第八話 8
翌朝、僕はいつもより早く起き、七号室の藤堂啓太に差し入れするために、台所で朝食を作っていると、出勤前の秋川緑と中村誠も、朝食をとるためにちょうど台所に入って来た。僕は中村誠の姿を目にした途端、警戒したが、その様子に気付いた秋川緑が、「大丈夫よ。もう解決したから」と僕にそっと耳打ちしてくれた。僕も「秋川さんが彼に何か言ってくれたんですか?」と訊き返したら、彼女は「うん、まぁね」と言った。そんな僕たちの会話を聞こえぬふりをしながら、中村誠は黙々と秋川緑と自分の分の朝食を作り続け、突然思い出したように、「篠原さん、お早う! 今日は天気がいいですね!」と言った。中村誠にそんな風に爽やかに挨拶されるなんて、気味が悪いと思ってぎょっとしたのだが、取りあえず僕も「そうですね!」と爽やかに返事した。それから、中村誠と秋川緑は仲良く食事し始めたのだが、なんだか解せないなと思いながらも、嫌がらせされるよりいいかと思った。
トーストと珈琲と目玉焼きとフルーツサラダをお盆に載せて、七号室のドアを叩いたら、意外にすんなりとドアが開き、気が付くと僕は藤堂啓太の部屋に招き入れられていた。藤堂啓太の部屋は機器類で溢れていた。作曲もするのかパソコン機器類に加えて、イコライザーやアンプもあった。
「音楽が好きなんだね」
「は、は、はい」
「藤堂君は大学生なの?」
「い、い、いや、ち、ち、ちがいます。そ、そ、卒業したけど、か、か、会社に、な、な、馴染めなくて、や、や、辞めました。い、い、今は、ほ、ほ、ホームページの作成で、お、お、お金を、も、も、儲けてます」
「凄いじゃん!」
「で、で、でも、こ、こ、このままで、い、い、いいのか、ま、ま、迷ってます……」
「家で仕事をして食べていけてるんだから、無理して外で働かなくてもいいんじゃないの」
「で、で、でも、や、や、やっぱり、ひ、ひ、人と会って、う、う、打ち合わせが、ひ、ひ、必要なことも、あ、あ、あります」
「そっか、藤堂君も色々悩んでるんだね」
「は、は、はい……」
「分かった。僕も君のために何が出来るか、色々考えてみるよ」
「あ、あ、ありがとう、ご、ご、ございます!」
それから、彼が作成したホームページを見せて貰っていたのだが、彼の作っている物はセンスも抜群でアカ抜けていて、しかしどこか可愛らしさのあるものだった。とてもじゃないがボサボサ頭の化け物のような風貌の男が作っているとは思えないような物だった。
「でも、藤堂君はどうやって、こういうことが出来るようになったの? 独学?」
「そ、そ、そうですけど、わ、わ、分からないことは、み、み、みなさんに、し、し、質問します」
「みなさんって?」
「し、し、質問箱みたいな、さ、さ、サイトが、あ、あ、あります。そ、そ、そこに、し、し、質問します。み、み、みなさん、し、し、親切です」
「そうなんだね。質問はパソコン関係だけじゃなくてもいいの?」
「も、も、もちろんです」
それを聞いて僕は、はたと思った、僕の探している物も見つかるのではないかと!
「あのね、僕、『宇宙から来たコロボックル』という絵本の初版本を探してるんだけど、自力じゃなかなか見つからないんだよ。質問箱に質問したら、情報が集まるかな」
「わ、わ、分かりませんけど、や、や、やってみたほうが、い、い、いいと、お、お、思います」
藤堂啓太は、そう言うやいなや、喋るよりも物凄くスムーズにパソコンのキーボードを打ち、さっそく質問箱に僕の質問を打ち込んでくれたのだった。返事が来たら、すぐに教えてくれると彼は言った。藤堂啓太は、僕が最初考えていたよりも、ずっと素直で純粋で、だからこそ、引きこもることになったのかなと思った。
それから、三日も経たないうちに、僕の質問に返事があったらしく、藤堂啓太は、長崎県在住のコレクターが二冊持っているから、すぐに一冊を送ってくれるそうだと教えてくれた。そして、僕は労せず、「宇宙から来たコロボックル・初版本」を手に入れ、その本を持って、区立図書館に赴き、事情を知っている例の司書のお姉さんに頼んで、僕が今持っている本を個人的に譲って貰ったのだった。




