第五話 1
「本当に、何にもないんだね?」
僕は中村誠に捕まって、質問攻めに合っていた。
「何にもないどころか、嫌われてると思うんですけど」
「なんで?」
「図書館で本の奪い合いをしてたからです」
「要するに、君の亡くなった恋人にそっくりな彼女を公園で見かけて捜していたけれど、図書館で偶然出逢って話してみたら、亡くなった彼女とは全くの別人で、馬が合わずに喧嘩になったってこと?」
僕は中村誠の顔を見ながら、「うん、うん」と頷いていた。
「じゃあ、顔を知ってるだけで、別に特別な関係でも何でもないってことなんだね」
僕はまた中村誠の顔を見ながら、「うん、うん」と頷いた。
「なーんだ。それならそうと早く言ってくれれば良かったのに~」
僕が言う前に、騒ぎまくってたのはそっちなんだけどなと思いながらも、中村誠がそう言ったので、ちょっとほっとしていた。
「それじゃあ、僕はこの辺で」と言って台所を出ようとしたら、中村誠は「どこへ行くんですかっ?」と訊いてきた。
「えっ?」
「これからどこかへ出掛けるんですかっ?」
「部屋へ帰るだけですけど……」
「ほんとに?」
「ほ、ほんとです」
「なら、いいですけど!」
中村誠はそう言って僕を睨み付け、僕が部屋へ入りドアを閉めるまで、後ろからついて来て見張っていた。
部屋へ帰って、窓を開けてぼんやり眺めていたら、浜本琢磨が元気よく出掛けて行くのが見えた。と同時に、下宿の前でまた大家と蔵元爺さんが大喧嘩していた。なんでも蔵元の爺さんが、集めたゴミを一斗缶で燃やしていて煙が辺りに充満するので、そのことでトラブルになっているらしい。「警察に通報するぞ!」という怒鳴り声が聞こえた。その喧嘩の様子を眺めて辟易していたら、浜本琢磨を追いかけるように後ろをつけている人物が目に飛び込んで来た。その人物は、おそらく、この間、リヤカーの後ろを追いかけて来ていた真紀という女の子だろう。彼女は浜本琢磨に気付かれないように、距離を取って注意深く後を付けていた。どう見ても、彼女は探偵かストーカーにしか見えなかった。
「まただ……。何やってるんだろ……」
僕は、そうぼやいた。




