第五話 3
住井真紀と別れた畑中麻利絵は、意気消沈してトボトボと通りを歩いていた。すると、前から走って来る若い男性とふと目が合った。どこかで見たことがある男性だなと思って、目を凝らしてよく見たら、大学のサークルの先輩だと気付いた。彼はハンサムな目立つ人だったし、サークルの女子には人気があったけれど、もう随分前からサークルには来なくなっていて、辞めてしまったのかなと思っていた。でも、彼女は同時にあることを思い出していた。そういえば、真紀も彼のことが好きだったなということを! それを思い出した瞬間、畑中麻利絵は走り去ろうとする彼を咄嗟に呼び止めていた。
「あ、あの!」
その男性は、少し困った顔をして、立ち止まって、振り返った。
「あの、浜本先輩じゃないですか?」
「?」
「私、誠心国際大学の二年の畑中といいます。天文同好会の先輩の浜本さんですよね?」
「え? そ、そうだけど……」
「すみません、覚えてないですよね。先輩をサークルでお見かけしたのはもう随分前だから」
「ごめんね、覚えてないや。俺、実は大学を一年前に辞めちゃったから」
「そ、そうなんですか……。だから、最近はお見かけしてなかったんですね」
「うん」
「あ、あの、つかぬことをお伺いしますが、この子のことを知ってますか?」
畑中麻利絵は鞄の中から携帯を取り出すと、住井真紀の写真を浜本琢磨に見せた。
「あ! 知ってるも何も、一緒に住んでるよ」
「えーっ!? い、い、一緒に住んでるんですかっ!?」
「ああ、一緒に住んでるって、そういう意味じゃなくて、同じ下宿の違う部屋に住んでるっていう意味」
「はあ、そうなんですか……あー、びっくりした……」
「うん」
「え? ちょっと、待って……お、同じ下宿に住んでるんですかっ?」
「うん、そうだけど」
「なんでですかっ?」
「なんでと訊かれても僕も分かんないよ。たまたまだと思うけど」
「そ、そうなんですか……。あの、この子も同じ大学でサークルの後輩だったんですよ。覚えてますか?」
「えー、そうだったんだ……。悪いけど、覚えてないかな……」
「実は、彼女、行方不明になってて、私、ずっと捜してたんです。どこに住んでるのか教えてもらえますか? 彼女のご両親も心配してるので」
「すぐそこの希望荘という下宿ですよ」
そう言って、浜本琢磨は振り返って、ボロボロの希望荘を指さした。
「そうなんですね! ありがとうございます!」
「あの、もう行っていいかな。僕、これからバイトがあるし、下宿に忘れ物をしたから、大急ぎで取りに帰らなきゃいけないんだよ」
「あ、ごめんなさい。お引き留めしてしまって」
浜本琢磨は笑顔で軽く会釈すると、爽やかにその場を去っていった。畑中麻利絵は、しばらく浜本琢磨の後姿を見送っていたが、すると、少し経って、電信柱から誰かが飛び出してきて、彼の後を追い始めた。彼女はびっくりして、浜本琢磨を追跡する人物が誰なのか、目を凝らして確かめたが、その姿はどう見てもさっき別れたばかりの住井真紀だった。
あの子、何やってるんだろう? 畑中麻利絵はそう思いながら、呆然とその場に佇んでいた。




