2・王都リエッダ
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耐熱実験は、大方想定していた通りの結果が得られた。
カッパードラゴンの鱗は、一緒に錬金釜の中に入れてみた銅貨と同じ温度、同じタイミングで溶融を始めた。
なるほど、カッパードラゴンの鱗は銅か、もしくは銅に近しい金属であると考えても良さそうだ。となると、鱗の表面に付着した青緑色したザラザラは緑青だろうか。
よぅし、明日は水に沈めて比重を測ってみよう。それに、耐衝撃性や耐薬性も調べたいな。
やりたい実験をあれこれ思い浮かべながら僕の職場、『対竜種装備総合技術研究室』、ざっくり略して『対竜研』の入る研究棟の外に出る。
帰宅するにはまだ早い時間帯だけあって広々とした、というか建築予定の更地が広がる王立魔導院の敷地内に人影は疎らで、巨大な英雄像だけがやたらに目立つ。
研究棟のあるエリアを抜けて学院のキャンパスに足を踏み入れると、つい数か月前までは僕も羽織っていた制服、魔導学院のローブを着た生徒たちとすれ違った。
あれは花形一番人気な魔術学部の制服だな。黒が基調でスタイリッシュだ。
ちなみに学生時代に僕が着ていたのは、魔物学部の緑色した制服だ。口さがない連中には『学院のコケ』なんて呼ばれて馬鹿にされていたな。
そりゃあ、僕が在籍していた魔物学部の教室は陽があたらない校舎の端っこにあって、年中薄暗くてジメジメしていたけどさ。
そんなコケ同士、もとい共に学んだ学友たちは魔物学部で学んだ知識を活かして冒険者ギルドで魔物調査員になったり、リエッダ軍部の魔物分析官になったりしたのに、結局のところ僕は魔導院に残ってしまった。
小高い丘の上に立つ王立魔導院から見える美しい街並みを見下ろしていたら、なんか感傷的な気持ちになってしまった。
守衛に通行証を見せて賑やかな大通りに出ると、今日の往来にはいつもに増して人が多いように感じる。
老若男女のみならず、南方人であろう頭に布を巻いた浅黒い肌をした男たちや、東方の風変わりな衣装を身にまとった集団……のみならず、白く美しい姿をしたエルフ族や、二足で直立歩行する獣にしか見えない獣人族も見受けられる。
そういえば朝の出がけに「今日はね、市が立つ日なんだよ」と、イーリスが教えてくれたっけ。
今まで静粛とした学府の中を歩いていたせいか、大気の匂いどころか空気の色までもが変わったような気がする。大勢の人が放つ熱気がそうさせるのだろうか。
ここは城塞都市リエッダ。建国の英雄の名を冠する『リエッダ王国』の中心都市だ。
その街並みには、十数年前にユーラスティア大陸北部を炎で包んだ大災害、『焔竜禍』の傷跡が未だに色濃く残るとはいえ、若き女王『クラウディア・リエッダ・レクセリアス』の指揮の元、街の復興は驚くべきスピードで進んでいる。
火竜の吐く炎で多くの木造建築が焼失した反省から、建物は防火性に優れた石造りに建て直され、緊急時にも消防馬車が通りやすいよう石畳みの道が敷かれた。
そして、特筆すべきは湖に囲まれているという地勢を最大限に活かした水路だ。街中に張り巡らされた水路は、ゴンドラを浮かせた移動手段としても便利なんだ。
その整然とした街並みはとても文化的で美しく、歩いているだけで気持ちが落ち着く。
だけども今日は色とりどりの日除けの布を吊るした露店が軒を連ね、いつもの落ち着いた大通りとは様相が違う。王都名物の大ゴンドラすらも派手に飾り付けられている。
店先には量り売りの穀物や山のように積まれた果物、皿やら瓶やら壺などの日用品が漫然と並び、南方イシュラッド地方から運んできたのだろう香辛料が放つスパイシーな香りが鼻を突き、東方ヒィズル地方の独特な造形をした何にどう使うのか、さっぱり用途が分からない道具の数々に目を奪われる。
「……凄い人出だ」
ゆるゆると流れる川のように途切れない人の波を前にして、つい独り言ちる。
人混みは得意ではないけれど、下宿先には大通りを突っ切るのが断然早い。
そうだ、市場でイーリスのお土産を買って帰るのも悪くないな。ついでに同居人たちの酒の肴でも……
――――ぐうたらおじさん
――――飲み屋の姐さん
――――駄エルフ
イーリスを除いた同居人3名の顔を思い浮かべると、僕は果たしてあの下宿に寝泊まりしてて本当に大丈夫なのかと、己の行く末が心配になってくる。
大体あそこには、大の大人が3人も居てるのに、まともな人が一人として居ない。いや、こうなると心配なのはイーリスだ。あの社会不適合者どもの巣窟に小学校を卒業したばかりの無垢な少女を放置しておいて良いものか。いや、良いはずが無い。せめて僕だけでもイーリスを正しい道へと教導してあげなければ。
ふつふつ湧き立つ使命感を胸に市場を歩いていると、屋台の軒先に鎮座するネコを象ったであろう置物と目が合った。
製作者にどういった意図があるのだろう、前足を挙げて手招いているような恰好をしている。
その姿のせいだろうか? 妙な吸引力に吸い寄せられて、ついつい抱え上げてみると、置物はどうやら陶器で出来ているようで大きさに比べて軽く感じる。
しかし、このネコ、見れば見るほど味のある顔をしているな。茫洋としてどこを見ているのか分からない空虚な視線が印象的、いや、哲学的にすら見える。
東洋人だという平たい顔をした店主に聞くと、こいつは東方ヒィズル地方に伝わる幸運を招く置物だと教えてくれた。
東方ヒィズル地方と聞いて、イーリスの艶やかで真っすぐな黒髪が思い浮かぶ。
僕たち北方人はブラウン系の髪色をした人が殆どなので、ここ王都リエッダではあれほど美しい黒髪には、そうそうお目には掛かれない。
そんな美髪の持ち主イーリスちゃんのお母さんは、東方ヒィズルの出身だったと聞いている。だとしたら、この妙ちきりんな置物を持って帰ればイーリスは喜んでくれるかも知れない。
しかし、イーリスの母親は彼女を産んだ際に亡くなったと聞いている。無神経にヒィズルの置物なんかを持ち帰ったら、かえってイーリスを悲しませる結果になりはしないだろうか?
僕は少しばかり悩んだものの、結局この『マネキネコ』なる置物を持って帰ることにした。
……母親の顔を知らないのは僕も同じだ。
死んだ、とは聞いていないけど、その消息を僕は知らない。だからこそ幼い頃は、どんな物でも構わないから”お母さん”という存在を感じられるような物が欲しかった。
だからきっと、お母さんの生まれた国の置物をイーリスは喜んでくれるだろう。
ついでに勧められたイカのミイラも買っておいた。このミイラは東方の珍味で、火で炙ると酒に合う肴になるそうだ。
だからきっと、あのダメ大人たちも喜んでくれるだろう。




