第一話 7
それから、暫くの間、悶々としていたが、彼女には一回も会えずじまいだった。何もかもが限界に来ていた。どうしても、もう一度彼女に会いたい、そう思い悩んでいたら、白々と夜が明けてきていた。その日の朝の天気は快晴だった。こんなに良く晴れて、眩しいくらいの太陽が出ているのに、僕は昼頃まで寝ていて、目が覚めたら空の随分高い所に太陽があった。起きた時、目の前に家守の爺さんの顔があってびっくりした。家守の爺さんは心配そうな顔をして僕の顔を覗き込んでいた。
「おい、兄さん、大丈夫か? いつも早起きなのに、こんな時間まで寝てるなんて、熱でもあるんじゃないのかい?」
「い、いえ、大丈夫です。昨日、眠れなくてずっと起きてたんです」
「おお、そうか。それならいいんだけどね」
「家守さん、ビラ、ありがとうございました」
「見てくれたのかい?」
「ええ。でも、もうちょっとだけ考えさせて下さい。考えてみた後に、決心がついたら下宿に住まわせて貰ってもいいですか?」
「『古い、臭い、汚い』下宿だけどな。まぁ、雨はしのげるよ。決心がついたら、いつでも来なさい」
「はい、ありがとうございます」
僕がそう言ったら、「そいじゃあ、峰岸に頼みたいことがあるから、失礼するよ」と言って、去って言った。
僕は塒の材料にしているブルーシートと段ボールを片付けると、公園の隅に片付けに行った。そして、昨日の夜、コンビニのゴミ箱で見つけた廃棄されたパンと、水筒代わりにしている公園の水を入れたペットボトルを片手に、いつもの川縁を散歩し、適当なところを見つけると腰掛けた。
今日の太陽はいつもより特に眩しい。空は澄み渡り、風も暖かく心地良い。生きているのが辛いはずなのに、こんな日は気持ちが良いと思える。そして、そんな自分が悲しかった。沢野絵美はすでにこの世の人ではなく、彼女のいない世界を気持ちが良いと思う自分が悲しかった。
でもどうして沢野絵美が亡くなった時、僕は自分の命を断たなかったんだろう? 祖父は死際に、「いいか、あの話の続きは自分自身で探すんだぞ。これはお前の人生で一番大事なことだ。お前の人生の最大の転機になった時、それは訪れる。決して見逃してはならないぞ。大切なものを見つけたとき、お前の人生はより豊かになるだろう」と言い、祖母の遺言書にも「これだけは守ってください、お祖父ちゃんと約束したことを守るということを。『一番大切なもの』を必ず見つけてください。そうすれば、あなたはきっと幸せになれるでしょう」とあった。それらの言葉が気になっていたから、今も生きているのだろうか? いや、違う。沢野絵美の「夢を諦めないでほしい」という言葉が、ずっと心に引っかかっているからである。祖父と祖母の現実味のない話より、沢野絵美が僕に残した言葉が、今も僕を生かしていた。僕が彼女の後を追って自殺したり、一人取り残されて嘆き悲しんだりすることを、沢野絵美が喜ぶはずがない。立ち直って夢を叶えて欲しいと思っているはずだ。だから僕は今も生きてるのだ。