第三話 8
僕はちょっぴり感動していた。この下宿の人たちは、変人極まりないが優しい。そんな話をしながら、鯛めし弁当とすり身団子とアジの干物を頬張りながら、みんなで仲良く夕飯を取っていたのだが、頭の上の蛍光灯がチカチカしたと思ったら、突然消えて辺りは真っ暗になった。そう言えば、僕がここに来てからの一ヶ月の間、頻繁に停電している。もう五回は停電したと思う。建物が古いので、どこかの配線が錆び付いていてショートしているのではないかと少し心配になった。火事にでもなったら大変である。こんな木造の古びた下宿なんてあっという間に燃え尽きてしまうだろう。暗闇の中で、停電が回復するのを暫く待っていたが、一向に回復しないので、ななえ婆さんは窓を開けて外を確認すると、「外灯は点いてるよ。もう、まただよ! 絶対アイツの仕業だから! 頭に来るったらありゃしない! 爺さん、あんた、ちょっとブレーカーを見てきておくれよ」と言った途端、部屋の隅に置いていた七輪から炎が上がり、僕はパニックに陥った。
またもや、フラッシュバックが起こった。巨大な炎の中から叫び声が聞こえる。大勢の人が叫んでいる。僕は部屋の中に入ろうとするが、色んなものが上から焼け落ちてきて、一向に前に進めない。どうして火事になったんだ? 誰かが火を点けたというのか? 僕は約束していた。ずっと待っていたのに、約束の場所には誰もいなかった。帰って来てみたら、火事になっているなんて!
僕は頭の中に勝手に湧き上がってきた光景の中で、そんなことを考えていた。そして、暗闇の中で一人でもがいていた。
そのときである! 空から突然大量の雨が降ってきた! 僕たちはびしょ濡れになった。廊下に飛び出て、現実に引き戻されたのだが、どうやら停電した上に、火災報知器が七輪の煙を感知して、天井に備え付けられていたスプリンクラーから水が大量に放出されたらしい。
僕は、頭の中の妄想ともいえる映像と現実がごっちゃになって、呆然とそこに立ちつくしていた。そしたら、すぐ横に立っていた田中の爺さんが僕に言った。
「お主の捜している人間は、図書館にいるはずだ。そこ以外を捜しても無駄というものじゃ」
「そうなんですか、やっぱり」
と僕は返事をした。がしかし、どうも何か違和感を感じていた。
そういえば、僕は田中の爺さんに沢野絵美を捜していると話をしたことがあったっけ? いや、話したのは、秋川緑と中村誠と浜本琢磨だけのはずだ! どうして田中の爺さんはこのことを知っているのだ? 僕はそのことを彼に訊ねようと振り返ったが、自室に入ってしまったのか、そこに田中の爺さんの姿はすでになく、会社から下宿に帰って来たばかりのところでこの騒動に遭遇した中村誠に、「篠原さんっ、急いでっ! 部屋からタオルを大量に持って来てくれるっ? 僕はスプリンクラーを止めるからっ!」と頼まれ、みんなでてんやわんやしながら、大洪水に対処していたのだった。




