第八話 10
そんな話をした後、僕は自室へ帰り、窓を開けて夜空を見上げた。すると、約一ヵ月ぶりに、夜空に満月が浮かんでいた。満月を見上げていると、僕は、どうしてだか居ても立ってもいられず外に飛び出し、空を見上げながら一人で散歩していた。そして、気付けば、あのいつもの楡の木のある公園に辿り着いていた。すると、どうだろう、一ヶ月前と同じように、ベンチに戸田翔子が座り、「ミリルの冒険」を読みながら、泣いているではないか! 僕は戸田翔子にそっと近寄り、声を掛けた。
「こんばんは」
戸田翔子は僕の顔を見ると驚き、そして泣いていたのを僕に見られたことを恥ずかしいと思ったのか、急いで袖口で涙を拭った。
「また、断られちゃった……」
「出版社に絵を持ち込みしたの?」
僕がそう訊くと、戸田翔子は黙って頷いた。
「僕は戸田さんの絵は素敵だと思うな。きっと、見たヤツの目が悪かったんだよ。もっと、自分に自信を持ちなよ。僕以外にも、戸田さんの絵を認めている人はいるんだから」
「え?」
「しかも、僕なんかより、ずっと絵を見る目のある人に認められているんだからね」
僕がそう言うと、戸田翔子はもっと不思議な顔をした。僕は、持参した手提げ袋の中から、一冊の本を取り出し、戸田翔子に差し出した。その本は、図書館から譲り受けたあの「宇宙から来たコロボックル・初版本」だった。
「その本のカバーの裏を読んでみて」
戸田翔子は僕に言われるまま、カバーを取り外し、裏に書かれてあるメッセージを読んだ。そこにはこう書かれていた。
「翔子ちゃんは、ママと同じように絵を描くのが大好きだよね。でも、翔子ちゃんは大人になったら、きっと、ママより上手で素敵な絵が描けるようになっていると思うよ。だって、今だってこんなに上手なんだもの。ママも翔子ちゃんの夢が叶うよう心から応援してるからね。翔子ちゃんが大人になったら、ママの本当の子供じゃないとわかるときが来ると思うけど、ママは世界中の誰よりも翔子ちゃんのことを愛してるよ。ママのところへ来てくれてありがとう。
大好きな翔子ちゃんへ ママより」
戸田翔子は、そのメッセージを読み、暫く硬直したように黙ってベンチに座っていた。そして、「どうして……」と一言、呟いた。
「この本のカバーにこんなメッセージが書かれているなんて、知らなかったんだろう? 僕も見つけたときは、びっくりしたよ。だからね、この本は、君が持っているべきだと思ったんだ」
「この本は私の本なの?」
「そうだよ。図書館の人に頼んで返して貰ったんだ」
「ありがとう……」
戸田翔子は、一言そう言うと、僕にしがみ付いて泣いた。




