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希望荘の住人  作者: 早瀬 薫
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第六話 2

 中村誠は、週刊シュートが追っている連続放火犯の取材と称して、戸田翔子を見張っていた。戸田翔子は今日は丸一日アルバイトの予定なのか、朝からずっと書店で働いていた。このまま見張っていたところで、戸田翔子は別の動きをしないだろうなと思いつつ、書店の前から離れられないでいた。何故なら、書店の真向いに放火犯とみられる男が住んでいるマンションがあるからである。要するに、戸田翔子を見張りながら、本当に仕事がらみの連続放火犯の見張りをしていたのだった。だから、もし戸田翔子が中村誠の取材を手伝うことを引き受けてくれていれば、マンションのベランダが丸見えの書店の中で居座っていても怪しまれないで済んだのである。しかも書店は五階建てで、上階の窓際は倉庫になっており、そこに忍ばせて貰えれば、窓から双眼鏡を使って、放火犯の男の部屋の中を垣間見られるチャンスもあったかもしれないのだった。けれども、戸田翔子に普通に断れるならまだしも、こっぴどく拒絶され、しかもこっちの仕事を軽蔑しているようなことまで言われる始末。確かに、盗撮しようとしてるなんて犯罪まがいのことをしているのかもしれないが、あの男が本当に犯人ならば、もしかしたら表彰ものの善行をしているかもしれないのに!と思っていた。中村誠はイライラを紛らわせるため、戸田翔子に見付からないように煙草を吸いまくっては、携帯灰皿に吸い殻を投入し続けていた。


 しかし、何故自分は、もっと戸田翔子に詳しく状況説明をして、協力してほしいと言わなかったのだろう? 昔からそうだ。昔から、彼女に誤解されるようなことばかりして、好かれるどころか嫌われるようなことになっていた。確かに、中学生のときも彼女を尾行するようなことをしていたかもしれないけど、でも、彼女に目を付けた女番長グループが後をつけ狙うようなことをしていたから、自分も彼女にストーカーまがいのことをして見守っていただけだった。それなのに、彼女に誤解されたまま、やっぱり弁解しなかった。なんでなんだろう? ただ、説明するのが面倒だからなのだろうか? いや、結局、自分は見栄っ張りなだけなのだ。戸田翔子のことが好きで好きでたまらず、臆病なくらい神経質に彼女のことを心配していたことが、彼女にばれるのが怖かったのだ。やはり、自分は虚栄心の強い男なのだと思う。


 けれども、中村誠がここで見張っていることは、戸田翔子にも出口美紗にもとっくの昔に知れていて、二人とも仕事の合間に中村誠を窺ってはガンを飛ばしていた。出口美紗にも戸田翔子に自分が嫌われているということはとっくにばれているらしい。好きな人に好かれるには一体どうすればいいのだろう?と中村誠がそんなことで頭を悩ませていたとき、漸く向かいのマンションの男に動きがあった。

 男は誰かと携帯電話で話しながら、マンションの玄関を出て徒歩でどこかに向かっている。中村誠は彼に気付かれないように、尾行し始めた。放火犯だと見られる男の職業は、歓楽街のバーの客引だとすでに調べが付いていた。彼の電話相手は、話の内容から察するに、どうやらバーの店主らしい。しかし、このバーはぼったくりで客と揉め、度々警察沙汰になるような騒ぎを起こしていた。白か黒かどちらにしても、胡散臭い感じがこの男には漂っていた。尾行するなら、やはり店の営業が終わった真夜中のほうがいいかもしれない。放火の現場を激写するほうが手っ取り早いというものだろう。しかし、もう少し周辺取材もして紙面を埋めるようなこともしなければ……などと考えていたら、視界の中に急に見知った男の姿が飛び込んできて驚いた。奥さんと連れ立って歩いている会社の先輩、永井賢人だった。いつも仕事で忙しく飛び回って碌に家に帰れていないと聞いていたから、今日は昼間から奥さんとデートをしているのだなと思って一瞬微笑ましく思ったのだが、よく見ると隣の女性は奥さんではなかった。見知らぬ女性だった。しかし、永井賢人とその女性の間柄は、随分親密なもののように見えた。身体をぴったりとくっ付くように添わせ、腕を組んで歩いている。どう見てもただの知人という関係ではないように見えた。中村誠は、その場で呆然と立ち尽くした。


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