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5・亜竜種ワイワーム

 *


 ワイワームは小型なドラゴンの亜種で、脚を持たない代わりにコウモリのそれにも似た翼を備え、空中を泳ぐように飛行する。


 その姿は『羽の生えたヘビ』と表現するのが的確だが、恐ろしいことに成人男性を一飲みするほどの大型個体も確認されている。そうなると、最早『空飛ぶ人喰い大蛇』だ。


 肉食でいて獰猛ではあるが狙って人間を襲うことは少なく、ウサギやネズミなどの小型の野生動物を狩るが、人間族の生活圏内では放牧しているヒツジやヤギなどの家畜を好んで狙うので、クエストの駆除対象に挙げられる事も多いポピュラーな魔物である。


 また、リエッダは城を囲む天然の堀ともいえるモート湖から豊かな天然資源の恩恵を受けている反面、ワイワームを始めとした水棲の魔物がもたらす被害に通年、頭を悩ませているんだ。


「……ヴェイロンさん、聞いてます?」

「いやぁ、これ美味いわ。お前、食べないんだったら俺、全部食べちゃうよ」

「僕はさっき、昼ご飯食べたばっかりだから大丈夫です」


 少ない情報から予測したワイワームの縄張りまでの道すがらに要点を説明しているのだが、僕の気も知らないでヴェイロンは一心不乱にサンドウィッチをモリモリ頬張っている。

 「お父さん、昨日の夜から何も食べてないから」と、イーリスが慌ててこさえてくれたサンドウィッチは、歩きながら食べるには都合が良いのだけど、お父さんは愛娘のお手製弁当に夢中で、どこまで僕の話を真面目に聞いてくれているのだろうかは定かではない。


 しかも、イーリスは気を利かせて僕の分も含めた二人分のサンドウィッチを作ってくれたみたいだけど、ヴェイロンは何事も無いような顔をして残らず全部平らげる腹つもりのようだ。


 これからワイワームを相手に一戦を交えるというのに、そんなに食べてイザというときに動けるものだろうか?


 いい歳こいたおじさんの旺盛な食欲を半ば呆れて、半ば感心して眺めていると、あろうことかヴェイロンは、ズボンの尻ポケットからスキットル(酒用の小型水筒)を取り出して、そのままラッパ飲みを始めたではないか。

 いくら人気の無い街の外だからといって、歩きながらの飲酒はどうかと思う。


「ヴェイロンさん……それはさすがに駄目でしょう」

「ああ、これかい? これは戦意高揚の為の飲み薬だよ」


 投げて寄こしてきた水筒を受け取ってネジ蓋を捻ってみると、研究室で嗅いだような強い刺激臭が鼻を突く。


「どうした? 飲めないクチじゃあないだろ?」

「いざという時に冷静な判断が出来なくなると困るんで」


 蓋を締め直してスキットルを投げ返すと、ヴェイロンは器用にも僕に背を向けて後ろ手でキャッチした。 

 まぁ、この調子ならば酔っ払って手元が狂うなんて不始末にはならなそうだ。


 かれこれヴェイロンとクエストに出るのは5回目にもなるが、確かに彼の戦闘技術には目を見張るものがある。


 と、思うのだけど、僕は未だに彼がその背に負っている『カタナ』という風変わりな東方剣を抜いたところを見たことがない。

 

 ゴブリンの群れも暴れイノシシも盗賊の一団ですらも、そこらの武器屋で買った、どうってことのない短剣で片付けてしまう。

 スライムに至っては素手でもって『中心核(コア)』を引っこ抜いて退治してしまったくらいだ。


 しかも、信じられないことに「ヒィズルでは、こうやって喰うんだぜ」とか言い出しては、持って帰ったスライムの残骸を酒で洗って細長くスライスし、得体の知れない茶色い調味料に酢と砂糖を混ぜた物と和えて、酒の肴にズルズルと……


 そんなエピソードも含めて、彼はとにかく遣ること為すこと徹頭徹尾、いちいち豪快なのだ。

 無為無策で突っ込んでっても卓越した戦闘能力でどうにかしちゃう、みたいな。


 頼もしいと言えば聞こえは良いのだけれども、なんかこう、もっと安全で効率の良い戦い方があるはずで、もしもお父さんが怪我なんて負ったらイーリスが悲しむわけで、そんな事は絶対に避けたいわけで、だから僕がこうして魔物の情報を分析して、最良にして効率の良い作戦を立案して付いてっているわけで。


「あのう、もうすぐ予測したポイントに到達しますが大丈夫ですか?」

「ん? 大丈夫って、何がだ?」

「いや、もし僕の予測が外れていたら……なんて」


 予測ポイントが当たっていれば優位な位置に素早く陣取れるし、上手くいけば先手も取れるだろう。


 けれども、万が一にも予測が外れていた場合には、不意打ちを喰らう可能性だってある。しかも、予測した出現ポイントはワイワームが好む湿地帯だ。

 足場が悪い場所で後手に回るのは、いかにヴェイロンが剣の達人といえども危険極まりない。


「おいおい、あんだけ演説ブッときながら"今さら自信がありません"なんて、それはちょいと無責任じゃあないか?」


「いや、それでも万が一という事も……」


「心配性だな、ロディ。自分で考えた作戦を自分が信じないでどうすんだよ」


「それは……そうなんですけど、でも、もしも読みが外れてヴェイロンさんが怪我したら、僕はイーリスに顔向け出来ません」


「なあ、ロディ。良い参謀ってのは、読みが外れても"想定内の出来事です"って涼しい顔をしてりゃあ良いんだぜ」


 そう言って笑いながら、ヴェイロンは日の落ちかけた西の空を指差した。


「夕方になるとワイアームは巣に戻る。そこがお前さんの狙いなんだろ?」


「はい、そうです。日中はどこを飛んでいるのかが絞りにくいのですが、夕方になるとワイワームは巣に戻ります。

そして、巣に戻る前に、周囲の安全を確かめるために何度か巣の周りを旋回飛行します」


「だったら、そんなに高くは飛ばないはずだ。不意打ちを喰らう可能性は少ないだろう。

ま、警戒されている分、こっちも先手は取れないだろうけどな」


 聞いてないようで聞いてるし、考えていないようで考えている。

 どうにも掴みどころのない、不思議な人だ。


「おっ、見ろよ。噂をすれば、ってヤツだな」


 そこに隠れるぞ、そう言ってヴェイロンは近くの茂みに身を隠した。一歩遅れてその背中を追う。


「2匹いるな。ギルドの手配書通りだ」

 

 囁くようなヴェイロンの声に頷き返すのでやっとだ。


 ワイワームなんて魔物学部で嫌というほど解剖したというのに、こんなに近くで空飛んでるのなんて初めて見た。

 安全が担保された場所、教室や研究室では感じる事の無い緊張感に胸が痛くなる。

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