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第六王子は働きたくない  作者: 黒井へいほ
第一章 城を追い出されて砦の主にされた
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2-2 魔法

 少女を横にして休ませた後、今後の方針を考え始めた。

 色々と考えるべき点はあるが、選択肢は大きく分けて二つ。

 このまま向かうか、一度引き返すかだった。


「……よし、追うことにしよう。切迫している状況に感じられたし、どちらにしろ情報は必要だ」

「では、我々が少女の痕跡を辿ります」


 悩むことなく兵たちが申し出てくれる。彼らを向かわせることは正しいのだが、俺は少し惑っていた。

 血塗れの少女が一人で逃げて来たこと。近くに大人がいなかったこと。なにが起きているのかは分からないが、危険なことは想像に容易い。

 悩んだ末に、エルペルトへ言う。


「彼らに同行してもらえるか? 俺は一人で砦へ戻るから――」

「セス殿下」


 笑っているのに目だけ笑っていないことに気付き、小刻みに顔を左右に振った。


「いや、なんでもなかった! 俺とエルペルトは少女を連れて砦へ戻ろう。すぐに増援を寄越すから、無理はせぬよう頼む」

「「「「はっ!」」」」


 エルペルトから発せられる圧が弱まり、ホッとして肩を落とす。命令だと言えば逆らわなかったと

思うが、先ほど以上の圧で追い込まれていただろう。想像するだけで恐ろしい。

 兵たちが別行動を始めた以上、ここにいるのは俺たち二人だけとなる。必然、少女を背負うのもどちらかということになるわけだ。


「私が背負いましょう」

「いや、いざというときに戦闘となれば厄介だ。ここは俺が背負おう」

「しかし……」

「俺の命を守るための最善策だ。違うか?」

「……かしこまりました」


 正論だったこともあってか、エルペルトは渋々といった様子ではあったが納得してくれたようだ。

 こうして俺たちは、来た道を引き返し始めた。


 七、八歳の少女の一人や二人……などと思い歩き始めたのは良いが、その考えが甘かったことは背負う瞬間に分かっていた。ズシリと来たからだ。

 しかし、一人前の男が、子供を重いなどと言えるだろうか? 言えるはずがない(断言

 俺は全身汗だくになり、足を出す速度が遅くなりながらも、愚痴一つ言わずに歩いていた。

 そんな状況を察したのか。エルペルトは苦笑いを浮かべながら言った。


「そろそろ休憩にしますか?」

「そ、そうだな! 少し休むのも悪くない!」


 先にエルペルトが少女を受け取った後、膝の震えを隠しながら倒木へ腰かける。

 水筒を取り出し、水を飲んで一息ついた。


「これは……」


 少女を横にしていたエルペルトが、なにかに気付いたような声を上げる。


「どうした?」


 近づいて覗き込むと、彼は少女の長い髪を少しだけずらした。

 ……見えている耳は、細長く先が尖っている。それは、長耳族(エルフ)の証明だった。

 さすがに想定外だったのだろう。驚いた表情のエルペルトに、自分の考えを整理しながら話す。


「カルトフェルン王国はエルフに割と寛容だ。存在しないわけではない。……しかし、それは招かれた者たちであり、居所の分からない者は存在しない」

「えぇ、仰る通りです。つまり、この少女一人ならばともかく、他にも仲間がいるとしたら……」

「別大陸から逃げて来たエルフたちが、隠れ里を作っている?」


 自分で言っておきながら否定したいところだが、この少女の存在がそれを許してはくれない。

 そして、相手がエルフである可能性がある以上、様々な問題が浮上してしまった。


「休んでいる場合じゃなくなったな。急いで砦へ戻り、増援を出す必要がある。悪いがエルペルト。お前には増援と共に――」


 ガサリ、と音が聞こえた。

 目を向けると、少女の姿が消えている。今の会話からなにか勘違いしたのか、逃げ出してしまったようだ。


「~~~っ! 追うぞ!」

「仰せのままに!」


 助けを求めた少女が仲間たちの元へ戻れば、最悪の場合、たった一人で窮地へ陥る可能性すらある。

 なんとか保護せねばと、重い体に鞭打った。


 しかし、この辺りに慣れているエルフの子供と、体力をほぼ使い切っている王子の差は大きかったようだ。

 追いつくことはできず、痕跡を辿ることになっていた。


「……すまん」

「いえ、私の足がもっと速ければ、こうなる前に捕まえることもできたでしょう。申し訳ありません」


 エルペルトは謝っているが、俺の護衛を優先しなければ追いつくだけの余裕があった。つまり、問題は俺の体力だったわけだ。本当に情けない。

 肩を落としながら歩いていると、エルペルトが眉根を寄せる。


「エルフの少女はなにかしらの近道を知っているようですね。このまま追えば、兵たちより先んじることになるかもしれません」

「別れる必要は無かったってことか」

「結果だけ見ればそうなってしまいますな」


 裏目に出ているというのは、どうにも気分が悪い。まだ他にも悪いことが起きそうな、そんな状況を想起してしまう。

 木々の間に隠れていた岩の隙間を抜け、短い洞窟を越え、辿り着いた先には……木の柵で覆われた集落があった。


 周囲を見回すに、少女の姿は無い。

 となれば、あの所々が壊れている集落の中へ入って行ったのだろう。


「いかがいたしますか?」


 エルペルトの言葉に、肩を竦める。


「引き返すべきだと分かっているんだが、見殺しにするような結果へ繋がるのでは? と考えたら足が言うことをきかないんだ」

「ならば、仕方ありませんね。私の後ろへ続いてください」

「あぁ、頼りにしているよ、エルペルト」


 先代剣聖の頼りがいある背中へ続き、集落の中へと足を進め始めた。



 家は崩れ、畑は荒らされている。怪我人の姿が無いことから、無事逃げられたのかもしれない。

 畑の上には、大きな車輪が蛇行したような跡があり、首を傾げる。


「これは”水蛇”の仕業でしょう」


 本で読んだことがあるな、と手の平を叩く。

 体長2~3m。頭には鶏のような青いトサカ。丸めた舌から水を放つ蛇だ。

 崩れた家が濡れていることなどから、噂の水を放ったのだろうと納得する。

 畑を這った後を確認し、エルペルトは渋い声を出す。


「しかし、水蛇にしては大きすぎますな。痕跡から見るに、4~5mはあると思われます。まぁ突然変異かなにかでしょう。そういうこともあります」


 この老人は、異常事態を大したことじゃなさそうに言う。自分の経験上、そういったこともありました、みたいに語るのはやめてもらいたい。

 眉間を押しながら、エルペルトへ聞く。


「異常事態ならば、その原因があるだろう。理由は想像つくか?」

「餌が潤沢だったか、特殊な物を喰ったか……誰かの手が入っているか、というところですかな」

「なるほど、人的被害の可能性があるわけか」


 勘弁してほしいと思っていると、エルペルトが片目を薄く開きながら言った。


「驚かないのですか?」

「驚きっぱなしで麻痺しているだけだ」

「なるほど。冷静でいられるのでしたら、それはそれで良いかと」


 事態が解決してから、こんなことがあってたまるか! なんでやねーん! とでも叫ぶことにするとして、だ。

 キョロキョロと少女を探していると、先で何かが光った。


「セス殿下!」

「おぉう!?」


 反応するよりも早く、エルペルトが首根っこを掴んで引っ張る。そのすぐ後に、ゴウッと音を立てながら炎が奔った。


「……魔法(・・)か」

「エルフですからね。当然使ってくるでしょう」


 魔法とは、精霊と契約することで行使することができるようになる、限定的な奇跡のことだ。

 種族でも適正に違いがあり、人よりもエルフのほうが魔法の使用回数が多いというのは一般的な常識だった。


 相手が何人いるのかは分からないが、姿を見せればまた魔法を使用するのは明らかだ。

 なので隠れたまま、大声で訴えかける。


「俺たちは敵じゃない! 話し合おう!」

「お前たちが巨大な水蛇をけしかけたんやろ! 分かってるんやからな!」


 鈍りの強い共通言語に、姿は見えずともエルフだろうなと確信する。

 彼らは頭が固く、思い込みが強い。一度信じてもらえれば大丈夫なのだが、そこまでが非常に難しいのだ。排他的な種族、とも言える。

 エルペルトの、どうしますか? という顔を見て、どうしようかと頭を抱える。


「とりあえず、このままじゃ話も聞いてもらえない。なにか良い手はないか?」

「……経験上ですが、話し合いに持ち込めないのは、こちらを下に見ているからでしょう。少々実力を見せてやった後ならば、話が通じるかもしれません」

「頼めるか? と言いたいが、エルペルトが怪我をするくらいならば撤退しよう、というのが本音だ。魔法への対処は難しいからな……」


 正直に打ち明けると、エルペルトは薄く笑った。


この程度(・・・・)のこと、苦難にもなりません」


 言い終わると同時、彼は平然と一歩を踏み出し、エルフたちに向けて剣を構えた。


「姿を見せたで! やったれ!」


 次の瞬間、エルペルトに向けて、複数の炎の塊が放たれた。

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