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7・男二人でお風呂に入る話

 **


 遠く焔竜山脈から流れる幾つかの川が合流して形成された、三日月の形をしたモート湖。

 その三日月湖に囲まれた王都リエッダは、建都から数えて500年もの間にその豊かな湖水を利用する様々な方法を編み出した。


 浄水設備をも備えた衛生的な上下水道。

 街中に張り巡らされた、人や物資を運ぶだけでなく、舟遊びまで楽しめる水路。

 そして、クラウディア女王の代になって急速に普及した公衆浴場である。


 焔竜禍によって住む場所すら無くした北方リエッダの人々が、ようやく落ち着いてきた頃に求めたのが身体を温め、清められる風呂だった。


 国民の声を受けたクラウディア女王は、自ら市井の人々と入浴を楽しんでみせることで巨額の支出を渋る大臣たちを黙らせ、国庫のみならず王家からも多額の補助金を出動してまで公衆浴場の普及に努めた。


 その結果、皮膚病や感染症を患う者が大幅に減り、女王の公衆浴場はリエッダ国民の疲れを癒しただけでなく、健康増進と衛生向上にも大いに貢献したんだ。


 と、いうのは表向きで、その実は無類のお風呂好きとしても知られるクラウディア女王が、自分が色んなお風呂を楽しみたいが為に浴場建設を奨励したんじゃなかろうか? とは、ナラハトの弁である。


「何でもここに、お忍びで来てたりするらしいぜ。女王様が」


 オススメの隠れ家的な風呂がある。そうナラハトに案内されたイシュラッド式の浴場は、リエッダでは珍しい蒸し風呂だ。ちなみに僕は、蒸し風呂は初体験。


 浴場に足を踏み入れた途端、室内に充満した水蒸気と、蒸した薬草の香りで息が詰まるような思いをしたけど、暫くして慣れた頃には異国の入浴体験を楽しんでいる自分に気が付いた。


 確かにこれは、そうそう味わえない面白い体験だけど、さて高貴なお方が来られるような場所かと問われたら、答えは否だ。


「いくらなんでも、女王様がこんな所に来なる訳ないでしょ」

「こんなトコとは失礼な、オレの憩いの場なんだぞ」

「失礼も何も、ここってイシュラッドの人たちの御用達みたいじゃないか」


 南方情緒と湯気が溢れるイシュラッド式の浴場を見渡すと、周囲は浅黒い肌をした屈強な男たちでいっぱいだ。

 しかも、男たちの誰もが皆、その引き締まった身体に大なり小なりの刺青を入れていて、誰一人として堅気には見えない。


 何なんだここは? 山賊の隠れ家か?


 そんな中、イシュラッド人たちに混じってリエッダ人らしき姿も見えるけども、その背中からは湯気に混じって、何やらワケありっぽい不穏な空気を発散している。

 とはいえ、入浴の為に義腕を外している僕だって、傍から見れば何やらワケありっぽく見えるだろうから、そこはお互い様といえよう。


「そこに座るか」


 僕とナラハトは、並んでベンチに腰掛けた。

 すると、間も置かずにジワジワと汗が吹き出てきた。昨夜の睡眠不足からくる疲労感も、汗と一緒に毛穴から流れ出ていくようだ。

 バスタブに湯を張って肩まで浸かるリエッダ式のお風呂とは、また違ったリラックスを味わえるね。


 そうして、とめどなく溢れてくるような汗を拭っていると、隣に座ったナラハトが、石鹸でもって大量の泡を作り始めた。それはアワアワで遊んでいるのではなく、髭を剃るための準備だ。


「ところでさあ、クラウディア女王って良いよなあ」

「いきなりどうしたの?」

「あの金髪が良いよな。あれこそリエッダ美人の見本だよな」

「まあ、確かにね」


 ちなみにリエッダでは、金髪で色白な見目麗しい女性を『リエッダ美人』と呼んでいる。

 そんなリエッダ美人は、リエッダ王国のみならず大陸中の男の憧れの的なのだ。


「それでいてスタイル抜群ってのがね。細いのに胸がデカいってのは、もう反則だよな」


 泡を顔に擦りつけながら、ナラハトは何やら不敬なことを口走り始めた。

 誰が聞いているのかも知れない公衆の場で、女王様を褒め称えるのならともかくとして、スタイルだの胸だのの話をするのは、さすがにマズイと思う。


「ちょっと……女王様をそんな目で見たらダメだよ」

「それでいて、あの眼帯がミステリアスでグッとくる」

「人の話を聞かないのって、自由とは違うと思うんだよね」

「あの眼帯、たった一人でレッドドラゴンを討伐した時に受けた名誉の負傷だっていうよな」

「ああ、そうらしいね」

「何だよロディ、ドラゴンの話だぞ。好物だろ? 喰いつけよ」

「だからって、素っ裸で女王様の話をするのはどうかと思うよ。そんな事より、どうしてお風呂なんかに来たの?」

「おう、良く聞いてくれたな。心の友よ!」

「ちょっと。刃物持ったまま抱き着いてこないでよ」


 泡が・汗が・ヒゲが・というか、単純に気持ち悪いし、あらぬ誤解を受けそうだし。


「オレな、遂に運命の女性を見つけ出したんだよ。ファムファタルさ」

「学生時代の頃からその下りを聞くのって、これで何度目になるんだろうね」

「いやいや、今度は本気なんだ」

「その本気も、何度目の本気なんだろうね」

「こんな気持ちになったのは、生まれて初めてなんだよ」

「便利な言葉だよね。人生初って」

「ロディ……このオレが嘘を吐いているとでも言うのか?」

「いいや、嘘じゃないから女の子も信じちゃうんだよね」


 毎回毎回、いい勉強になるよ。

 女の子って、本気みたいな嘘は見抜くのに、嘘みたいな本気には弱いんだ。

 って、口には出さないけど。


「なあ、ロディ。オレの目を見てみろよ。この目が嘘を吐いている男の目に見えるか?」

「刃物を持った全裸の男に言われましても。しかも髭面の」

「そうか、それもそうだよな。そうそう、その為に風呂に来たんだよな」


 ナラハトは独り納得したように何度も(うなづ)き、鏡に向かって黙々と髭剃りを再開した。

 なんなんだ? 一体? さっきから一向に答えに辿り着く気配がない。


 相方が黙り込んでしまったので、僕も身体を洗うことにする。


 しっかし、公衆浴場になんて来るのは、本当に久しぶりだなぁ。

 僕の義腕は水なんてへっちゃらだけど、何せ目立ってしょうがない。とはいえ、外したら外したで遠慮がちな視線を感じるし。


 だけど、この浴場にいる人たちは皆、自ら人目を避けている風でもあるし、他人に干渉する気も一切無さそうだ。これだけ多くの人がいるにも関わらず、互いが互いに最大限に無関心という。実に奇妙な公共空間だ。


 これは意外な発見だね。人から無視されるのが、これほど心地良いとは思わなかった。ナラハトが”憩いの場”と表現したのも分かる気がする。


「よし、こんなもんかな」


 鏡を覗き込んで剃り残しがないか確認していたナラハトが、僕の方に振り返って屈託のない笑顔を向けてきた。


「どうだいロディ? これが嘘を吐いている男の顔に見えるかい?」


 はいはい、この甘いマスクで数多の女の子を凋落してきたんだよね。


「嘘というか何というか。僕としては、やっとナラハトと再会した気になったよ」

「ははっ、オレも久々に自分の顔を見た気がするわ」


 精悍な浅黒い肌と、彫りの深い整った面持ちが髭の下から現れた。

 そのどちらもがリエッダ人には無い特徴だけど、それでいてナラハトは、どことなく品のある顔付きに加えて、なんとなく貴族的な雰囲気をまとっている。


 そんな、どことなくなんとなく貴族的なナラハトは、南方イシュラッドでも一二を争う有力な部族の跡取息子だという。自己申告だから真偽のほどは定かではないものの、彼の話はあながち嘘とも思えなかったりもする。


 ナラハトの立ち振る舞いや言動からは、幼い頃から厳しい躾や教育を受けてきた人たち特有の”空気”みたいなものを感じる時がある。どこか皮肉っぽいというか冷めてるというか……


 上手く言葉に出来ないのだけど僕も似たようなところがあるから、ナラハトが時折見せる表情や口にする短い一言一句に何故だかシンパシーを覚えるんだ。

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