第七話 6
気付けば、僕はスーパーに向かい、酒を買っていた。峰岸爺さんに会いに行こうとしていた。峰岸爺さんは、おそらく位が昇格して、今は公園ではなく橋の下で寝ているのだろうと思う。僕は土手に沿い橋の下に向かって歩いていた。するとそこで、一月に一度行われる恒例の中古家電のフリーマーケットが行われていたので、僕は大勢の人間で賑わっている中、店主の峰岸爺さんの姿を捜した。峰岸爺さんを捜していて、またもや、悩みの種である戸田翔子の姿を見つけてしまった。しかも驚いたことに、彼女は峰岸の爺さんといつの間にやら仲良くなっていて、二人で談笑しているではないか。彼女の足元には仔犬がいて、子供たちが仔犬相手に遊んでいた。
「あ、篠原さんだ!」
以前、公園で何度か一緒に遊んだ子供たちが僕の姿を見つけて叫んだ。彼らは、僕が話して聞かせた法螺話が余程面白かったのか、また、僕に話してくれとせがんできた。彼らの横で、母親たちも笑っている。仕方がないので、僕は子供たちの輪の中に入り、また面白おかしく法螺話をしていたら、戸田翔子も峰岸の爺さんも一緒になって笑っていた。そんな彼らを見ていて、いつも戸田翔子が肩から提げている大きな布製の鞄が目に入り、彼女にスケッチブックを貸してほしいと頼んだ。彼女は「え?」と驚きながらも貸してくれたのだが、僕は、彼女のスケッチブックに描かれているイラストを子供たちに見せると、ページを捲りながら描かれている絵に合わせて即興で話を作って聞かせた。子供たちや母親たちだけでなく、戸田翔子や峰岸の爺さんも僕の話を夢中になって聞いていた。即興で話を作ったが、実は今書いている童話を基に話をしただけだった。けれども、話はまだ完結していないので、最後まで話すことはできない。僕は「じゃあ、今日はここまで。続きはまたのお楽しみに」と言ったら、みんなが一斉に「えーっ!」と残念がった。騒いでいる子供たちをよそに、僕は「お終い、お終い!」と言って解散させた。しかし、戸田翔子は、話の続きが余程気になったのか、僕にこっそり質問してきた。
「それで、約束の場所に、ちゃんとお姫様は現れるの?」
「いや、続きはまだ、決まってないんです」
「でも、きっと現れるよね?」
「僕もそうあってほしいと思ってますけど」
「でも、来なかったら、まるでロミオとジュリエットみたいね」
「そうですね」
「せっかく何年も旅をしてきて、やっと大切なものが何なのか分かって帰って来たのに、会えなかったら悲劇だね」
「まぁ、そうですね」
「でもね、私、この話を知ってるような気がするんだよね」
「え?」
「前にも同じようなことがあったの、私が小学生の頃に。近所の中学生のお兄ちゃんがね、小さな男の子に話して聞かせてたの。そのお兄ちゃん、すごく優しいお兄ちゃんで、いつも近所の小さい子供たち相手に遊んであげるような男の子だった。そのお兄ちゃんが話して聞かせてくれた話にすごく似てるような気がする」
「そうなんですか」
「そのお兄ちゃんね、いつも小さい男の子と一緒だったんだけど、ある日公園に二人とも来なくなって、心配してたのよ。でも、通りを歩いていてばったり会ったことがあったから、なんで公園に来なくなったの?と訊いてみたけど、ただ悲しそうに俯いて何にも答えてくれなかった。私が中学一年まで、何度か見かけたこともあったけど、引越したのか、それ以来、一度も会えなかった。その後、私も引越したしね」
戸田翔子はそう言いながら、篠原正義の横顔を見つめていると、心のどこかで、その憧れだったお兄ちゃんの面影が、彼にあるような気がしていた。けれども、あのお兄ちゃんは、優しいだけでなく容姿も完璧で、ポチたまのポチのようなもっさい篠原正義とは似ても似つかない美男子だった。
「まさかね……」と、戸田翔子は一人呟いた。




