第三話 4
「それで、挨拶が出来てないのは、三号室と六号室と七号室と九号室なんです」
僕は、田中の爺さんに住人の様子を訊き出そうとしていた。
「三号室の娘は、夕方には戻ってきておるようだから、また挨拶に行けばいいと思うがの。だがしかし、他の部屋は挨拶をせんでも問題なかろう」
「え? どうしてなんですか?」
「六号室の婆さんは、ほっといても向こうからそのうちやって来るだろうて。そう言えば、老人会の温泉旅行から今日帰ってくると言っておったがの」
「原口ななえさんですよね?」
「おお、よく知っておるではないか」
「はい、この間のお茶会で聞いたんです。九号室の佐々木さんのことと、十号室のことも少しは聞きましたけど、全く分からないのは七号室です」
僕がそういうと、田中の爺さんの顔が急に険しくなった。
「まず、十号室は空き部屋じゃ。しかも万年空き部屋で、ワシがここに住み始めて五十年にはなると思うが、人が入ったのを見たことがない」
五十年も住んでいるのか! まるで主じゃないか! 一体、希望荘は築何年なんだろう?と思いながら、「そうなんですか……。雨漏りするとか、どこか修理しなけりゃいけないような部屋なんですか?」と僕は訊ねた。
「そうではなかろう、何か大家が貸したくない理由でもあるのであろう。開かずの間じゃ」
僕はそれを聞いて、やっぱり、十号室は幽霊部屋なんだと思い、ぞっとした。
「じゃあ、七号室は?」
「七号室はのぅ……」
そう田中の爺さんは言ったかと思うと、続いて「ふうぅ」と大きなため息を吐いた。
「何か問題でも?」
「大いに問題ありじゃ」
「何が問題なんですか?」
「まぁ、その話はまたの機会に詳しく教えてやろう。とにかく、早うその茶漬けを食らうがよい。せっかくの煎餅がふやけるではないか」
と田中の爺さんが言ったので、僕は慌ててお茶漬けを掻き込んだ。
「しかしのぅ、七号室のアヤツは幸運じゃ」
「はぁ、そうなんですか……」
「そうじゃ。この下宿には、必ず救いの手が差し伸べられるようになっておるのじゃ」
僕は田中の爺さんの言葉の意味が分からず、しかめっ面で爺さんの顔を見ていたら、「『鍵を握る人物』はお主だというに、当人が全く分かってないとは、これいかに?」と言った。




