第九話 1
老人四人と若者?二人は、台所の食卓に向かい合って座っていた。足元には仔犬のマロが跳ね回っている。老人四人のうちの一人、田中の爺さんだけが妙に落ち着き払っていて、マロを相手に遊んでいた。しかし、他の三人は違った。さっきから一度も瞬きをしていないのではないかと思うくらい三人が三人共カッと目を見開き、視点を戸田翔子の顔に集中させている。そして誰も一言も発せずにいた。三人はどうやって僕が戸田翔子と知り合ったのか、僕の話にずっと聞き入っていた。
僕の説明が一通り終わってから、漸くななえ婆さんが口を開いた。
「えーと、だから、名前は戸田翔子で、イラストレーター志望で、隣町の駅前の本屋に勤めているんだね?」
「はい、そうです」
「百貨店に勤めたことは?」
「ないですけど……」
「ない?」
「はい」
「本当に?」
「はい……」
「あのぉ、ななえさん、僕の亡くなった知人にも彼女はそっくりなんですよ。だから、彼女は原口幸子さんとは別人だと思います。世の中にはそういう不思議なことがあるんだと思います」
「はぁ、そうかい……」
僕がそう言うと、老人三人は意気消沈した。しかし、ななえ婆さんは、まだ諦めきれないのか、質問を続けた。
「出身は?」
「東京です」
「秋田じゃなくて?」
「はい」
「それで、今はどこに住んでるんだい?」
「駅裏のアパートです」
「家賃は?」
「六万五千円です」
「高っ」
「高いですか? 駅のすぐ傍でこの家賃だから、まぁまぁだと思ってたんですけど」
「ここは二万円だよ」
「えーっ……」
「それに光熱費込だからね」
「えー、いいですね……。実は今、アパートを追い出されかかってるんです、このマロのせいで……。大家さんに今朝も叱られました。犬を手放すか、出て行くかどっちかにしてくれって」
「そうなのかいっ?」
「はい……」
戸田翔子は困った顔をしているのに、ななえ婆さんは戸田翔子の窮状を聞いて、やけに表情が明るくなり、「なら、ちょうどいいじゃないか! ねぇ、家守さん!」と言って、大家の背中をバンッと叩いた。大家は「あ、ああ」としか答えなかったが、大家の表情も明るい。大家の隣に座り、一言も発していない蔵元の爺さんも笑顔になった。ちょうどいいってどういうことなのかと思ったが、多分そういうことなんだろうなと思っていたら、ななえ婆さんはそのことずばりを口にした。
「十号室が空いているから、そこに住めばいいよ。それに、犬のことなんか、誰も気になんかしやしないよ。犬よりもっとうるさく吼えるヤツが住んでるしね」




