第三話 12
戸田翔子と別れた後、気付けば足は自然と公園に向かっていた。途中、スーパーに立ち寄り、一升瓶の日本酒やら酎ハイやら酒の肴を購入した。峰岸の爺さんと一緒に飲むつもりだった。本当にムカついていた。あんな横暴で図々しい女は見たことがなかった。そりゃ、今まで、女性に優しくされたことなんて沢野絵美以外には皆無だったが、無視されることはあってもあんなに露骨に無碍な扱いを受けたことがなかった。「先に予約されてたんですね。それでしたらお返しします。どうもすみませんでした」と言って、先にこっちに本を貸してくれるのが、普通の人間のすることだろう。彼女とのやり取りを思い出すだに腹立たしかった。だから、今日は酒好きの陽気な峰岸爺さんと鬱憤晴らしに飲みたかったのだ。
まだ昼間なので、公園には峰岸の爺さんは見当たらなかった。峰岸の爺さんを捜して土手沿いを歩き、ついに橋桁の下の浮浪者サロンまで行きつくと、そこに古参の者やら新参の者などみんながたむろしていたので、僕は持って来た酒を振る舞い、昼間から酒盛りをした。途中まで、みんなは、前と違って小ざっぱりした僕が誰だか分からなかったみたいだが、酒が入ればそんなちっぽけなことはどうでも良い。今が楽しければそれでいいのだ。
「ああ、この間、ありがとよ」
「?」
「酒だよ、酒。枕元に置いて行ってくれたのは兄さんだろ? 悪かったな。何か話したいことがあったんじゃねぇのか?」
「いえ、公園に彼女を捜しに来ただけですから」
「まだ見つかってないのか……」
「ええ」
「でもよ、あれから、俺、見かけたような気もするんだよな……」
「えっ!?」
「いやぁ、寝ぼけてたからよく覚えてないんだけどな、一回だけ見かけたような気がするんだよ」
「公園でですか?」
「うん」
「いつ頃ですか?」
「一ヶ月くらい前かなぁ」
「そうなんですか……」
「また来そうな気もするけどな」
「そうですね……」
そんな会話をした後、珍しく身の上話になって、何故僕が公園に辿り着くことになったのか、気が付けば、峰岸の爺さんに洗いざらい話していた。
「そうか、そんな理由があったのか。天涯孤独だなんて兄さんも大変だったな。だけどよ、亡くなった恋人と瓜二つの人間がいるなんてよ、そりゃ誰だって捜したくなるわな。もしかしたら、本当に生きてるのかもしれないぜ。でも、兄さん、彼女の葬式に行ったんじゃないの? ちゃんと遺体を見てるんだろ?」
「……」
僕は峰岸の爺さんの問いに黙って頷いた。交通事故で亡くなったのに、棺桶の中の沢野絵美の顔はそれはそれは綺麗な顔だった。その彼女の顔を思い出すと再び涙が零れた。すると、その様子に気付いた峰岸の爺さんは、「まぁ、飲めや」と言って、酒を勧めてくれた。
昼間からみんなで酒盛りをしていたのだが、日が暮れて来たので、僕は峰岸の爺さんと公園に向かっていた。今日は、公園で寝てもいいかなと思っていた。公園の隅に置いてある段ボールとブルーシートで塒を作ると、二人でそこに潜り込んだ。今日は、とことん飲むつもりだった。次第に夜が更けて、峰岸の爺さんは、とうとう耐えきれなくなって一人で眠りこけていたのだが、僕は逆にどんどん目が冴えてきていた。なんだか、ここにいると居心地が良すぎて、また浮浪者に逆戻りしそうだった。いや、そんなことはダメだ! 僕は沢野絵美との約束を果たさなければならないのだ!




