第七話 5
古本屋によって、取り扱う本に特徴があるのにはあるのだが、この神保町の古本屋街には今までも何度も足を運んでいるとはいえ、全部の店を把握しているわけでないので、僕は途方に暮れていた。取りあえず、古本屋地図を作って、成果が無かったところは☓印を付けていくことにした。しかし、神保町だけでなく周辺の水道橋や御茶ノ水の駅付近にも店はあるし、本郷や早稲田にも古本屋街はある。探すところは果てしなくあった。電話で訊くのもアリかなとは思ったが、プータローにそんな金の余裕はなく、時間だけはたっぷり余裕があるので、とにかく、一軒一軒歩いて地道に探すしかないと思った。しかし、元々本好きの自分、古本屋に入ったら最後、隅々まで蔵書を調べなければ気が済まず、中には浮世絵全集やら絶版になっている珍しい童話も多々あったりして、そういう物を発見する度に見入ってしまい、余計な時間がかかってしまうのだった。そんなことをしているから、結局、一軒に長居してしまって、調査が遅々として進まない。それでも、古本屋巡りは楽しいなと思いながら通りをフラフラ歩いていた。
すると突然、僕は凸凹も何にもない平坦な道で、盛大に素っ転んでしまった。今朝みたいに、中村誠に足を引っかけられた訳でもなく、近くに人はいないにもかかわらずである。しかし、すぐそこにバナナの皮が落ちているのに気付いた。なんと、僕は、バナナの皮を踏んで転んだのだった。こんなところにバナナの皮なんか捨てるなよ!と憤りながら、近くのコンビニのゴミ箱に捨てたら、店員に睨まれた。そんな目で見られてもなと思いながら、僕はその視線を無視したが、振り返って前方を見たら、こちらを窺いながらにやけた顔でバナナを食べている人物が目に入った。僕はその人物の顔を確認して、心底うんざりするとともに超ムカついた。どうやって僕の居場所を嗅ぎつけるのか、またもや恐怖の中村誠がそこにいた。もう本当にしつこいったらありゃしない。しかし、こんなヤツをまともに相手にしてなるものかと思った僕は、彼を無視し、調査を続けた。けれども、店を出る度に、紐を張られて転ばされたり、押しピンをばら撒かれていて靴底に大量に刺さったり、中村誠の首根っこを抑えてへし折ってやろうかと思うくらい毎度頭に来た。しかも、その日一日中古本屋巡りをしたにも関わらず、これといった成果もなく、本屋を出る度に、中村誠に嫌がらせをされ続けたので、気の長い僕もいくらなんでも最後には堪忍袋の緒が切れ、走って逃げる中村誠を追いかけ、気付けば彼の胸倉を掴んでいた。
「おい、お前! いい加減にしろよ!」
僕がそう言うと、中村誠は顔を背け「ふん!」と言った。
「お前も俺も戸田翔子には相手にされてないんだよ! 現実を受け入れろよ! 俺を標的にしたって何の得にもならないぞ! なんでお前は俺にしつこく付き纏うんだよ!」
「……」
「いい加減、目を覚ませ!」
「あんたはアイツにそっくりだからだ」
「?」
「彼女には、昔から好きなヤツがいたと言ってただろう?」
「ああ、そう言えば、確かそんなことを言ってたな」
「俺はソイツを見たことがあるんだ。そのときのアイツにあんたはそっくりなんだよ!」
「……」
僕は、中村誠にそう言われて、何も言い返せなかった。気が付けば、胸倉を掴んでいた手の力は緩み、彼はするりと僕の手から逃れると、すごすごとその場から離れた。
僕は中村誠にそう言われて喜ぶどころか、すごく惨めだった。戸田翔子が好きな男に僕が似ていると言われたところで、彼女が好きなのは僕ではないし、僕は定職もなく夢を叶えた訳でもないうだつの上がらない男に違いなかった。現状から言えば、中村誠のほうが、すべての面で僕より優れている。それなのに、彼は僕を警戒し嫌がらせをし続けている。どうして、こんなことでいちいち頭を悩ませられなければいけないのか? 僕は戸田翔子に嫌われているというのに……。僕は、自分が、一体何を考え、何をすればいいのか、頭の中が混乱していた。




