第七話 10
その後、程なくして、出口美紗と永井賢人は酔っ払ってテーブルに突っ伏して寝ていて、戸田翔子と杉田康介は他のテーブルの客の輪の中に勝手に入り、楽しくお喋りしていた。その一方で、今日は酔えないのか、秋川緑は、中村誠と向かい合って、静かにビールを飲んでいた。
「中村君、ありがとね」
「え? 俺、秋川さんに何かしましたっけ?」
「彼が結婚詐欺師だと分かって、殴ってくれたんでしょ」
「ああ、そうですね」
「私ね、本当は中村君は良い人間だって分かってるのよ。ただ、あなたは照れくさがりなのかもしれないね」
「そうなんですかね……」
「篠原君にもね、確かに嫌がらせをしてたかもしれないけど、でもあなたが陰で、彼がちゃんと更生できるかどうか心配してたことを知ってる」
「……」
「区のゴミの捨て方の冊子をわざわざ大家さんに貰いに行って、篠原君の郵便受けの中に入れたり、会社で貰ったお土産のお饅頭を田中さんに渡すときも、『篠原君も甘い物が好きみたいだから、田中さんがいらなかったら、彼に渡してください』と言ってたりしたでしょ。だから、中村君は翔子ちゃんにも多分、誤解されてるんだと思うんだよね」
「仕方がないですよ。恋愛は理屈じゃないから。俺だって、良い子だからという理由で、彼女のことを好きになったわけじゃない。なんでなのか分からないけど、ある日突然、好きになったんですよ、彼女が公園で笑ってたのを目撃して。俺はもしかして、好きな人を見て笑ってる彼女の笑顔が好きだったのかもしれない。僕を見て笑ってくれたことなんか、一度もないんですけどね」
「そうなんだ……、なんだか、切ないね……」
「そうかもしれないですね」
「ま、いっか。今日は私も失恋記念日になったし、とことん飲もっか?」
秋川緑がそう言ってジョッキを差し出すと、中村誠も深く頷きながらジョッキを差し出して、二人で乾杯した。




