第六話 5
大家から貰った激安商品のチラシ片手に夕飯の買い出しに、いつもは行かない下宿から離れたスーパーへ行き、戦利品を抱えてホクホクしながら帰っていたら、ふと書店の看板が目に入った。国語の教師をしていたくらいだから、やはり書店の看板を見ると、身体が吸い寄せられるように書店の中へと勝手に動いた。そして、僕は自動的に児童書が並んでいる書架の前に行き、立ち読みしているのだった。ふと視線を感じて振り返ると、なんとそこに戸田翔子が立っていた。しかも彼女は、この書店の店員らしく、エプロンと名札を付けていた。
「こんにちは」
戸田翔子はごく普通に僕に挨拶した。
「こ、こんにちは……。と、戸田さんは、こ、ここに勤めてい、いら、いらしたんですね」
僕がおずおずしていると、戸田翔子は怪訝な顔をしたが、「そうですよ。言ってなかったかな……」と首をかしげながら言葉を続けた。
「もういい加減、私に慣れて貰えるかな」
「す、すみません」
「童話好きな人に悪い人はいないわよ。私、篠原さんの謙虚なところ、いいと思うわ」
「え……」
「篠原さん、童話、ちゃんと書いてますか? 完成したら是非見せてくださいね!」
そう戸田翔子は満面の笑みで言い、呆気に取られている僕を置いて、仕事に戻って行った。
ふと、児童書の佐藤みつるコーナーに、可愛い手書きのポップが貼られているのが目に留まった。そこには「待望の新作入荷! 夢の国で、カラッポ大王大暴れ! 手下たちはカラッポ大王の言いつけ通りに果たして財宝を探し出せるのか!? それともムチ百叩きのお仕置きを受けるのか!? 乞うご期待!」とあった。しかも、裸のカラッポ大王はデフォルメされて本物より面白おかしく描かれていた。この間、図書館でイラストを見せて貰ったし、このポップのイラストはどう考えても戸田翔子が描いたに違いなかった。僕は、いつの間にかポップを見て「ぷっ」と吹き出していた。
容姿はそっくりなのに、戸田翔子は沢野絵美とまるで正反対の性格をしていた。泣いたり笑ったり怒ったり、忙しい戸田翔子。優しくおっとりしていた沢野絵美とは随分違う。随分違うのに、どこか彼女に惹かれ始めている自分に気が付いていた。そんな自分を決して認めたくはなかったのに……。




