第三話 7
二人が下宿に到着したとき、僕もちょうど帰宅したところで、玄関先で出くわした。ほとんど初対面に近いにも関わらず、ななえ婆さんの荷物を部屋まで運ぶ役目をやらされる羽目になった。ななえ婆さんの荷物はほとんどが食べ物ばっかりで、名物鯛めし弁当をお土産にと、四人前も買って来ていた。今、彼女の部屋にいるのは三人なので、秋川緑は気を利かせて、「田中さんを呼んでくるわね」と言って席を立った。それで、今、四人で和気藹々と鯛めし弁当を食べているわけである。ななえ婆さんは、他にもすり身団子など、おかずになるお土産をどんどん紙袋から出してきて、狭い座卓の上に所狭しと置いたかと思うと、部屋の隅にあった七輪に火を入れ始めた。今から何が始まるのかと僕は目を丸くしながらその様子を眺めていたのだが、どうやらこれまた土産で買って来たアジの干物を焼いておかずにするようだった。
「姉さん、あんたさ、弁当を食べる前に、ビールを飲みたきゃ飲みなよ。せっかく買って来たんだからさ」
「そうしようと思ってたんだけど、ななえさんも田中さんも篠原さんもみんな飲まないんだもん。一人で飲む気しないわよ」
「別に遠慮なんかいらないよねぇ」
と、ななえ婆さんは僕と田中の爺さんに同意を求めてきたので、僕たち二人は「うん、うん」と頷いた。
「あ、そう言えば、あんた、新しく八号室に入ったんだよね? 篠原っていうんだね」
「ああ、すみません、ご挨拶が遅れて。篠原正義といいます」
「あのさ、ここはご覧の通り、変なヤツばっかいるけど、悪いヤツは一人もいないから、恐がって出て行くんじゃないよ」
ななえ婆さんはそう言いながら、ものすごい風貌の田中の爺さんを睨みつけていた。
「はい、大丈夫です。もうすでにみなさんに親切にしてもらってます」
「なら、良かった。ところで、姉さん、今日、なんか嫌なことがあったんじゃないの? あんたが酒を買ってくるときって、大抵そうだよね。聞いてやるから、良かったら言ってみなよ」
「いや、今日は、そんな大したことじゃないのよ。部長にムカついただけだから。篠原さん、あなたも色々あってここに辿り着いたんだろうけど、この下宿にいる人たちはね、みんな訳あってここに辿り着いてるの。何を隠そうこの私も、男に騙されて一文無しになってここにいるって訳なの。だから、篠原さんも全然何にも気にする必要なんかないんだから。ねー、田中さん」
「そうじゃ。この兄さんは、まだまともなほうじゃ。ああ見えて、中村誠のほうが問題ありじゃ。佐々木吉信など、この先どうしたもんじゃろのぉと思うがの」
「ほんとだよ。でも、あの佐々木のオッサンもよくぞここに辿り着いたとあたしは思うけどね。ここにいなきゃ、とっくの昔に野たれ死んでると思うよ」
「ほんとよね。大家さんが台所の冷蔵庫の中に無料で食料を入れてくれてるから、生き伸びられてるんだと思うわ」
「へー、大家さんてすごく良い人なんですねー!」




