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8・聖女ビオレッタ

 それに、普通の生活を送っていては知る由もないはずのイシュラッドの内情や裏事情に通じている点も、彼が単なる一般市民ではないことを裏付けている。

 そんなナラハトが語るには、武を貴ぶ部族の長たちによる合議制国家であるイシュラッドは、政治的な思惑が絡みやすい婚姻や養子縁組には非常に敏感だという。


 すなわち、有力な部族の跡取りであるナラハトとの婚姻は、勢力に劣る弱小部族からすれば労少なくして勢力を拡大する千載一遇のチャンスなわけで、それは危うい均衡で成り立っているイシュラッドのパワーバランスを左右しかねない非常にデリケートな問題だ。


 それが、ナラハトが遠く故郷を離れてまで、わざわざリエッダの魔導学院に入学した理由なんだ。

 大陸中から若くて優秀な女性が集まる魔導学院で嫁探し。理には適っているけど、とんでもない理由だよね。

 それでいてナラハトの希望する結婚相手の条件は、イシュラッドと縁が無い女性でいて優秀で丈夫で、ついでに美人。しかもハードル高め。

 そんな都合の良い物件が果たして見つかるものだろうか? ナラハトの嫁探しは難航している。


 とはいえ、各部族の思惑が渦巻くイシュラッドの勢力図に影響を与えることのない婚姻を結ぶことが、大陸南部を占める南方イシュラッドの安定に繋がっていると思えば、僕も及ばずながらナラハトの嫁探しを応援せざるを得ない。


 結婚するのに本人たちの意志以外に部族の利害が交錯するようなイシュラッドに対して、建国の英雄リエッダが奴隷階級の出身だったという背景もあり、リエッダ王国は身分差のある恋愛や結婚に関しては、実に寛容なお国柄なんだ。


 靴屋の倅が大臣の娘と結ばれた話とか、パン屋の娘が王族に見初められた話など、身分違いの恋愛話や婚姻譚は、今も昔もリエッダ国民の大好物だ。

 当然だけど、身分の低い側はズバ抜けて優秀だったり、とてつもなく気立てが良かったり、それでいて容姿端麗美男美女なんだけどね。


 僕は、自由な恋愛の許されたリエッダで生まれ育ったからこそ、ナラハトの難しい立場には同情を禁じ得ない。

 常々、彼に良い相手が見つかれば良いな、と僕だって願っているのだけども、だからといって手当たり次第のやりたい放題に手を付けまくっても良いということではない。

 ……さて、今回はどんな女性に目を付けたのやら。


「それでその、『運命の女(ファムファタル)』っていうのは、何処のどんな女性なの?」


 ファムファタルって”男を狂わす魔性の女”という意味もあったような気もするけど、ここは敢えて口に出さないでおくことにしよう。

 そんな僕の心配りを知ってか知らずか、ナラハトは「聞いて驚け」と、嬉しそうに口元を緩めた。


「実はなオレな、冒険者ギルドに寄る前に、刻命教会に寄ってきたんだよ」

「ふーん、教会にね……って、教会?」

「そこでオレは、天使に出会ったんだ。本当にいたんだな、天使って」


 うっとりした目で語るナラハト。

 天使……嫌な予感がする。


「紺色のワンピースが良く似合っててさ」


 いや、ちょっと待て。


「ああいうのが純粋無垢っていうのかな」


 純粋無垢にも程があるよ!


「なあロディ、聖女様って最高だよな」

「あ、そっちか」

「祈りを捧げるその姿……雷に撃たれたような気がしたよ」

「そう、それは良かったね」


 色んな意味で、本当に良かった。


「で、お近づきになりたいと思って声を掛けたんだけど、”まずは身を清めてからいらして下さい”って言われてね」


 まあ、あの風体じゃあね。


「それってさ、”先にシャワー浴びてきて”って言われるのと意味合いとしては同じだろ? ちょっと興奮してきたな」

「そのポジティブな発想力を、何か違うことに活かせないかな」

「でもな、どうにか名前だけは聞きだしたんだ」

「その流れで、よくぞそこまで漕ぎつけたね」

「いや、通りがかりの女の子に教えてもらったんだ。そういえば、あの黒髪の子も可愛かったな。5年、いや3年後が楽しみだ」


 それは、多分イーリスだ。本当に良かった。ナラハトの毒牙に掛からなくて。


「聖女の名はビオレッタ……その清らかなアメジストのような瞳に相応しい、美しい名前だ」


 うっとりと語るナラハト。これは重症だね。


「それでさ、明日は休日礼拝だろ? その前に身も心もさっぱりしておきたいんだ。だからほら、背中流してくれよ」

「背中……もしかして、背中流して欲しくて僕を風呂に誘った?」

「話も聞いて貰いたかったしな!」


 なんなんだよ、その理由?

 だったら背中の皮がズル剥けるまで擦ってやんよ!


 後ろ暗い気持ちでもって目の粗いタオルを取りナラハトの背中に向かうと、首の付け根に羽を広げた蝶のようなデザインの刺青が彫られているのが気になった。


「ナラハトって、刺青なんてしてたっけ?」

「ああ、学院を出てから入れたんだ。カッコ良いだろ?」

「いや……カッコ良いというか、ちょっと怖いというか」


 どうやらイシュラッドという国には、幼い頃から子供に格闘技を文字通り叩き込む風習があるそうで、そのせいで南方人は皆、揃いも揃ってナイスなボディをしていらっしゃる。その例に漏れず、ナラハトも腹筋バッキバキだ。もはや実際に魔法を使ってみせないと、魔法使いと信じて貰えないほどの肉体の持ち主だ。

 しかし、鍛え上げたボディに刺青の組み合わせは、ちょっと僕には無い世界観だ。


「それにほら、オレってこの顔じゃん。ヒゲ生やしてたのも舐められない為の工夫でさ」


 ははあ、これもまた擬態の一種と思えば良いんだな。

 立派な髭や刺青は、フグが身体を膨らませて本来の自分よりも大きく見せかけたり、ハチが危険な毒を持っていると警告する、黄色と黒の縞模様と同じような効果が期待出来そうだ。

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