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希望荘の住人  作者: 早瀬 薫
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第九話 9

 次の日、希望荘の二階はいつになくドタバタしていた。なんでも住井真紀がここから出て行くらしく、引越の準備で大わらわになっていた。住井真紀は自分の持ち物の中で、他の住人に貰ってもらえそうなものを打診して回っていた。ななえ婆さんは、住井真紀に洋服やらストールやら靴やら貰っていたが、八十歳に手が届こうかという婆さんが、二十歳の娘が身に着けていた物を喜んで貰っているのが、傍から見ていて本当に複雑な気分になった。微笑ましいことには違いないが、やめときゃいいのにという感情が湧き上がってくるのはどうやったって抑えられない。戸田翔子もななえ婆さんと同じ物を住井真紀から譲り受けてたが、ななえ婆さんよりまだ若い戸田翔子のほうが、随分地味な感じの物ばっかりだというのが、なんともいえなかった。秋川緑や中村誠は主にCDや雑貨で藤堂啓太はパソコン関連の物を譲り受けていた。大家や田中の爺さんは食料品で僕にも彼女は食料品を分けてくれた。

 住井真紀はかなりのものをみんなに配っていたが、途中くたびれてしまったのか、廊下の真ん中でへたり込んでいた。すると、それを見かねた浜本琢磨が彼女に声を掛けた。

「だから、一人でやったら疲れるに決まってるだろう? 僕も手伝うよ」

「だめ! これは私の引越だから自分でやるの!」

「なんで引越のことになると、そんなに意固地になるんだよ。他のことじゃ、そんなに拘りがないのに……」

「だって、部屋の中を見られたくないんだもん」

 僕はその二人の会話を聞いていて「あれ? もしかして二人は付き合ってる?」と呟いたら、ななえ婆さんがいつの間にか僕の横に立っていて、にや~っとしながら「正解!」と言った。それから、ななえ婆さんは、住井真紀と浜本琢磨の間に一体何があったのか詳しく説明してくれた。二人の劇的ハッピーエンドにも驚いたが、住井真紀の両親がST建設の社長と大女優の伊吹慶子だと聞いて、死ぬほどびっくりした。

 しかし、僕は、何故そのことに今まで気付かなかったのだろう? だって、数年前、住井真紀が高校生だったときの三者面談で、僕は伊吹慶子に会っているはずなのである。遥か彼方の記憶の糸を辿ると、あのときの伊吹慶子は、確か、分厚い眼鏡を掛け、服装も地味な感じだったということを漸く思い出した。伊吹慶子は美しいだけでなく、演技派と名高い女優だとは聞いていたが、あの光輝くオーラを放っている彼女が、あそこまでオーラを消し去ることができるなんて、恐るべし大女優!と思ってしまった。


 住井真紀と浜本琢磨がすったもんだを繰り返しているのを僕たち住人は傍観していたのだが、住井真紀は浜本琢磨の説得を受け入れることにしたのか、自室の三号室のドアを渋々開けて、浜本琢磨を中に導いていた。すると、浜本琢磨が部屋に入った途端、「うわあああっっっ!!!」と叫んでいたので、何事が起こったのかと思い、部屋を覗きに行ったのだが、覗いた僕たちも腰を抜かすかと思うくらい驚いた。住井真紀の部屋は物置かと思うくらい、本やら洋服やら訳の分からないものが山のようにうず高く積まれ、まさにゴミ部屋と化していたのである! 

「だから、一人でやりたいと言ったのに……。先輩、私のことを嫌いになったでしょ?」

 住井真紀はそう言って、シクシク泣いていた。浜本琢磨は開いた口が塞がらないらしかったが、彼女にそう訊かれて、「い、いや……」としか言えないようだった。ななえ婆さんも「これだから、苦労知らずのお嬢は困るんだよ」と呆れていたが「真紀! 安心しな! あたしらも手伝うからさ!」と言って、腕まくりしていた。

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