第九話 7
暢気に童話を書いているどころではなくなり、僕は希望荘の部屋の様子を一部屋一部屋確かめてみたが、今は誰も火を使ってはいないようだった。窓から隣の蔵元爺さんの家の様子を窺ったがゴミを燃やしている様子はない。しかし、僕は、いてもたってもいられず、夜だというのに外に飛び出してしまった。とりあえず、戸田翔子のいる書店に向かって走っていた。本でも立ち読みして落ち着こうと思っていた。すると、書店の前に、中村誠が陣取っているのに気付いた。僕は、声を掛けるべきか掛けざるべきか迷ったが、戸田翔子のことは解決しているはずだし、無視するのもなんだかなと思って「こんばんは」と普通に声を掛けた。しかし、それにしても、中村誠は、なんでこんな時間に戸田翔子の勤めている書店の前にいるんだろう? 戸田翔子に嫌がられたりしないんだろうか?
「ああ、篠原さん、こんばんは」
「出版社勤務の記者さんが、本を本屋へ買いに来たんですか? それとも営業で本屋に?」
「いや、関係ないです。本屋に用事があるんじゃなくて、向かいのマンションの人間に用事があるんです」
「え?」
「ほら、あのマンションの三階に男の影が見えるでしょ? アイツが動き出すのを待ってるんです」
「取材か何かするんですか?」
「いや、尾行するんです」
「はぁ?」
「尾行して現場を激写するんですよ」
「現場を激写って、彼は今から何かするんですか?」
「ええ、おそらく放火」
「ええっ!? 放火って家を燃やすってことですかっ!?」
「まぁ、そうですね。最近、テレビでも毎日のようにニュースで流れてるでしょ? あの連続放火犯は、アイツに違いないんです」
「そ、そ、そうなんですか。でも、中村さん、放火の現場を激写した後、どうするつもりなんですか?」
「どうするつもりって?」
「ただ、写真を撮るだけなんですか?」
「そんなわけないでしょ! そのまま家が燃えるのを見てたら、彼と同罪じゃないですか! 勿論、警察に通報して捕まえるつもりです。その前に、まず火を消しますけど」
「そうですか、それを聞いてほっとしました……」
僕がそう言うと、中村誠は怪訝な顔をした。
「篠原さんて、なんだか変な質問をしますね」
「そうですかね?」
「ええ」
僕は中村誠と会話して、取りあえず安心したが、よく考えたら火事の原因になりそうな人物がまた一人増えたということだった。しかも、一番疑わしい人間が登場してきたということだった。これは喜ぶべきことなのか、悲しむべきことなのか、僕はさっきよりももっと混乱していた。とにかく、中村誠から頻繁に放火犯の話を聞き出す必要がある、ということを念頭に置いた。




