第五話 6
夕方になったので、台所で夕飯を作ろうと、勢いよく部屋のドアを空けたら、ドアの前に何か置かれていたのか、ドアに当たってゴンッと大きな音がした。ドアはほんの少し開いただけだった。仕方がないので、僕は満身の力を込めて、内側からドアを押した。それでもびくともしないので、ほんの少しのドアの隙間から、「誰かーっ! 助けてーっ!」と叫んだ。そしたら、六号室のななえ婆さんがたまたまトイレから出てきて、「あれ? 部屋の中にいるのかい?」と言った。
「はい! います!」
「てっきり、あんたが粗大ごみに出そうと思って、自分の部屋の前にタンスを置いてるのかと思ってたよ」
「え? タンスが置いてあるんですか?」
「うん」
そんな会話をしていたら、浜本琢磨がたまたま外から帰ってきていて、「何をやってるんですか?」と言った。
「閉じ込められてるんだよ!」
「ああ、そう言えば、このタンス、三時間くらい前に、中村さんが部屋から運び出してましたよ」
僕はそれを聞いてげっそりした。中村誠が僕に嫌がらせをしたに違いない。とにかく、今回は、浜本琢磨にタンスをどけてもらって、無事に部屋から脱出できたのだが、もしかして、戸田翔子が中村誠の彼女にならない限り、嫌がらせされ続けるんだろうか? そう思うとうんざりした。
ななえ婆さんは僕が救出される一部始終を呆れた顔で見ていたが、「あんた、アイツに何かしたのかい?」と訊いてきたので、「何もしてませんよ! 彼は勘違いしてるだけです!」と言っておいた。浜本琢磨は、僕を助け出してくれると、颯爽とまたバイトに向かった。
僕は腹が立ったので、タンスを中村誠の部屋の前にドアを塞ぐように置いてやった。重いタンスを動かしていたら、汗が噴き出したので、洗面所で顔を洗っていると、後ろにななえ婆さんが立っていて、「今日、いい干物が手に入ったんだよ、田中の爺さんからのもらい物だけどさ。また、一緒に食べるかい?」と訊いてきたので、僕は「はい! 喜んで!」と言い、顔をタオルで拭きながら、笑顔でななえ婆さんの方を振り返ったら、ななえ婆さんが、恐いものでも見たかのように硬直して突っ立っていた。
「ど、どうかしたんですか?」
「あ、あわわわわ」
「?」
僕は、ななえ婆さんの顔をよく見ようと、顔を洗うために外していた眼鏡を再び掛けた。すると、ななえ婆さんはほっと胸をなでおろした。




