第五話 5
中村誠は、篠原正義がきちんと自分の部屋へ入ったことを確認するやいなや下宿を抜け出し、今度は戸田翔子を尾行するべく、彼女のアルバイト先の書店へ向かっていた。戸田翔子のバイトが終わるまで見張っていたら、彼女はバイト仲間の出口美紗と連れ立って、居酒屋へ向かっていた。女二人で居酒屋へ入ったのを確認し、まさかこれから篠原正義と二人きりで会う約束をしてるなんてことはないだろうなと安心し、踵を返して帰ろうとしたら、目の前に秋川緑が立っていてびっくりした。
「あーっ、中村君じゃない! ちょうど良かった! 一緒に飲もうよ」
「えっ?」
「えっ?って、今、ここに入ろうとしてたじゃない」
「いや、ちがっ……」
「いいからいいから! 大勢で飲んだ方が楽しいし!」
そう言って、中村誠は秋川緑に無理矢理居酒屋の中へ押し込まれた。
「あーっ! 翔子ちゃん、美紗ちゃん、来てたのーっ?」
秋川緑は、店に入るなり、戸田翔子と出口美紗を見つけて叫んだ。
「あ、緑姉さんだ! うん! こっちへ座って座って!」
やっぱり、こういう展開になるよなと秋川緑と戸田翔子たちのやり取りを聞きながら、中村誠は戸田翔子と出口美紗に顔を隠すように横を向いて立っていた。
「あれ? 今日は杉田さんと一緒じゃないの? 違う人なんだね」
「ああ、うん。ちょうど店の前でバッタリ会ったの。同じ下宿に住んでる中村君ていう子……」
と紹介しながら、秋川緑は何か違和感を感じていた。案の定、中村誠は、なんだか様子がおかしい。さっきから、今にも逃げ出しそうな体勢で玄関口に突っ立ったままだった。そういえば、今朝、中村誠と篠原正義が戸田翔子のことで話し合っていて、揉めてたような……。二日酔いでまだ頭がぐらぐらしていたので、よく覚えていないのだが、二人のやり取りを漸く思い出して、「あ!」と呟くと、気付けば、「中村君! 調度良かったじゃない! 翔子ちゃんに告白しなさいよ!」と明るく中村誠に向かって叫んでいた。
そう大声で叫ばれて、中村誠は今すぐにでもここから一目散に逃げたいと思ったのだが、気になって戸田翔子の方をちらと振り返ったら、彼女の顔がみるみるうちに紅潮して目が吊り上がっていくのが分かった。やばい、帰りたいと思ってももう遅い。秋川緑は中村誠の腕を掴んで、戸田翔子の真正面の席に座らせた。しかし、中村誠も戸田翔子もだんまりである。その様子を見て不穏な空気を感じた出口美紗が秋川緑相手に口火を切った。
「それでね、緑姉さん、ポスターを翔子が作ってくれたの。見てくれる?」
「えーっ? ほんとに作ったの?」
「そうなの。ポスターなんか町内掲示板に貼ったら、逆に名誉棄損で訴えられるような気がしないでもないけど」
「でも、相手の居場所が分からないんだから、おびき寄せるにはいいかもしれないわね」
「やっぱり、ビラ配りのほうがいいかな」
「そうね、最初はそのほうがいいかもしれないけど、とりあえず、ポスターを見せてみて」
秋川緑がそう言うと、出口美紗はポスターを広げてみんなに見せた。ポスターには男の顔写真がでかでかと中央に鎮座し、かなり大きな目立つ字で「凶悪結婚詐欺の犯人。見かけたらご一報ください!」と描かれていた。
戸田翔子も中村誠も一言も喋らないで、二人の会話を聞いていたのだが、ポスターの顔写真をよく確認した瞬間、中村誠は「ええーっ! なんでーっ!?」と大声を上げていた。その声にびっくりした三人は、揃って中村誠の顔を見た。
「な、なにっ? 急に? びっくりするじゃない!」
秋川緑が言った。
「あ、あの、このポスター、何なんですかっ?」
「何って、結婚詐欺師を捕まえようと思ってるのよ」
「マジでっ? マジで結婚詐欺をはたらいたんですかっ?」
「うん」
「誰が被害に遭ったんですかっ?」
「美紗ちゃんと私」
「え……」
「二人も騙すなんて酷い男でしょ? でも、多分、二人じゃないと思うよ。きっともっと騙してると思う。中村君もこの男を見かけたら、是非連絡ちょうだいね!」
「はぁ……」
「あら、なんか元気ないわね」
「この男、僕の知ってる人によく似てる……」
「えーーーっっっ!!! マジでっ?」
秋川緑がそう訊ねると、中村誠は無言で頷いた。




