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希望荘の住人  作者: 早瀬 薫
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第九話 3

 その晩、大家は戸田翔子に十号室の部屋の鍵を渡した。そして、家守幸子の荷物がすっかりなくなった部屋を見て、「五十五年間、こんな日が来ようなんて夢にも思わなかった」とぽつりと呟いた。

「私、この部屋に入って良かったんでしょうか?」

「いいってことよ。むしろ、幸子はあの世で喜んでると思うよ。俺と蔵元がいつまでも幸子のことで喧嘩ばっかりしてるのを見て、うんざりしてただろうから。俺も蔵元もあんたがここに来てくれたおかげで、一区切りが付いて良かったよ」

「そうですか、それなら安心しました」

「今日は引越で疲れただろう? ゆっくり休むんだよ」

「はい、ありがとうございます」


 戸田翔子と家守健三がそんな会話をしていたとき、その様子を自分の部屋のドアの隙間からこっそり窺う者がいた。十号室の隣りの九号室の主、佐々木吉信である。彼はドアの隙間から、二人の会話を盗み聞きしていて、家守健三が話を終えて階下に降りて行った途端、急に部屋から飛び出し、戸田翔子の前に全貌を現した。

「ぎゃああああああああ!!!!!!!!」

 戸田翔子は化け物のような姿の佐々木吉信を目にした途端、あらんかぎりの声を上げて叫んでいた。マロも彼を見て、キャンキャン吼えている。当然、他の部屋の住人も何事だろうかと次々と廊下に飛び出て来た。みんなもこんなにマジマジと佐々木吉信の姿を目の当たりにしたことが今までなかったので、そこに居合わせた全員が全員、何も出来ずただ茫然と佐々木吉信を眺めていた。一方、佐々木吉信も、ただ一人、戸田翔子に焦点を定めたまま、微動だにせずその場に立ちつくしていた。やがて、彼は、ポロポロと涙を流し始めた。

「ば、ば、化け物が泣いてるよ!」

 ななえ婆さんは驚いて叫んだ。その声で、我に返ったのか、佐々木吉信は慌てて自分の部屋へ逃げ込んだ。戸田翔子は、ガタガタと震えていたが、秋川緑がそっと彼女の肩を抱き寄せると、「彼はね、ああ見えて普段は何にもしない大人しい人なのよ。ただ、雷が鳴るとパニックになるけど。でも、それだけだから、気にしなくて大丈夫」と戸田翔子を慰めた。


 その晩、僕はなんだか眠れなくて、何度もトイレに起きた。すると、他のみんなもそうなのか、ななえ婆さんはこんな夜更けに干物を焼いて食べているし、外では蔵元の爺さんが一斗缶でゴミを燃やしているし、田中の爺さんは蝋燭を点けて瞑想していた。僕も、眠れないので、沢野絵美に貰った「ミリルの冒険」や「宇宙からきたコロボックル」を明け方まで何度も何度も読み返していた。


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