傘を預かる
ぽつぽつと降ってきた雨が本降りになった。
たぶん通り雨だ。
下駄箱に上靴をしまい、外のどしゃぶりを眺めながら、しばらく待つかとぼうっとしていると、
後ろから「杉山!」と僕の名前を呼ぶ声がした。
振り向くと、同じクラスの女子の藤川さんだった。
「傘ないの?」「うん。小降りになってから出ようと思ってる」
「だったらさ、一緒に帰ろうよ。私置き傘もってるから。」
藤川さんの家は、僕の通学路の途中にある。
なので、藤川さんの言葉に甘えることにした。
僕のほうが背が高いから、傘はぼくが差して一緒に歩いた。
「相合傘だねー」「ははっ」
そういわれると、少し照れるが、幸い他の生徒は大半が帰ってしまった
後だったので、人目を気にする必要はなかった。
「ねー杉山。来週からロンドンに留学するんだよね」
「うん」
「いつまでいくん?」
「1年。戻ってくるのは来年かな」
「ふうん」
話しているうちに、雨もやみ、藤川さんの家の前に着いた。
「じゃあ」と、手をあげて行こうとしたら、
「待って」藤川さんは僕の制服の裾をそっと引っ張った。
「この傘持っていって。」
「え、もうやんでるし」
「いや、また降るかもしれないし。ていうか、ロンドンは雨多いんでしょ。持っていって」
藤川が真剣な面持ちで傘を手渡してくるので、僕は受け取らざるを得なくなった。
「来年まで貸してあげる。返すのは日本に帰ってきたらでいいから。」
「お、おう」
藤川はと見ると、恥ずかしそうな、今にも泣きそうな顔をしていた。
「来年まで借りるよ。ありがとな」
もっと気の利いた言葉をかけたかったが、そのときの僕にはそれを言うのが精一杯だった。
それが先週の話。
僕は今機上の人となって、飛行機の窓から雲を眺めていた。
僕のリュックには藤川から預かった傘が大事に仕舞い込まれていた。
異国の地に一人旅立つことに一抹の不安があるせいだろうか。
一緒にいた時よりも今のほうがずっと、藤川のことを意識していた。
来年、傘を返す頃には僕たちは今よりも成長して、変わっていることだろう。
想像すると、1年後が楽しみだ。
お守りにふれるように、僕はリュックの上から傘にそっと手を置いた。