第三話 5
僕はますます訳が分からなくなった。でもそう言えば、この下宿の名前は希望荘という名前だし、大家は「ここから巣立って行く者の人生が、希望に満ちたものになるようにと願って名付けた」そうだし、実際、この下宿出身で、後に出世した人は結構いて、中には誰でも知っている超有名人もいると聞いた。でも、僕が「鍵を握る人物」とはどういうことだ? いや、しかし、そう言えば、肝心なことを彼に訊ねるのを忘れていた。
「あのぉ、昨日、田中さんは僕に、『おお! お主! やっと来たか! 待っておったぞ!』と言ってたじゃないですか? あれは、一体どういう意味なんですか? 僕は田中さんとは初対面だと思うんですが……」
「いや、初めてではないぞ」
「え? そうなんですか? 会ったことあるかなぁ。ないと思うんですけど。だって、田中さんは一度見たら、絶対忘れられないと思うし……。もしかして、子供の頃に会ったことがあるのかな」
「いや、違う」
「じゃあ、最近?」
「いや、違う」
「じゃあ、いつ頃なんですか? 大学生の頃かな」
「違う。もっとずっと前じゃ」
「じゃあ、子供の頃じゃないですか」
「だから、違うのじゃ!」
「何が違うんですか!」
「違うと言ったら、違うのじゃっ!」
そう言って、田中の爺さんは僕の顔を睨んでいるので、僕が「じゃあ、僕は記憶喪失にでもなったのかな」と言ったら、彼は「そうとも言える」と言った。
「田中さん、僕に何か隠してるでしょ?」
「隠してなどおらん! この話は終わりじゃ! ワシはこれから洗濯をせねばならんのじゃ。先に洗濯機を使わせてもらうぞ」
と言って、洗濯物を持って慌てて階下に降りて行った。
なんだか腑に落ちないなと思いながらも、僕も自室に戻ったが、そう言えば、九号室の佐々木吉信について詳しく訊くのを忘れていた、ということを思い出した。それにしても、この下宿には謎が多い。六号室も七号室も九号室も十号室も明らかに変だ。いや、三号室もそうだ。真紀という女の子は一体どういう理由で、あんな謎めいた行動を取っているのだろう?
気付けば、僕は「わーっ!」と叫びながら、頭を掻きむしっていた。昨晩、徹夜したせいもあって、頭痛はどんどん酷くなっていった。それでも、僕は今日も外に出かけ、日が暮れるまで沢野絵美を当てもなく捜し続けたが、やっぱり今日も何の成果も上がらず、骨折り損のくたびれ儲けで帰宅した。




