第四話 5
「あーあ、またダメだったの?」
「うん……」
「もう、そんなに落ち込まないのよ。翔子は人に騙されてないだけ、まだ私よりマシでしょ?」
「そうだけど、でも落ち込むわよ。私って才能ないのかな……」
「あるわよ! ある!」
「画廊の娘の美紗にそう言われると嬉しいけど、何年も同じことを言われ続けてるのもね……。いい加減、私も落ち込むよ」
「そいじゃあ、今日は憂さ晴らしに居酒屋にでも行くか」
「うん」
戸田翔子はバイト仲間の出口美紗と共に、書店のアルバイト帰りに、店主と顔なじみのいつもの居酒屋に向かった。
「それでね、秀巧社のロビーでばったり中学の同級生に会ったのよ。金曜の晩、夕飯を一緒に食べようってさ」
「ええーっ? 良かったじゃん! 編集長を紹介してもらいなよ!」
「でも、なんだかすごく悪い予感がするのよ」
「どうして?」
「だってね、ソイツ、昔、私のストーカーだったの」
「え……、マジで?」
「うん、マジ。当時、私、片想いのお兄ちゃんがいたのね。名前も知らなかったけど、小学生の頃からずっと好きだったの。公園で、いつも小さい子を相手に遊んであげるような優しいお兄ちゃんだった。でも、アイツが私に付き纏ったおかげで、そのお兄ちゃんにアイツとツーショットでいるところを目撃されて、あえなく失恋したってわけ」
「うわー、うざ……」
「だから、いくら秀巧社の人を紹介してくれると言われても、全然嬉しくないのよ。だって、うまくいったとしても、絶対もれなくアイツがくっついてくるわけだから」
「そっか」
「それより、美紗の捜してる人間は見つかったの?」
「見つかるわけないじゃん」
「探偵にでも頼んだら?」
「そうしたいんだけど、そんなお金ないし、見つけたところでアイツからお金を取り戻せるとも思わないしね。もう全部使っちゃってるわよ」
「そうだろうねえ。でも、マジでムカつくわね。私が代わりに捕まえて、首絞めて腕の一本でもへし折ってやりたいわ!」
出口美紗は三ヶ月前に、生まれて初めて恋人が出来たのだが、その男性に騙されて、なけなしの貯金、百万円を騙し取られていたのだった。
「でも、すごく優しかったのよね……」
「優しい男が、大金貸してくれなんて言わないわよ」
「そうだよね……私ってバカだよね……」
そう言って、出口美紗はシクシク泣きだした。そんな彼女を見ていると、戸田翔子もいたたまれなくなって、「お兄さん、ビールもう一杯!」と手に持っている空のジョッキを突き出して注文した。
「翔子ちゃん、弱いんだから、もうやめときなよ」
カウンターの向こう側から、店主が止めたが、戸田翔子は「ダメ! もう一杯!」と言いはり、結局、彼女は泣き崩れて寝ている出口美紗の横で、一人で飲みまくっては、隣の男性客に「うるさい! 男の癖にウジウジしやがって、シャキッとしろ、シャキッと。そんなんだから、女房子供に逃げられるんだよ!」と、勝手に他人の会話の中に入って、暴言を吐いている始末だった。困り果てた店主は、客に謝り戸田翔子の口を塞いだ。その後、出口美紗をおんぶし、近くの下宿まで送っていった。一方、戸田翔子のほうは、出口美紗と違って、ふらふらしながらも自分で歩けるので、「送ります」という店員の言葉を遮り、「大丈夫! 一人で帰れるから!」と言い張り、店を出た。
店からアパートまでの道程、途中、小学校の前を通る。すると、校門の前に段ボール箱が置いてあり、そこに仔犬が捨てられていた。翔子は暫くその段ボール箱の前で、座って仔犬を眺めていた。なんだか無性に情けなくなった。
「あんたも捨てられて一人ぼっちなんだね……」
戸田翔子はそう呟いた。暫く仔犬と遊んでいたが、彼女は意を決したかのように、もう一度呟いた。
「私もね、誰からも拾って貰えないし、必要とされてないの。でもね、決めた! 今日は私があんたを拾ってあげる」
そう言うと、戸田翔子はペットを飼うことが禁止されているにも関わらず、アパートまで仔犬を連れ帰ったのだった。




