第二話 1
ビラにあった住所に辿り着くと、家守の爺さんが言った通り、そこに物凄く古びた下宿らしきものがあった。しかし、その下宿の前で、白髪頭の家守の爺さんと禿頭の見知らぬ爺さんが大音量で喧嘩していた。耳を塞ぎたくなるような怒号の応酬なので、僕はただその光景に驚愕していたら、通りかかった自転車に乗った男子高校生も「またかよ! うるせえな! くそじじい!」と言いながらもどこか怯えているように通り過ぎ、買い物帰りの主婦と見られる女性も下宿を避けるように弧を描いてそそくさと通り過ぎた。そして、下宿から数歩離れたところに立っていた僕を見付けると、二人ともずっこけるくらいに驚き、「ぎゃーっ!」と叫んで走り去った。そりゃそうだろう、毛むくじゃらの生き物が突如として目の前に現れたら、誰だって驚くだろう。しかし、爺さん二人が顔を真っ赤にして、頭の血管が切れそうなくらいの勢いで喧嘩している様は、やはり何にもまして異様な光景だった。でも、二人のやり取りを聞いていると、実にくだらないことで揉めていて、流石の僕も呆れ果てる始末だった。
「だから、うちの敷地内に入るなと何度言うたら分かるんや!」
「はぁ? 不法侵入しているのはお前のほうだろ。そこの植木鉢はなんだ? あの鉢はお前が置いたんだろうが! いらないのなら貰ってやっても良いが……」
そう白髪頭の家守の爺さんが言った途端、禿頭の爺さんは「とんでもないわっ!」と植木鉢のところに飛んでいき、大事そうに抱えた。植木鉢には白や薄紫のパンジーが植わっていた。いい歳した爺さんが、可愛い花の植木鉢を大事そうに抱えている様は滑稽極まりなかったので、僕は思わず吹き出した。ところが、家守の爺さんは容赦なかった。「今うちの敷地に入ったな! ほらみろ! 逮捕されるのはお前だ!」と叫んだ。
「なんやとぉ! どうせお前んとこの出来損ないの住人が鉢を動かしたに決まっとる! この植木鉢は昨日まではうちの玄関にあったんや!」
「はぁ? 何が出来損ないだ? お前のほうがよっぽど出来損ないだろうっ!」
この不毛の戦いは永遠に続くかと思われたが、「うるさいっ! くそじじい!」と下宿の二階の窓から顔を出して文句を言う人間が現れた。その顔をよく見ると、白髪の長髪を御団子にして後ろで一まとめにした婆さんだった。禿頭の爺さんはその婆さんに向かって、「だまれっ! くそばばあ!」と言ったので、またもや僕は暫く呆気にとられてその場に突っ立っていた。しかし、ふと後ろを振り返った瞬間に、僕に気付いた家守の爺さんは「あっ! 兄さんじゃないか! 決心がついたのかね?」と言ったので、僕は「はい」と答えた。一方、禿頭の爺さんは僕の姿を見て、口をぽかんと開け、一瞬言葉を失っていたが、「ふんっ!」と捨て台詞を吐きながら踵を返し、僕と家守の爺さんを睨み付けながら、自宅と見られる隣家へと消えていった。二階から顔を出していた婆さんもいつの間にかいなくなっていた。