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6・折れざる自信

「今回も策はあるのか?」


 ヴェイロンが、大きな弧を描いて旋回を続けるワイワームから目を離さずに訊いてきた。


「前回のアレは面白かったよな」

「前回のアレって何でしたっけ?」

「ほら、あの光るヤツだよ」

「光る? ああ、閃光弾の事ですか?」

「そうそう、閃光弾だ。ガッ! って光って、悪党どもがギャッ! ってなって、ホント最高だったな、アレ」


 くっくっく、と、忍び笑いを堪え切れないヴェイロンの横顔こそ、よっぽど悪党っぽく見える。


 森に潜んで旅人や隊商を襲っていた10人程度の小さな盗賊団を壊滅させたのは、つい先週の事だ。


 『対竜研』で作った閃光弾の試作品を、焚火を囲んで夜営をしていた盗賊の輪の中に投げ込んでやったんだ。


 突然、音もなく焚火が炸裂したもんだから、それは驚いた事だろう。閃光でやられないように面を伏せていた僕が顔を上げた時にはもう、ヴェイロンは盗賊団全員をボッコボコにして、縄でふん縛っている最中だった。


「閃光弾は、もう無いのか?」

「あれは作るのに相当お金が掛かるんですよ。夜光竜の発光器を丸々1個も使うんです。コストが高過ぎる! って、室長に怒られちゃいました」


「そうか、そりゃあ残念だな」

「でも、今日はコレを持って来たんです。見てください。自信作なんですよ」

「なんだそれ? ああ、パチンコか」

「む、失礼な。子供のオモチャと一緒にしないで下さいよ。せめてスリングショットと呼んで下さい」


 僕は取り出したパチン……スリングショットをヴェイロンに見せつけながら、そこらに転がっている具合の良さそうな石を何個か拾い集めた。


「懐かしいなあ。俺も子供の頃にハトとかカラスを狙ったもんだよ。そうそう当たるもんじゃあなかったけど」


「だからオモチャと一緒にしないで下さいって。それは(ロッド)が歪んでいるから弾が真っすぐ飛ばないんですよ。

だからこそ僕は、このロッド部分の精度を極限まで追い詰めたんです」


 どうだ見てくれ、この美しいY字のロッドを。継ぎ目すらない美しいフォルムだろ?


 神樹で知られた西方ユグドラハ地方から狂いの少ない木材を取り寄せるところから始め、一本の丸太から木像を彫り出すようにして作ったんだ。でも僕は、スリングショットの製造過程を自慢したい訳ではない。


 驚く事なかれ。通常はゴム紐を張るところに、なんと柔軟かつ張力に優れたドラゴンのヒゲを使っているんだ。

 中途半端な長さ故に楽器の弦に利用する以外、いま一つ用途を見出せなかった竜髭をこんな風に使うなんて……ちょっと自分の才能が怖いよ。


 しかも、これを僕の安定性抜群な鋼鉄の義腕に装着すれば、射撃の威力・命中率・精密

性は、そこらのパチ……もとい普通のスリングショットの比では無い。

 研究室での試射の結果は上々、渾身の自信作なのだ。


「ま、見ていて下さい」


 スリングショットの棹を義手でしっかりと握りしめ、持ち重りのする尖った石をセットする。狙いは二匹のうち、動きが鈍い方のワイワームに定めた。


 心を落ち着けて、すーっと細く、長く息を吸う。


 昼にヤギでもたらふく喰ったのか?

 残念だけど、それがお前の命取りだ。


 風を読め、風速はどうだ? 

 距離は良し、狙いは翼。

 ギリギリまで引き付けるんだ……


「――――撃て」


 吸い続けた息を吐き切る同時に、引き絞った竜髭を開放する。

 空気を切り裂く音と共に射出された尖石は一直線に中空を穿ち――――


「おっ!」


 ヴェイロンが思わず、といった風な短い歓声を漏らした。


 翼を狙って撃ち落とすつもりだったのが、胴体に直撃したようだ。

 哀れ被弾したワイワームは夕暮れの空に汚い花を咲かせて、肉片となって落ちていく。


 やったぞ! 思った以上の威力に大満足だ。これは室長に褒められちゃうぞ!


「ロディ、気付かれたみたいだぞ!」

「第二射、撃てます」


 こちらの存在に気付いたか、相方を撃ち落とされて怒りと混乱に鳴き叫んでいた生き残りのワイアームが一直線に飛んで来た。


 初弾を放った時には距離が遠くて判別出来なかったが、残る1匹はそこそこの大型個体のようだ。となると、この2匹は(つがい)で、しかも向かって来る生き残りはメスの可能性が高い。


 ワイワームは同齢の場合、オスに比べてメスは3割ほど大きく、より狂暴で力も強い。


 特に咬合力はオスの比ではなく、重装甲に身を固めた騎士がガントレットごと二の腕を噛み潰された、なんて記録が残って――――

 ズキリッ、とロッドを握りしめた左腕に痛みが走った……ような気がした。


 作り物の僕の左腕は、痛みを感じるようには出来ていないはずなのに……


 ***


 ねえさま、たすけて!


 噴き出る血と燃え上がる炎。

 赤一色のフラッシュバック。


 ……ディ……ローディ……


 誰かが僕の名を叫んでいる。


 ***



 左腕を噛みちぎられた恐怖が鮮明に蘇る。


「ロディ! しっかりしろっ!!」


 ヴェイロンの鋭い叱責に我を取り戻す。

 巨大な蛇体が空中をのたくるように迫り来る。


 ――――くそっ! 近い!! 


 選んでいる余裕なんて無い。慌てて掴んだ石を握ってスリングショットにセットするも、手が震えて狙いが定まらない。


 もたもたしているうちに、顎が外れたかのように大きく口を開けたワイワームが、矢のような速さで眼前に!


 ――――こうなったら一か八かだ。至近距離で喰らわしてやるっ!


 覚悟を決めて竜髭を引き絞った瞬間、ロッドからピシッと嫌な音が聞こえた気がした。


「あ」


 っと、言う間にYの字をしたロッドがポキリと軽い音を立てて、悪い冗談のようにVの字とIの字の2つに分かれてしまった。


 ところで話が変わるんだけど、馬車に跳ねられた経験がある人から聞いた話でね。


 ぶつかった! と思った瞬間、馬の鼻面が妙に鮮明に見えたんだって。

 ところで今、僕の視界にはギザギザに並んだ鋭い歯が妙に鮮明に見えていたりして。


「おい、ロディ」

 

 これも同じ人に聞いた話なんだけど、馬車に跳ねられる直前、世界がゆっくりに見えたんだって。


「そこを動くなよ」


 ゆっくりとヴェイロンが背負った東方剣を引き抜くのが見えた。そして一閃────


 ゆるゆると流れていく世界の中、夕陽を受けた細身の剣身が虹色に煌めいた。


 分断される影二つ。


 ドサッ、ドサッと水っぽい音と共に、何やら重たい物が足元に転がるのを感じた瞬間、世界の進む速度が通常に戻った。


 どこかボンヤリした気持ちのまま足元に目をやると、首の部分から切断されたワイワームの頭が、そんな状態に成り果ててまでも歯をガチガチさせながら僕の足首に噛み付こうとしていた。


 おぞましさに思わず飛び退くと、背後からヴェイロンの声が聞こえてきた。


「危ない所だったな」


 ぐしゃり、とワイワームの頭を熟れ落ちた果実のように踏み潰してから、ヴェイロンはスリングショットの残骸を拾い上げて、ニヤニヤしながら手渡してきた。


「ほらよ、パチンコ」


 くそぅ、子供扱いしやがって……だけど、ここでキレたりムクれたりでもしたら、それこそ子供のメンタリティだ。


 幾千の実験と幾万の失敗を繰り返し、研ぎ澄まして究めることを研究と呼ぶ。


 曲がりなりにも僕は『対竜種装備技術開発総合研究室』所属の研究技官だ。

 だったら、らしく振る舞うべき。


「おかげでロッドの強度と緊急時の安定性についての課題が見えました。次回作にご期待下さい」


 折れた棒と単なる紐に成り果てた自信作を握りしめて下を向く。これが、今の僕の精一杯だ。

 そうやって暫く押し黙っていたら、ヴェイロンは軽く咳払いをしてから真面目な声で言った。


「剣は折れても気持ちは折れない、か。いいぞ、男はそうでなくっちゃあな」


 項垂れた僕の肩をヴェイロンは大きな手でガッシリと抱いて、だっはっは! と豪快に笑い飛ばしてくれた。

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