第六話 11
大家の家守健三は、二人の超有名人の客を前に、自室の居間で三人で楽しく歓談していた。二人の超有名人のうち、一人は中年のがっしりとした体格のダンディな男性で、もう一人は、この世のものとも思われないような光輝くオーラを纏った美しい女性だった。大家が用意した茶菓子は、近所の知り合いから貰った賞味期限切れの粗目付きカステラだった。有名人の客に賞味期限切れの茶菓子を出すなどと、普通では考えられない行為だが、しかし客のほうでもその事情は既に承知していて、「懐かしい」と言っては喜んで食べていた。
「もう一度、このカステラを食べられるとは思いませんでしたよ」
「ああ、そうか。このカステラもしょっちゅう手に入るわけじゃないから、前に来たときは、食べられてなかったんだな。作ってるやつも年寄りだから、いつポックリ逝くとも限らないし、貴重な品かもしれん」
「はははは、冗談が過ぎますよ。いや、大家さんも相変わらずお元気そうで安心しました。蔵元さんもお元気ですか?」
「ああ、アイツは殺しても死なないだろうよ。相変わらずぴんぴんしてるよ」
「原口さんや田中さんも?」
「ああ、一緒一緒」
「でも、最近、忙しくて、ここにもご挨拶にあまり来られなくなって、申し訳ありませんでした。ここにいた当時は随分お世話になったのに……」
「何を謝ることがあるんだよ。あんたらの活躍は本当に目を瞠るものがあるよ。いやさ、話題になってるから、新宿のビルにもこの間、行ってみたんだよ。はー、凄いね。あんなもんが人間の手で作れるもんなんだなと感心したよ」
「そうですよ。作ったんですよ」
「慶子ちゃんの映画もさ、俺は、毎回ちゃんと映画館に見に行ってるからね。この間の戦時中の話のやつは、特に良かったねぇ。感動したよ」
「ありがとうございます」
「あんたらは、まぁ、俺の子供のようなもんだからさ、頑張ってるのが嬉しくてね」
「そんな風に言っていただけたら、仕事のし甲斐もあります」
超有名人の二人の客とは、ST建設社長と女優の伊吹慶子だった。三人でそんな話をしていたら、大家の部屋のドアをドンドンと叩く者が現れた。大家がドアを開けて確認したら、老人会の会合で貰った饅頭を山ほど抱えたななえ婆さんがそこに立っていた。
「あーっ! 慶子じゃないか! 辰夫もいるし!」
「原口さん! お久しぶりです! お会いできて嬉しいです! 後で、お部屋に伺おうとは思ってたんですよ!」
「昨日ね、今ここに住んでる子らと夕飯を食べてたんだけど、たまたま、あんたたちの話題になって盛り上がってたんだよ。あんたたちがここに住んでたことを教えてやったら、『凄い!』と言って興奮してたんだよ」
「えー、なんだか恥ずかしいなぁ」
「あんたたちは希望荘の誇りだよ。ねー、家守さん!」
「おお、そうだそうだ」
「ちょっとさ、今から、上に上がらないかい? あんたたちをあの子に紹介したいんだよ。田中の爺さんにも会いたいだろ?」
「ええ、でも……」
「家守さんよ、また、後からこの子らを返すから、先に借りていいだろ?」
「おお、好きにしろ」
そういう経緯で、三人は下宿の階段を上ったのだが、階段を上り終えたところで、有名人の客二人の顔が凍り付いた。廊下の真ん中に、そこにいるだろうことを想像もしなかった人物が立っていたからだった。その人物と有名人二人は顔を見合わせたまま、暫くの間、絶句していたが、やがてその人物は口を開いた。
「どうしてパパとママがここにいるの!?」
その人物とは住井真紀だった。
第七話へ続く




