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希望荘の住人  作者: 早瀬 薫
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第八話 5

 二人が台所でそんな話をしていたら、誰かが急に台所に飛び込んできて、「あー、いたいた!」と叫んだ。住井真紀の母親の伊吹慶子と父親の住井辰夫だった。

「あら、一人じゃないのね……。あっ、あなた、もしかして……浜本琢磨さん?」

「はい……そうですけど……」

 見知らぬ人間、いやどこかで見たことはあるような貴婦人にいきなりそう問われて、浜本琢磨は困惑していた。その様子を見た住井真紀は、二人は自分の両親だと彼に紹介した。

「浜本君がいるなら、ちょうど良かった。あのね、真紀、お父さんがどうしても真紀を連れ戻すと言うものだから、私もついて来ちゃったのよ」

「どういうこと? 昨日、大家さんやななえさんに説得されて、納得してくれたのかと思ってた」

 そう言って、住井真紀は父親を睨み付けた。

「お前には、やはり、この男ではなく、ST建設の社長になるのに相応しい人間と付き合って貰いたいんだよ」

 父親はそう言った。父親のその言葉を聞いて、住井真紀は恥ずかしくて、その場から逃げ出したくなった。よりによって、なんで浜本琢磨がいるところで、そんな勝手なことを親に言われなければならないのだろう? 彼とは結婚するとかしないとかいう前に、付き合ってもいないし、好きだということを告白してもいないのに! ああ、もうこれで、大失恋決定だと住井真紀は絶望的になった。そう思うと悔しくて情けなくて涙が零れてきた。

「お父さん! 勝手なことばかり言わないでよ! 先輩は、私が一方的に好きなだけで彼なんかじゃないのよ! それに先輩は立派な人だし、何も知らないお父さんが先輩を侮辱するようなことを言わないで! 私は自分で決めた人と結婚します。親が決めた人となんか結婚しない! 自分の人生くらい、自分で決めます!」

 住井真紀がそう叫ぶと、誰も何も言えなくなったようだった。ただ、伊吹慶子だけは、娘の涙を見てもらい泣きし、夫の住井辰夫に向かって言った。

「あなただって、そうだったじゃない。三十年前にここに住んでいた当時、私たちは貧しくて何にも持っていなかった。持っていたのは、大きな夢だけ。あなただって貧乏だったし、あなたが選んだのも貧乏な私だった。その選択が間違っていたとでも言うの?」

「い、いや……」

「浜本君はまだ若いわ。これから先、なんでもできるじゃない。私たちを追い抜くことだってできる。私は浜本君と真紀を信じてあげたいの」

 伊吹慶子がそう言うと、住井辰夫も「そうだな……」と言ってうな垂れた。真紀は両親を見て涙ぐんでいたが、「だから、先輩は私の彼でもなんでもないの! お願いだから、勝手なことを二人で喋って、先輩に迷惑を掛けないで!」と叫んだ。すると、驚いたことに、浜本琢磨は「いや、真紀ちゃん。迷惑なんかじゃないよ」と言った。そして「真紀さんのお父さん、お母さん、僕は建築士になれるように頑張ります。だから、真紀さんとお付き合いすることを認めてください」と言った。住井真紀は驚いて浜本琢磨を振り返ったが、両親を見つめる彼の真剣な眼差しに、嘘偽りなどないように見えた。住井真紀の目の前で、信じられないような出来事が起こっていた。住井真紀は、浜本琢磨を見て、さっきよりもさらに大きな声で泣いていた。


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