最終話 3
もう少しで童話が完成しそうだった。パソコンで書いていた童話は、藤堂啓太のアドバイスに従い、パソコン以外のクラウドと呼ばれるところに保存していたので、パソコン自体は火事で失ったものの童話のデータは無事だった。僕は、貯金を切り崩して、持ち運びのできる小型で軽量のパソコンを購入すると、童話を完成させるために、ほとんどの時間を図書館で過ごしていた。
「セシルとセリーヌ 大切なものを探して」
昔々、故郷を離れ、旅をしていたセシルという名の王子がいました。セシル王子はなぜ旅をしていたのかというと、自分にとって一番大切なものを探していたからです。セシル王子の父親の王様は、「一番大切なものを見つけた時が、お前がこの国の王になる時だろう。一番大切なものを見つけるまでは、決して戻って来てはならない」と言いました。そこで、セシル王子は王様の言いつけを守り、ずっと旅をしていました。
セシル王子は国を出る前に、隣の国、西の国のセリーヌ姫とある約束をしていました。必ず大切なものを見つけて帰ってくるから、三年後の満月の日、約束の地、楡の木の丘で会おうと。その約束は、密かに交わされました。なぜならば、セシル王子の国、つまり南の国と西の国は仲が悪く、何度も戦争をしていて、セシル王子が西の国のセリーヌ姫と付き合っていることなど絶対に国民に知られてはいけないことだったからです。もしそれが国民に知られようものなら、セシル王子が国民を裏切ったと嘆き悲しむのは目に見えていました。
セシル王子が旅に出る前、セシル王子とセリーヌ姫は、満月の夜に楡の木の丘で待ち合わせし、デートを重ねました。しかし、セシル王子もセリーヌ姫も心の美しい人たちであったので、二人は変装して度々城下に赴き、貧しい子供たち相手に、お菓子を配ったり、セシル王子が話を作りセリーヌ姫が絵を描いた紙芝居を見せたりしていました。子供たちも、いつしか二人がやって来るのを心待ちにするほどになっていました。
セシル王子は輝くように美しい人であったので、どこへ旅をしても多くの若い女性が彼に恋をし、結婚をしたがりました。沢山の贈り物を貰い、沢山のもてなしを受けました。セシル王子はありがたいとは思いましたが、このことが自分にとって一番大切なことだとはどうしても思えませんでした。だから、セシル王子は、旅を続けました。旅の途中でセシル王子はある女性に出逢いました。しかし、その女性は今までに出逢った女性とは全然違い、セシル王子を嫌いました。セシル王子はびっくりしました。けれども、湖に映った自分の姿を見て、納得しました。長い旅をしていたおかげでセシル王子の服装はボロボロになっており、髪も髭もぼうぼうに伸びていたのです。セシル王子は、しめた!と思いました。これで、人々は私の容姿に惑わされずに、真実の姿を見せてくれるだろうと思ったからです。
そして、ある日、セシル王子はある国に辿り着きました。その国は、老人しかいない国でした。しかも彼らは毎日毎日、顔を真っ赤にして喧嘩ばかりしていました。セシル王子はうんざりしました。この国で大切なものを見つけるのは不可能のように思えました。こんなに長い間旅してきたのに、ちっとも大切なものが見つからない、私は国へ帰ることが出来るのだろうか? セシル王子は絶望しながら、夜空に浮かぶ満月をじっと見上げていました。きっと、西の国のセリーヌ姫は、あの同じ丸い月を見ながら、私が帰る日を待ちわびているに違いない、そう思いました。そう思うとセシル王子は勇気が湧きました。こんなことでくじけてはいけない、明日は今日よりもいいことがあるかもしれない、満月を見ているとそう思えました。




