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7・ヒィズルのごはん

 *


 ワイワームが解剖に向いている理由は、入手するのが他の竜種に比べて比較的容易だということと、サイズが解剖用として適当であるということの二点に尽きる。


 だが、いま僕の目の前で繰り広げられている解体作業は、ワイワームの解剖などではなくて料理の下ごしらえである。


 クエスト達成の証にはワイワームの翼か尻尾の先でもギルドに持ってけば十分なのに、ヴェイロンはワイワームのぐねぐねした長い胴体を担いで、わざわざ我らが『ウマ小屋』まで持って帰ってきたのである。


 その時点ではまだイヤな予感でしかなかったのが、今ではイヤな予感はイヤな作業を経てイヤなイベントへと確定しつつある。


「ヒィズルには『飛蛇鍋』という鍋料理があってだな」


 はいはい、出ましたよ。お得意のヒィズル料理。


 ヴェイロンの青い髪は、リエッダの最北端に位置する焔竜山脈地帯に居住する少数民族の特徴のはず。だというのに、何故にどうしてヒィズルの食文化に固執しているんだ、このオッサンは。


「あのう、ワイワームって、毒とか無いんですかね?」

「何いってんだよ、ロディ。その辺はお前さんの専門だろう?」


「そりゃあ魔物学上、ワイワームは無毒で知られていますけど、食べても平気かどうかなんて知りませんよ」


「魔物学部じゃワイワーム喰わないのか?」

「ヴェイロンさんは、魔物学部は何を学ぶところだと思っているんですか?」


 げんなりしている僕の気も知らず、ヴェイロンは解剖用メス、ならぬ、やけに切れ味の鋭いヒィズル製の調理用ナイフ(ヤナギバとかいう刃物らしい)でもって、サクサクと手際よくワイワームを捌いていく。


 リエッダの遥か東、海の向こうのヒィズル地方は小さな島々からなる群島国家であり、農耕に適した広い土地が望めないという土地柄もあって、そこでは海山の自然の恵みを最大限に活かした独特の食文化が発展している。


 ただし、この独特という表現はあくまで僕たちリエッダ人基準での見方であり、よそ様の家の食卓に並ぶ物にあれこれケチを付けるなんて、失礼といえば失礼な話である……んだけどねえ、それはそれで、これはこれでねえ。


「他に食べる物はいくらでもあるのに、どうして重たい思いまでしてワイワームなんか持って帰ってきたんですか」


「そりゃあ、こうしてたまには作らないと、作り方を忘れちまうからな」


 むぅ、無駄に話の筋が通ってしまっているだけに反論の材料が見当たらない。


 先日の『スライムの酢味噌和え』とかいう(おぞ)ましい食べ物だけは「僕、酸っぱいの苦手なんです」なんて適当な嘘でもって何とかパスしたが、今回はヴェイロンに危ない所を助けて貰った手前、「さあ喰え」と迫られたりしたら、流れ的にどうにも断り難い。


 それに、このオッサンの性格上、「ワイワームは命を懸けてお前を喰い殺そうとした。ならばお前もワイワームを喰らうのが男としての礼儀であろう」なんて、キメ顔で言い出しそうな気がする。


「まさか、このワイワームって人を食べたりしてないですよね?」

「家畜が襲われた話はしょっちゅう聞くが、ここ数年は人が喰われた話は聞かないよな」


 むうぅ、他に何か反論に使えそうなネタは無いものか……


 すがるような思いで辺りを見渡すと、マネキネコを膝に乗せて、ちょこんとソファに収まるイーリスの姿が目に入った。ちょこん、と表現するのが実にしっくりくる座り方だ。


 ――――そうだ! イーリスちゃんだ!!


 子供をダシにするのは少々気が引けるが、イーリスだって何も好き好んでワイワームなんて食べたくはないはずだ。


「あのう、ヴェイロンさん。ワイワームって、子供が食べても大丈夫なんですかね? 


ほら、ヘビって強壮剤の材料とかにもなったりするじゃないですか。そんなの食べたら夜、寝られなくなっちゃったりしませんか?」


「おお、詳しいんだな。さすがは魔物学部卒だ」


 ここがチャンスだ! たたみ掛けろ!


「だったらイーリスは食べない方が良いですよね。でもって僕も明日、仕事で朝早いので……」

「それは安心して良いぞ。滋養強壮の効果があるのは心臓だ」


 そう言ってヴェイロンが向けたヤナギバの切っ先には、赤黒い塊が沈んだ酒瓶が。


「実は、後で飲む用に酒に漬けているんだ。もうギンギンだぜ」


 何がもうギンギンだよ、このエロ親父が。


 しかし、ここは敵が一枚上手のようだ。仕方がない、次の手を打つとしよう。


「ワイワームって小骨が多いじゃないですか? 子供が食べるには喉に刺さったりして危ないんじゃないですか?

 で、僕も子供の頃に小骨が喉に突き刺さったトラウマがありまして……」


「太い骨はダシ取りに使ってるし、細かいのは骨切りしているから安心しろ」

「クセがあったり、生臭かったり……」


「新鮮だからその心配はない。それに、みじん切りにしたショウガとネギを一緒に練りこんで肉団子にしてから軽く炙るんだ。すると、香ばしさが勝って生臭さが消えるんだよ」


 くっ、無駄にお料理上手なのが憎い。


 こうなりゃ最後の手段だ。目に入れても痛くない愛娘のイーリスちゃんが「食べたくない」ってゴネれば、「そっか、食べたくないか」とか言っちゃって、お父さん断念せざるを得ないの巻。


 僕は一縷の望みを託してイーリスに話を振ってみた。


「ねえ、イーリスはワイワーム鍋……じゃなかった、飛蛇鍋、食べたい? 食べたくないよね?」


 お願い、食べたくないって言って! わたし、食べたくないです、って、一言呟けば良いだけの簡単なお仕事だよ!


 ところが当のイーリスの身に一体何が起きたというのだろうか?


 彼女は胸に抱え込んだマネキネコと同じくらいに茫洋とした瞳で何も無い中空を見据えたまま「わたし、ヒィズルのごはん、すきだヨ」と、抑揚の無い声でブツブツ呟き続けている。


 オッサン、よく見ろ! 大事な一人娘の心が死にかけていますよ!

 あの目を見ろ! あんな光を失った子供の目には、近年なかなかお目にかかれないよ!


「ワたし・ヒィルズのごはん・スきだヨ」


 イーリス、気を確かに!


 その小さな肩を掴んで揺さぶっていると、(にわか)に玄関の方から騒がしい音が聞こえてきた。


 ああ、ややこしい人が帰ってきた。あの喧しい声は飲み屋勤めの、あの女だ。


「だらいらまー!!」


 ただいま、の意であろうか。


 酒と香水の臭いを振りまきながら、ご機嫌な様子で帰ってきたのは『ウマ小屋』の先住民、ヴィヴィ姐さんだ。本日も実に良い感じに酔っ払っていらっしゃる。 


「あら、えーっと、貴方お名前は何だったかしら、坊や」

「ロディですよ。いい加減に覚えて下さい」


 ムッとして言い返してやると、ヴィヴィは濃いアイシャドウに縁どられた眼差しで僕を一瞥して、「うふっ可愛い坊や」とウィンクで返してきた。


 この、飲み屋で給仕をしているというヴィヴィという女性、見事な巻き毛が目を惹く美女ではあるのだが、とにもかくにも品位というか、女性としての慎みに欠けている。


「それに僕は18歳で、リエッダの法では成人扱いです。坊や呼ばわりは止めて下さい」


 重ねて言い返して、その化粧の濃い顔を睨みつけてやると、ヴィヴィはいきなり顔を近づけてきた。


 息がかかるほどの至近距離に思わずたじろぐと、ヴィヴィは妖艶な微笑みを浮かべて「怒った顔は大人っぽくて素敵よ」と突然、僕の頬に唇を押し付けてきた!


「うわわわわっ!」


 たまらず腰を抜かした僕に向かってヴィヴィは追加の投げキッスを送って寄越し、踵を返してはマネキネコを抱えたイーリスに声を掛けた。


「あらイーリス、何よその変な人形は……って、どうしたの、この子? カチカチに固まっちゃってるけど」

「イーリスはヒィズルのごはんがスキ」


 僕はキスされた頬を手の甲で擦りながら立ち上がり、「イーリスはヒィズル料理に怯えているんですよ」と、首を傾げるヴィヴィに伝えた。


「ヒィズル料理?」


 ヴィヴィは怪訝な顔をして、覆いかぶさるようにしてイーリスの顔を覗き込む。


 今夜の彼女は、その豊満なボディの上から見るからに高級そうな毛皮のコートを羽織っているが、そのコートは保温したいのか放熱したいのか、隠したいのか見せつけたいのか、今ひとつ製作者の意図を図りかねるデザインだ。


 それに、そんな大胆に前屈みになったりして、その豊かな膨らみが今にも零れ出てしまいそうになっているではないか。


 まったくもって、イーリスに悪影響しか与えなさそうな女性だが、ヴェイロンはどうしてこのような、ふしだらな女をここに置いているのだろう? 


 ────まっ、まさかギンギンって、そういう意味なのかっ!?


「ねえ、ロディ。あなた、いまヤらしい事とか想像してない?」

「しっ、していませんて!」


 ────なっ、何て勘の鋭い女なんだ!?


 ところがヴィヴィは僕の動揺を意にも介せぬ様子で、ツンとした高い鼻をヒクヒクさせながら「で、これ何の匂いよ?」と、立ち込める異国情緒溢るる空気を嗅いでいる。


「実は今、ヴェイロンさんがワイワームで鍋を作っているんですよ。なんでもヒィズル名物の、トビヘビだかヤブヘビだか知らないですけど」


「トビヘビ? もしかして飛蛇鍋? いやだぁ久しぶりぃ! わたし、大好物なの!」


 マジか、この女……


 でも、待てよ。これは千載一遇のチャンスかも知れない。是非ともヴェイロンとヴィヴィの御二方でご遠慮なく召し上がり尽くして頂けたのなら、これ幸いだ。


「ヴィヴィさんは、ここでイーリスと一緒にいてあげて下さい。僕はヴェイロンさんを手伝ってきます」


 僕はヴィヴィが気まぐれを起こして部屋に戻ってしまったりする前に、一向に気が進まなかった夕食の準備を率先して手伝うことにした。

 そして一転、起死回生。その戦略的予測は、我ながら見事に的中したのだ。

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