥るだけだぞ」
「……すんません……」
オークラーにぴしゃりと叱られ、カイはまた背を曲げた。
「常に劣勢であると考えるくらいが丁度いいんだ。気張るなよ、さあ行け」
「うす……!」
オークラーに背を叩かれ、カイは骨伝導イヤホンを着けてから共に降りる。オークラーたちはホイールのところで、ライフル型のガジェットらしき銃を準備していた。
カイが先に包囲していた警察車両のところまで行くと、また歓迎とは遠い目で迎えられた。
「カイか。さっきアイツら、前哨帯だとか名乗り始めたぞ」
「え? マジっすか?」
「見るからにウソっぽいが、マジだったらヤバい。例の爆弾があるかもしれないんじゃ、こっちも突入できなくてな」
「なるほど……」
「お前に任せるが、頼むから巻き添えなんか出すなよ?」
噂は広まるものとは言うが、もしかしたら警察でもカイを死神扱いしているのかもしれない。三十二部隊の事件はよほどショッキングな出来事だったようだ。
考えてもみれば、テロリストが特殊部隊をひとつ皆殺しにした事件だもんな……。
……で、なんでおれが死神あつかいなん?
周囲をチラと見れば、立入禁止のためだろう、目立つ色合いの薄型シールドが道を途中で横断するように立っており、その向こうには安全圏の野次馬たち。手にはファストフードが多い。なぜかと思えばそのさらに向こうの景色を見て納得した。
白昼色の広告に照らされた白い道。階段前の巨大スクリーン。ノーシースト・モールのすぐ近くだった。
――ミィ。
ふとあの、懇願の声を思い出し、自分の中が燃えた。
自殺したくらいだから、絶望には慣れていたつもりだった。だがこの慣れない熱のやり方を、どうしようか未だに答えが出ないでいる。
ただ無視して、蓋をするしかない。きっと、アマベを殺させられたミィも同じ気持ちだったのだろう。
――いまは、集中しろ。
目前を見る。今回の目標は、コンビニへこもった強盗だが、追い詰められて店員一人と客二人を人質にしているようだ。
カイがシールドを構えたまま店の前に立つと、至る所からの視線を感じた。今度は、ヒーローを待っていた人たちの羨望の目――ではなく、無数のカメラの目線だった。
今度はテレビクルーではない。ただの野次馬たち。レンズ先の目はいったい、どんなものだろうか。
クーラー、バッファとプロトリィを起動し、遅くなった世界で店の中を覗く。
作戦会議の通り、忙しなく歩き回る赤い人影が二人――犯人だろう。それとカウンターのあたりに集められた大人二人と子ども一人の影。
さて、どう出ようか。店が狭いこともあり、派手に暴れては巻き添えが出る。
どうやら中の犯人は窓の僅かからこちらを覗き込んでいるようだ。ならば説得かと、カイはバッファを切る。
「ちわーっす! カイでーす!」
すると相手は互いに顔を合わせ、頷いた。
……なるほど? おれが来るのは計算済みってことか。
カイは周辺にも警戒を始めた。普段は半透明で、構えながら目前を観察できるシールドだが、プロトリィを着けていると真っ赤な壁として見えてしまって邪魔だった。見えなかったものが見えるようになるのは、良いことばかりでもない。
「わ、我々は……」
小さく響く。と思えばゲフンと咳払いして、今度は十分に届く声がしてきた。
「我々はー! 前哨帯だ〜!」
「…………」
響ききらない声。ひどい棒読みのようで、周囲の警察の中には噴き出す者もいた。
――なんだ? この妙な感じ。
カイには、相手から少しも嘘の気配を感じなかった。まるで本当のことを、慣れない言い方で言っているだけに見える。
「ば、爆弾を仕掛けたっ! 街中にな! 起爆して欲しくなければ、我々に金を渡してここを去れぇ〜!」
――こっちはまるっきりのウソだ。確かに内容が無茶苦茶で、戦術部隊としてはド素人のカイでさえ、やったことに対する要求が少なすぎると分かる。自分たちが逃げるのではなく部隊に去るように言うあたりもひどいものだ。
前哨帯だが、例の爆弾はない、ということになる。だが、あの爆弾が寄生虫によるものだとすれば、もっと気軽に生産できるイメージだった。たくさん感染して、爆薬が一気にできて……と。
そもそも――クロウディアの意図は置いておいて――最初に爆弾を使われた時点で前哨帯は革命の声明を出さなかった。相手からの接触を待って交渉を有利に進めるとオークラーは言ったが、こう安く使ったんじゃその意図が台無しじゃないか。
[オークラーよりカイ。前哨帯と名乗っているが……]
「そこはなんか、マジっぽいっす。でも、爆弾のとこはウソっぽいんすよ」
[ふむ……。それに、あの要求ならばこちらを退かせる手札がないか。よし、一度退け]
「え? 退いちゃうんすか」
[そうだ。本当に前哨帯ならば狙撃手がいる可能性がある]
「狙撃? ってことはミ――ファイマンが近くに!?」
[バカ。ただのスナイパーだろうがいま狙撃されれば死ぬ。早く――]
――ドンッ。
まさに地響き。一発の太鼓にガラスの破砕をブレンドしたような音が、地面を揺らし、正常だった聴力をマスクしてしまった。
「な、え?」
カイが声を出して、周囲を見る。野次馬達はパニックになって、あちこちで人が行き交っていた。警察たちは持ち場を離れず、皆同じ方を見ている。プロトリィを切って見れば、遠くのビルのガラスが砕けている。
「うっそだろ! マジで爆弾あったの!?」
ということは、見抜くのに失敗したのだ。ウソを見破るのだけは自信があったのに。
改めて前を向き、カイは両手を上げた。
「わ、分かりました! ちょっと待ってください!」
窓の方を向くが、プロトリィを切ってしまったので相手の様子が見えない。頭をかくフリをしてまた起動してみれば、犯人の二人はまた忙しなく歩き回っていた。
……なんか、変だな。とカイは眉を曲げた。
言うなれば爆弾の威嚇射撃をしたわけだ。あんなに落ち着きがないのは、どういう理由だろう。
不自然なところが多すぎる。どうして金だけを要求したのだ。民のための革命とやらで、その民から金を取ろうとしているのか。最初から、前哨帯と名乗らなかったのか。
――なにより、どうしてミィが来てくれないのか。会ったならば話をしたかったのに。
とにかく、さっきオークラーに言われた通り狙撃されたら危険なので、しれっと警察車両の裏へ戻ってみたが、二人は外を見ておらず、それがバレた様子はなかった。
「あの! いまからお金用意しますんでっ! タンクとボトルどっちがいいですか!?」
車の裏から叫ぶと相手はこっちを覗き、それからしきりに言い合い始めた。
――アイツら、やっぱり前哨帯じゃないんじゃね?
前にも前哨帯を名乗り、実際はただの銀行強盗だったパターンがあった。もしかしたら、それと同じかもしれない。革命の大義名分がない名を借りただけの強盗だ。
強力な爆弾を持っているという背景と、人質を撃ち殺した冷徹な映像の強烈な印象、そして、全体像が明らかになっていないゲリラ的な存在から、前哨帯の名前が使いやすいのだろう。
――いつか言われた『犯罪がやり得な時代』って、こういうことか。そんな実感が急にわいてきた。
ニュースで他人事だと思っていた事件たちが、まるで免罪符のように見えてしまうのだろう。そして前哨帯という借りた名で強がっているだけだとしても、成功する可能性が上がるかもしれないというだけでやってしまう人が出る。
それにあの、怯えたような二人の様子。
実情がどうあれ、きっと、総合的に得だと判断したり、何かが変わるかもしれないと期待したら、フラリとやってしまうのが犯罪なのかもしれない。
――でもそれって、前哨帯そのものも同じことか。
何かが変わること――革命を期待して、敵の顔もよく分かっていない戦いを挑んでいるのだとすれば、それは貧乏から逃げだそうとする強盗となにひとつ変わらないんじゃないのか。
「……えっと、とりあえずタンクで用意しますねっ!」
いまは、オークラー隊長と任務の相談をしたい。そう思って一度引っ込もうとすると……。
「ま、待て!」
呼び止められた。ひとりが窓から顔を出し、もう片方がその一人に何かを喚いている。
「店の中にタンクがある! これに補充してもらおうかっ!」
「えっと……カイよりオークラー。どうするっすか。いかないとたぶん、駅の時みたいに……」
そう呟くと、少ししてから返事が来た。
[戻れ。店の中に爆弾があれば、自爆だってできるはずだ]
「それは――でも、確かめる方法はあります」
プロトリィをまた切る。さっきの失敗はプロトリィのせいかもしれないと、窓から覗いた相手の目をしっかりと見据え、カイは大きく息を吸いこんだ。
「……いちおう聞くっすけど! ほんとうに前哨帯なんすか!?」
すると相手は怯んで、目を泳がせ、それから叫んだ。
「ぜ、前哨帯に決まってるだろ! 人質をひとり殺ってやろうかっ!」
やはり、本当のようだ。ただし、人質を殺すという点はウソ。虚勢だ。
「罠とかで、狙撃とかする気じゃないっすよね!」
「それじゃカネを貰えないだろ!」
これも本当だ。
「自爆とかする気じゃないっすよね!」
「しないよ! あぁもういいから来い!」
本当。
ただ、あの慌て方は『なにか嘘を見抜かれるかもしれない』という焦燥だ。
「最後にひとつ! ホントに爆弾もってるんすか!?」
「……持ってる! じゃあもう一発いくぞ!」
――ウソだ。いつも見抜くときに感じるサインを、確かに捉えた。
やっぱり、爆弾なんか持ってない。
だとしたら、あの爆発は?
「いやいいっす! いま行きます!」
[カイ。何をしてる]
「アイツら、爆弾持ってないっす。行ってきていいですか」
[…………よし分かった。こちらからも狙っているから、なるべく射線に入るなよ]
オークラーの通信の裏から[ちょい左寄りに歩くんだぜ]とクレイの声。
カイは目立つシールドを切り、バッファとマッスルを起動して歩き始めた。
傍から見れば丸腰だが、不意打ちを視認できる反応速度と、それを回避出来る筋力がある。
不自然に早過ぎないよう、五分の一の世界でゆっくりと歩き、やっとたどり着く。店までの間は何も無く、それどころか犯人ふたりは一緒になって、五十リットルガス容器くらいのサイズであるタンクをカウンター奥から出そうと持ち上げようとしていた。しかも、カウンターの上に拳銃を置いてしまっている。
来たけど気付いてないってマジ? カイはまずプロトリィのパワーを入れてざっと店内を見回し、人質がカウンター裏にまとまっているのを確認。それからバッファを切る。
「よし……もっとこっち押せよ」
「こっちせめぇんだって」
「あの……」
犯人ふたりはチラチラとこちらを見始めた。
「ちょ、ちょっと待て。いま出すからなこれを……」
「あ、床において、傾けてこう、転がす感じにすると良いっすよ?」
カイが行っていた大学で、液体窒素だかガスだかのボンベをそういう風に運んでいる人を見かけたことがあった。なにかの拍子に倒れて潰されたらヤバいから、浅い角度で傾けろ、と話していたと思う。
ふたりは言う通りにやってみて、軽々とカウンターから出し、「あぁすげえ」なんて言ってみせた。
「けっこう頭いいんだな」
「へっへっへ。そうでもないっす」
「よしじゃあ、これに入れてもらおうか」
カイは首を、横に振った。
「いや、無理っすね」
「き、きたねぇぞ! ヒーローなのに!」
相手は拳銃を取り、こっちへと向けた。
火薬銃――実弾だ。銃身が短いせいで狙いが付けづらく、反動は小さいが狙い通りに飛びにくい。緊張している相手の場合、引き金を引く時に力を入れ過ぎて、握る手の内側方向へ弾がブレやすい。相手が右手で持っているので、発射のとき向かって左へ避ければまず当たらない。訓練シミュレータのおかげで、知識が付き始めた。
「ま、待てよ。落ち着けって……」
「コイツが、クソ、ニュースみてえになんでビビり野郎じゃないんだよ! コイツが悪いだろ! 人質だ! 人質ひとり殺せ!」
「計画になかっただろそんな……」
銃口が、もう一人へと向く。
「殺せって! 金が欲しくないのか……!?」
熱くなって、カイに仕返しすることしか考えられなくなっているようだった。
ふたりとも追い詰められた顔をしていたが、いつまでも動かないもう一人を見て、ふと、銃を構えた方がカイへと銃を向け直した。
そして、どうしてか今までにないほど芯の通った声で、ぽつりと呟いた。
「俺は、前哨帯なんだ」
怯えた目に、火が灯った。
「――っ!?」
カイは左へ回避し、シールドを起動――。
――それと同時に、男の胸がはじけた。
「え――!?」
カイが声を漏らす。それから、オークラーかクレイかの狙撃だったと、わずか一瞬だけ見えたPp弾の輝きで理解した。
そして彼は、声もなく倒れた。
もうひとりが今にも泣きそうな顔で、転がった銃を拾った。
「や、やめろ! 助け……いや……くっ!」
完全にパニックになり、隠れる事さえせず、外へと銃を向けた。まずい。
カイは咄嗟に振り返り、銃口に背を向け、外へシールドを向けた。
着弾。場違いなサイン波が、まるで店内の放送テストみたく建物に響き渡った。
「ひ……」
背後から撃たれるだろうか。そんな予感もしたが、いつまでも凶弾が襲ってくることはない。
振り返れば、尻もちをついた犯人が、銃を構えることも忘れてカイを見上げていた。まるで、ヒーローに救われたように。
……だったら、今こそだろ。
「大丈夫っすか?」
「え……?」
カイはシールドを切って、男へと手を伸ばした。
「……これ以上、誰も死ぬ必要ない。でしょ?」
彼は動かない男を見て、そして銃を置いて、そっと手を取った。
「もう大丈夫っすよ〜」
カウンターへと声をかけると、店員の制服と親子が恐る恐る立ち上がり、カウンター越しにこっちを覗いた。
「ども。カイっす」
大人ふたりは徒労のような、安心のようなため息をして、泣いたような顔でありがとうございますとしきりに頭をさげいている。
子どもは涙を袖でスッと拭いて、カイを見た。
カイが微笑めば、その子もニッと笑った。
――Nico――
ヌコマタとの話を一度打ち切って、取調室の前に来た。もちろん、ウソを見抜く天才君を同伴した上で、だ。
「でもおれ、さっき見抜くの失敗したんすよ。爆弾があるって言うのがウソだと思ったら爆発して……」
「あぁ、それについてはちょっと調査してもらってるよ」
ヌコマタと話をする中で、ひとつの仮定が出た。例の爆発は、その証拠になる可能性が高い。
彼の目からは自信が失われていたから、ニコはカイの首へ腕を回した。
「ねぇねぇ、ところでキスしてよ。わたしのこんなに可愛い唇が寂しいがってるのに、オークラーが寄り添ってくれないんだ」
「し、しないっすよ」
「アハハ。いまのはウソかな、ホントかな」
「え? えっと、いまのは……」
「直感。まずは信じてごらんよ」
「……ホント、っすかね」
不安げに答えたカイの頬に、ご褒美をあげた。
「正解。オークラーがまた焼きもちをやくから、こっちにしてあげる。さて行こうか」
ふたりして取調室へと入ると、犯人のひとりが不安に濡れた瞳をこちらへと向けた。
「あ、カイ……さん」
「どもども。もう大丈夫っすか?」
「あぁ、えっと、まぁ……」
ニコが男の対面右側に座り、カイも続けて左側へと座った。
「やぁやぁ、もう打ち解けているようで何よりだよ。わたしはニコ。T.A.S.の所長をしている」
柔らかな口調で言うものの、無表情に徹していた。
彼が感染者ならば――傷ついたりニコの顔を見たりしたら爆発するのだ。土壇場で彼らが前哨帯らしいことが分かった故に仕方ない事とはいえ、カイにはもっと冷静に動いて欲しいものだった。
「さて本題だ。いくらか質問をさせて頂く」
「い、いつ出られますか」
「刑務所に入ってかな? 短いと思うよ。大胆なことをやったわりに、何の被害も出てないからね」
「その……もうひとりいたじゃないですか……」
「あぁ死んだよ。流石、ウチの隊員は腕がいいだろう?」
彼は針でも刺されたような顔をした。
「さて、あのお友だちだちが死ぬハメになった作戦を実行した、その理由を聞かせて貰おうか」
「び、貧乏だったんだ。仕方なかったじゃないですか。国のせいだ。生き残るために必要だった」
「そうだねぇ。だが犯罪は犯罪さ。いいじゃないか刑務所。最悪は刑罰を受けながら暮らしていこうだなんて考えていたのだろう? 狙い通りになってよかったじゃないか」
「でも……じゃあ、飢えて死ねって言うんですか?」
「うん」
即答したら、男とカイが全く同じ目でニコの顔をじっと見てきた。ニコは呆れた顔を返す。
「実にバカだねぇ。キミが誰かから食い物を奪えば、そいつが飢えて死ぬのだ。奪う側と奪われる側、おぞましき正義感で言えば、前者に死んでもらうのが妥当なところだろう。出所後にもう一度やるというなら、いまここで殺したっていい」
言いながら、懐から拳銃を取り出すと、男は口をパクパクとさせながら拘束の限界まで身を退いた。ヌコマタ博士を見習ってみたが効果絶大だな。と思っていたら、カイに銃を持つ方の腕へそっと手を置かれた。
「あの」
「なんだね?」
「さすがに治安悪すぎません?」
「普通の感覚なキミたちにしてみれば、悪党を殺して治安をよくした方がいいのではないかね?」
「T.A.S.の所長やめた方がいいんじゃないすか……?」
ニコが喋るたびに銃を振るので、銃口が向くたびに男が情けない声を出していた。
「ば、バカな。だってアーミーだって警察で、そんなこと……」
「そのアーミーと警察は別の機関だよ。あっちは治安維持のための国営組織だが、こっちは私的軍事会社だ。いち企業でしかないのだよ」
「企業だからってやっていいわけないだろ……!?」
目でカイに助けを求めていた。銃を持ってるくらいで、そんなに恐れなくて良いと思うが。
「果たしてそうかねぇ。キミ、前哨帯なのだろう?」
そう言うと男はピッタリと動きを止めた。
「さっきも言ったが、我々は軍だ。そして前哨帯は、T.A.S.への敵対を明確にしたゲリラ組織だ。つまり我々とキミたちは、内戦で戦っている敵同士ということになる」
「あ……」
まったく分かっていなかったらしい。
なるほど。前哨帯は、どうやら下手に力を付けようとしたようだな。
「キミとしてはどうかね。事件の加害者として警察の管轄下へ行くか、内戦の捕虜としてここに残るか。どちらの方がマシだと思う?」
「その……」
じっと固まって、目だけをせわしなく動かしていた。
「お、俺たちに手を出したら……、ファイマンが黙ってないぞ」
「ほう」
ニコはそっとカイの太ももに手を置き、なにかを言いかけた彼を制止した。
「それは怖いものだな。ところで、なぜ警察に包囲されている時にファイマンが来てくれなかったのかね」
「それは……」
「既にひとり殺したわけだが、特にお咎めがないようだ。これについてはどう考える?」
答えはない。ふとポケットで携帯がぶるりと震えた。調査結果のメッセージだろう。
「そもそもキミは正式なメンバーなのかな?」
「そうだ……たぶん」
「たぶん?」
「あ、あっさり入れたから、実感がない……というか……」
「ふむ。では、前哨帯のボスの名は?」
「え……ファイマン……だろ?」
クロウディアを知らない……か。
「そっちじゃあない。キミを前哨帯に招いた者だ。キミはニセ前哨帯に引っ掛けられた可能性がある」
「え……」
「この間も前哨帯を騙った強盗を捕まえたばかりでね。相手は調子のいいことばかり言って、ファイマンに会わせてはくれなかったんじゃあないかね」
彼はまさに、絶句していた。が、そう言ったニコ自身は自分の言葉を信じていなかった。
「じょ、ジョージってヤツだ。ファイマンは忙しいから、会わせられないって言ってて……」
――――ビンゴ。ジョージときたか。
「あ。そういえばキミたち、爆弾を爆発させたんだったね。相応に罪が重くなるが……」
「ち、違う! あれは俺たちのじゃないんだ。マジで偶然、どっかで爆発して、ちょうどいいから利用してやろうってアイツが言ってさ……クソあのときに無理にでも止めれば……俺のせいであのバカ……」
そこに関しては予想通りだ。あんな陳腐な強盗を、クロウディアやジョージが指示するわけはない。
「ふむ。分かった。それじゃあ捕虜として拷問するのは許して、警察に任せてあげるとしよう」
男は心の底から安心したように脱力し、椅子にだらしなく溶けて持たれた。どっと老けたようだ。
カイにハンドサインをして共に部屋を出て、扉が閉まると同時にカイへ向いた。
「で、彼はウソを?」
「いや、ついてませんでした。前哨帯だってウソついてたんじゃなくて、騙されて前哨帯になってたつもりなだけだったんすね」
「いや、事実彼らは前哨帯だ。ジョージというのは、恐らくはジョージ・ディーン。前に話した、アマベ殺害をファイマンに命じ、わたしが腹だけ撃って解放したあの男だ」
「えっ!? そこ繋がるんすか!?」
彼は身体を強張らせてまで驚いた。言ったニコの方が驚きそうになるほどだ。
「でも、なんかあの人たちのイメージと前哨帯のイメージが違うっていうか……」
「事実、志は違うだろうね。実状はおろか、建前の大義名分さえ知らないかもしれん奴だが、そこについては追い追いだ」
「え、じゃ、じゃああの爆発って、やっぱり前哨帯の援護とか……?」
「それなんだがね――」
ニコはポケットから携帯を出し、メッセンジャーを確認した。
そして、ひとつ頷いた。
「――やはりか。調査の結果が出た。ヌコマタ君と話す中で、最悪な仮定の裏付けとなる結果だ。予想通りだった嬉しさと悲しさを、同時に味わうハメになるとは」
「最悪な仮定……?」
「街の一角が爆弾で派手にぶっ飛ばされただろう? そこの居住者だ」
「居住者……ってことは、感染者がもう爆発し始めたってことっすか!?」
「そう。でもね、それより状況はもっと、ずっとヤバいのだ」
ニコはため息をひとつ。
「分かるかね――この状況が」




