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希望荘の住人  作者: 早瀬 薫
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第七話 1

 住井真紀は、両親と大家と共に、大家の部屋の居間に四人で座っていた。座卓を挟んで両親と向かい合って座っていて、暫くの間、睨み合いをしたまま、お互い一言も言葉を発していない。大家もそんな険悪な雰囲気の中で、どうしたものかと様子を窺っていた。

 一方、ななえ婆さんは、大家の部屋の小型キッチンに一人立ち、かいがいしくお茶を入れ、老人会で貰った饅頭と共にお盆で運び、みんなにお茶を配った。そして、住井真紀の横に座るなり、「まぁ、娘は元気で無事だったんだからいいじゃないか」と言うと、住井真紀の父親、住井辰夫は、「はい、と言いたいところだけど、原口さん、今回ばかりはそういう訳にはいかないです」と言った。


「そうね。いくらなんでも簡単に許すわけにいかないわ。半年以上も家に帰っていないんだから」

「でも、真紀は連絡はしてたんだろう?」

「一回だけ、公衆電話から電話がかかってきたわね。捜索願を出そうにも、成人してるから警察は相手にしてくれないし、探偵事務所にもお願いしたけど、友達とも一切連絡を絶ってるから調べようがないって、お手上げ状態だったんです。でも、この子の友達から、真紀に最近ばったり会って、元気にしているという話は聞けたから、少しは安心してたんですけど……。でも、住んでる所は教えてくれなかったと言ってたので、それを聞いてがっかりしていたんです」

「そうなのかい。でも、なんでまた、真紀は家出しようなんて思ったんだい?」

「見たことも話したこともない男と結婚しろと言われたから」

「えっ? 辰夫がそんなことを言ったのかい?」

 ななえ婆さんがそう言うと、住井真紀は父親を睨み付けながら、無言で頷いた。

「ちょっとさ、今時、そりゃないね! あたしでも、一回も見たこともない男と結婚しろと言われたら断るよ」

「でも、申し分のない良い男なんですよ。頭も良くて、仕事も出来るし、そのうえ性格も良い。将来うちの会社を継ぐに相応しい男なんです」

「辰夫じゃなくて、真紀が気に入らないんだからどうしようもないじゃないか。辰夫がその男と結婚するんじゃないんだからさ」

 ななえ婆さんがそう言うと、住井真紀は「うん、うん」と頷いた。

「それでね、真紀、麻利絵ちゃんから聞いたのよ」

「何を?」

「あなた、好きな人がいるそうね」

「えーっ! そんなこと、私は麻利絵に一言も言ってないわよ!」

「あら、そう? でも麻利絵ちゃんは言ってたわよ。彼女は、あなたに好きな人がいるから、お見合い結婚なんて止めてあげて欲しいって。好きな人がいるなら、どんな人か教えてほしいわ」

「ママ、やめてよ! 今、ここでする話?」

「事情があって大学を辞めてしまってはいるけど、あなたと同じ大学の建築学科にいた先輩だそうね? その人が良い人なら、ママは味方してあげてもいいと思ってる」


 住井真紀は、畑中麻利絵のせいで母親にそこまで知られていることを苦々しく思いながらも、お見合い結婚を阻止するための彼女なりの気遣いだったんだろうと思うと、親友に感謝せざるを得ないのだった。しかし、父親の住井辰夫は違った。そんな話は今初めて知ったぞ!と言うような驚きと怒りの表情を見せていた。

「建築学科で大学中退って……もしかして、ここに住んでる浜本琢磨かい?」

 ななえ婆さんは、空気を読まずに住井真紀に訊ね、彼女は恥ずかしさのあまり、俯いてしまった。

「あの子は、良いヤツだよ。良く働くし、気立てもいいし。あの子だったら言うこと無しだよ」

 ななえ婆さんは、住井辰夫に向かってそう言った。すると、住井辰夫は「とんでもない!」と憤慨し、「今すぐ下宿を出て家に帰りなさい!」と叫んだ。すると、それまで黙ってみんなの話を聞いていた大家が急に口を挟んだ。

「いやね、辰夫君、俺もそう思うよ。浜本君はいい青年だよ。あの男なら安心だ。この子のこともね、赤ん坊のときに一回会ったきりだったから、あんたらの娘だと最初は気付いてなくてね。でも、住井という名字だと聞いて、もしかしたら辰夫の娘じゃないかとうすうす思ってたんだけどさ、雨の中、公園でずぶ濡れになってベンチに座ってるし、一文無しだと言うし、いろいろ事情を訊いてやってたら気の毒になって、こりゃ、黙ってうちに置いてやるのがいいかと思って、あんたらに連絡しなかったんだよ。すまん、俺のせいで心配させたな」

 大家のその言葉を聞いて、住井辰夫も伊吹慶子も「はぁ……」と驚き、絶句した。

「でもさ、これからは俺がちゃんと責任を持ってこの子の面倒をみるし、この子に何かあったら、俺からもすぐに連絡を入れるし、だから、もうちょっとここに置いてやってくれないか。この子が自分から家に帰りたいと言うまで」

「うん、あたしからも頼むよ」

 旧知の恩人の大家やななえ婆さんにそう言われると、住井辰夫も伊吹慶子も何も言葉を返せないのだった。


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