第三話 11
「で、この本、どうします? 私が先に借りていいんですか?」
僕とその女性は、図書館のすぐ傍のカフェで、向かい合って座っていた。彼女を観察した。分厚い眼鏡、灰色のトレーナー、薄汚れたジーンズ。どれをとってもセンスのないものを身に付けた野暮ったい女性だった。おまけに小柄な彼女に似合わない大きな布製の鞄を抱えている。
「しようがないでしょ? 男の僕が我慢して当然、みたいな雰囲気だったし……。それに、あなた、さっさと自分の図書カードを出して、借りる手続きしてたじゃないですか」
「だって、ずっと探してた本だったんですもん」
「それはこっちのセリフですよっ! 僕が一年半以上も前から頼んで探してもらってた本なんですからっ!」
「そうなんですかっ? それじゃあ、お返ししましょうかっ?」
と言いつつも、その女性は分厚い眼鏡の奥から僕の顔を睨み付けていた。
「いいですよっ! 別にっ! 図書館に返すときに、一番に僕に知らせてくれればいいだけですからっ!」
「分かりましたっ! そうさせて貰いますっ! それじゃあ、あなたの連絡先を教えていただけますかっ?」
言葉遣いは丁寧なのに、どう見ても喧嘩腰の最悪な雰囲気で会話していた。僕と彼女は携帯を取り出すと、電話帳にお互いの電話番号を登録した。彼女の名前は戸田翔子というらしい。
「しかし、なんでこの本に拘ってるんですか? もしかして、本探しにかこつけて、僕の後を付けてきたんですか? まるでストーカーみたいですね」
「はぁっ!? 訳が分かんない。なんで私があなたの後を付けなきゃいけないの!」
「いや、今日はさっきも見知らぬ女性に尾行されてたもんですから」
僕がそう言うと、彼女は物凄い形相になって、まるで化け物でも見るかのような眼つきで僕を見た。呆れているのか、彼女の口はずっと開いたままだった。
「自惚れてるのかもしれないけど、実際そうなんです! 僕が眼鏡をはずした途端、人が変わったように周囲の女性はなんとかして、僕と親しくなりたがっていた。それまで見向きもしなかったくせに! でも、迷惑なんです! ほっといてほしいんです! だから、あなたともこうやって話すのも本当はすごく嫌なんです!」
「はあああっ!? 私があなたと親しくなりたくて、こんなことをしてるとでも言いたいのっ! ポチたまのポチみたいなあなたに、そんなこと、言われたくないわっ! それにこの本は私にとって、すごく大切なものなのっ! だからどうしても借りたかっただけなのっ!」
僕は彼女に物凄い剣幕でそう言われて、心底びっくりした。だがしかし、すぐ横のウィンドウに映っている自分の姿を見て唖然とした。そうだった、さっき、本を探していた時、もう一度眼鏡を掛けたんだった。しかもセットして上げたはずの前髪が乱れ落ちて顔を隠している……。今の僕の容姿は、どう見ても不審者かプータローだった。実際、僕は、プータローだったのだが……。
僕は暫く黙って俯き、この事態をどうやって切り抜けようかと考えた。しかし、ここはやっぱり素直に謝るべきだと思ったので、「そ、そ、そうですね。僕みたいなヤツにそんなことを言われたくないですよね。どうもすみませんでした。それじゃあ、ご迷惑でしょうけど、二週間後、よろしくお願いします」と言って、僕はそそくさと席を立ってカフェを後にした。




