第六話 3
浜本琢磨は自分の預金通帳とにらめっこしていた。どうやったって、三千五百万円なんて貯まりっこない金額だった。通帳残高はその十分の一にも満たない百五十万円だった。一体全体、親父はどうやってこんな借金を作ったんだろう? 新聞配達とカフェとレストランを掛け持ちしているのに、家に仕送りして自分の生活費を払っていたら、とてもじゃないが一月十万円を貯金するのがやっとだった。父親は破産宣告しているから、借金を返す必要はないとはいえ、工務店を建て直してもう一度商売を再開させるには、取引先の協力が不可欠だった。借金を返さねば、取引先の信用を回復することなど到底不可能に違いなかった。とにかく、今のような不安定な仕事の仕方では先行きが暗いことは分かっているので、どうにかしなければならないと焦っていた。
「あ、母さん、元気? 父さんの具合はどう?」
浜本琢磨は久しぶりに実家に電話を掛けていた。
「うん、結構良くなったわよ。来週、退院だって」
「それは良かった」
「でも、リハビリはしなきゃいけないから、当分通院するみたい」
「そっか」
父親は知り合いに紹介してもらった大工仕事をしていて梯子から転落し、足を骨折して入院していた。
「それはそうと、いつも仕送り、ありがとうね。無理しないでいいのに。こっちはなんとかやってるんだから」
「無理なんかしてないよ」
「無理してないフリをしてるだけでしょ。あんたは昔から我慢強い子だったものね」
「でも、親父、なんであんなに借金作ったんだろうな……」
「お人好しだから、仕事仲間の関口さんの借用書に判子を押しちゃったのよ。ゼネコンの下請けの仕事が入って来たから大量に資材を発注したのはいいけど、結局、何が原因なんだか、急に契約更新が取りやめになって、いらない資材と借金だけが残ったのよ」
「それで、今、関口のオジサン、行方不明になってるんだろ?」
「うん。ごめんね。琢磨には迷惑を掛けるわね……」
「別にいいよ。父さんが良くなったら、俺も田舎に帰って、大工の仕事を手伝おうかな」
「え? 帰って来るの? 建築士になるんじゃなかったの?」
「……」
「お金はいいから、勉強、頑張りなさい。こっちのことは心配しなくていいから」
「う、うん……」




