第四話 6
目が覚めたとき、翌日の午前二時だった。真っ暗な部屋の僕の寝ている布団のすぐ脇に、毛むくじゃらの物体が座っているのに気付き、思わず「う、うわあああ!」と叫んで飛び起きた。なんのことはない田中の爺さんだった。日の入りと共に寝る習慣のある田中の爺さんは、随分眠そうな目をしていた。
「おお、やっと目が覚めたか! 心配しておったぞ。しかし、そんなに毎回びっくりせんでも良かろう」
「は、はぁ、すみません……。いつからここに?」
「午後三時からじゃ」
「十一時間もここに座ってたんですかっ!?」
「そうじゃ。それより、どうじゃ? ワシの言った通りであっただろう?」
「な、なにがですか?」
「忘れたのか?」
「はい、すっかり……」
「世話が焼けるのぅ。『鍵を握る人物』がしっかりせぬことにどうするんじゃ」
「あの、だから、『鍵を握る人物』て誰のことなんですか?」
「お主に決まっておろう」
「何の『鍵を握る人物』なんですか?」
「それは言えぬ」
「どうして?」
「どうしてもじゃっ!」
「だったら、どうしてここにいるんですか?」
「それはお主が心配だったからに違いなかろう」
「それはどうもありがとうございます……」
「では、さらばじゃ」
「は?」
「容体は良くなったようじゃから、ワシの用は済んだ。ワシはお主を守らねばならぬのじゃ」
「はぁ……」
「それがワシの役目じゃ」
そう言って、僕が無事に目が覚めたことを確認すると、田中の爺さんは自室に帰って行った。
「なんなんだよ、まったく……」
そうは思ったが、そう言えば、僕は田中の爺さんの言った通り、図書館で捜していた沢野絵美に遭遇していたことを思い出し、「あーっ!」と叫んでいた。正確に言えば、沢野絵美ではなく沢野絵美に瓜二つの戸田翔子だったのだが……。田中の爺さんはある意味、幽霊より怖ろしいかもしれないと思った。しかし、部屋の隅に置いてある饅頭の山が目に入り、添えられた手紙を読むと、「お主は甘い物が好きであろう。元気になったら食らうがよい」と書かれてあり、なんだか知らないけれど、それを読んで僕は一人でじーんとしていた。




