第七話 9
着いた先は、言わずと知れた、戸田翔子と出口美紗が待っている居酒屋だった。秋川緑は、興奮で紅潮した顔で、居酒屋の引き戸を思いっきり力を籠めてガラッと開けたが、それを見た店主は、驚くと共に、「はぁ……」と諦めにも似た大きなため息を吐いた。戸田翔子も出口美紗も開いた口が塞がらないような状態だった。意気消沈している中村誠と、殴られて目が腫れあがっている結婚詐欺師の男が、何故この場所に二人同時に連れて来られているのか、全く訳が分からないようだった。今日は、この結婚詐欺師を捕まえるために作戦会議を開くのではなかったのか?
杉田康介は、まず、出口美紗の前の席に、しょぼくれてうな垂れている永井賢人を座らせると、「ほら、彼女に何か言うことがあるだろ」と言った。永井賢人は、蚊の泣くような小さな声で「すみません……」と言った。
「もっと大きな声で!」
「す、す、すみません」
「すみませんじゃない! ちゃんと金は返すと言え!」
「え?」
「え?って、当たり前だろ! 檻にぶち込まれたいのか!」
「は、はいっ! ちゃんとお金は返します!」
出口美紗は困惑しながらも頷いていた。
「それから、こっちも!」
杉田康介はそう言いながら、永井賢人の座っている椅子の向きを今度は秋川緑に向けた。
「申し訳ございませんでした。お金はお返しします……」
「本当に返すんだな? お前、分かってるのか? 二千万あるんだぞ?」
「な、な、何年かかっても返しますっ!」
「おう、それでいいんだよ」
杉田康介はそう言いいながら、秋川緑の方を振り向いた。秋川緑は、不服そうな顔をしながらも「仕方ないわね」と呟いたが、中村誠に向かって「今度はあなたの番よ」と言った。
「え?」
「今、ちょうど翔子ちゃんがここにいるんじゃないの。思い切って言いなさいよ。言わないのなら、あなたが篠原君に何をしてきたか翔子ちゃんにばらすわよ」
「わ、分かりました……」
「え? なに?」と戸田翔子は秋川緑に向かって言ったが、秋川緑は「中村君がね、翔子ちゃんに言いたいことがあるみたいだから、聞いてあげてくれる?」と言った。戸田翔子は、ほんの少し訝りながらも静かに頷いた。それを見て中村誠は口を開いた。
「あ、あの、俺はふつつかな男です。自分でもそれはよく分かってます。だけど、翔子ちゃんのことを想う気持ちは誰にも負けないと思っています。誰よりも翔子ちゃんを大事にしたいと思ってます。だから、俺と付き合って下さい!」
中村誠はそう真顔で真剣な眼差しで戸田翔子の目を見据えていった。戸田翔子は中村誠が告白している間、黙って真面目に聞いていたが、彼の言葉が終わると同時にふっと小さく息を吐き、口を開いた。
「中村君の真剣な気持ちはよく分かりました。私みたいな何の取り柄もない人間のことをそこまで想ってくれているなんて光栄だと思います。だけど、この間も言ったように、私には好きな人がいます。もう一生会うことも叶わない人かもしれないけど、私はその人のこと以外、好きになれないんです。勿論、その人を超えるような人が現れたなら、新しい恋をすることもあるでしょう。でも、それは残念ながら中村君じゃないです。友達にはなれるかもしれないけど、恋人にはなれません。好きという気持ちは自分ではどうすることもできません。ごめんなさい」
戸田翔子がそう言った瞬間、店の中は水を打ったように静まり返ったが、中村誠は、もう答えは分かっていたという風に頷き、「翔子ちゃん、真面目に返事をしてくれてありがとう」と静かに語った。その中村誠の言葉を合図に、店主は、「今日は俺からみんなにビールを一杯ずつ奢るから、遠慮なく飲んでくれ」とカウンターの奥からジョッキビールを次々と差し出した。




