第五話 7
十五分後、僕はななえ婆さんの部屋で、また七輪を囲んで炭を投入し火を起こしていた。今度は火災報知器が反応しないように、窓を全開にし、煙を追い出すために、扇風機を窓に向かってかけていた。
「はー、心臓に悪いよ……」
「何がですか?」
「わたしゃ、男前は苦手なんだよ。しかし、勿体無いねぇ。なんでこんなゴミ溜めにあんたみたいなのがいるんだか……」
「ゴミ溜めと言えば、大家さんも言ってたけど、この下宿、どこからか悪臭がしますよね」
「そうだろ? 開かずの間の十号室は、実は殺人が行われた死体部屋で、今もそこに死体が転がってたりするんじゃないかね」
ななえ婆さんはそう言って、不気味な笑みを浮かべた。
「えっ……」
「はははは、冗談だよ」
「もう、やめてくださいよ。本気にするじゃないですか」
「でも、実際、十号室は幽霊部屋みたいなものだし、この下宿が化け物屋敷という噂は、あながち嘘とも言い切れないね」
「え?」
「だって、田中の爺さんだって、十分化け物みたいじゃないか」
「そう言われればそうですけどね」
この間、スプリンクラーから水が放出されたので、ダメになったものを大量処分したと言っていたのに、ななえ婆さんの部屋は物で溢れかえっていた。天井まである背の高い本棚みたいな棚に、何でもかんでも突っ込まれていて、たたんだ洋服やら雑誌やら新聞やら食材やら訳の分からない雑貨やら全部いっしょくたに収納されていた。ななえ婆さんは、その棚の中段辺りに手を突っ込むと、アジの干物を取り出し、七輪で焼き始めた。僕は、バターと一緒にアルミホイルでくるんだエノキやシイタケやシシトウを、アジの干物と一緒に金網の上に置き、今か今かと焼けるのを待った。暫くして、ななえ婆さんが「ほら、焼けたよ! 食べな!」と言ったので、僕はジャーからご飯を茶碗によそうとななえ婆さんに渡した。それと同時に、天井の蛍光灯が消え、ななえ婆さんが付けっぱなしにしていたテレビの電源が落ち、扇風機が止まった。
「また停電かな? この下宿、よく停電になりますよね」
「違うよ。ブレーカーが落ちただけだよ。また後で、あたしが直しておいてやるよ」
「いや、僕が今、上げてきますよ。暗い中でご飯を食べるわけにいかないし」
「じゃあ、頼むよ」
おかしいな、トースターを使って魚を焼いているのならともかく、七輪で魚を焼いていただけなのに、と考えながら、廊下の突当りにあるブレーカーを上げた。部屋に戻ると、ななえ婆さんは、座卓の上に新聞を置き、その上にアルミホイルを載せ、そのまた上にアジの干物を載せて僕のほうに差し出した。しかし、今回のアジの干物も予想外に美味しかったので、ちょっとばかり感動していた。
「な、この干物、なかなかいけるだろ?」
「この間の箱根のも美味しかったけど、これもいいですね」
僕は、ななえ婆さんと夕闇の中、二人で干物を頬張っていた。なんだか、この光景は前にも経験したことがある、そんなデジャブのような感覚に陥っていた。がしかし、さっきから何か忘れていると思いつつ、そのままにしていたら、また警報機が鳴り、天井のスプリンクラーから大量の雨が降って来た!
「うわあああああ!」
「まただよ! ちくしょう!」
僕たち二人は、夕飯を食べるのに必死で忘れていたのだが、さっきの停電で止まっていた扇風機を付け忘れ、部屋の中に煙が充満していたのだった。また下宿中で大騒ぎになり、大家にこっぴどく叱られたのは言うまでもない。




