第二話 5
子供たちとひとしきり遊んだ後、捜す当てもないので、一旦、希望荘に帰ろうとしたら、後ろから不意に声を掛けられた。振り返ったら、そこに大家が立っていた。
「篠原君、人を捜してるのかね?」
「え?」
「さっきまで、あっちの隅で、森村の爺さんと話してたんだが、こっちに気付いてなかったようだね」
「あ、はい」
「いや、盗み聞きして、すまん、すまん。ちょっと聞こえたもんだからね」
「も、も、もしかして、下宿のことも?」
「え? 希望荘のことも話してたのかい? 人捜しのことだけだとばっかり思ってたが」
「あ、いえ、いえ、人捜しのことです」
大家には、希望荘の幽霊に関する話はどうやら聞こえていなかったようで、僕はほっと胸をなでおろした。
「俺はこの界隈の人間のことなら、多少は頭に入ってるから役に立てると思うよ。ただし、老人限定だがね」
大家はそう言いながら、「はっ、はっ、はっ」と笑った。僕も「ははは」と笑うしかなかった。
「取りあえず、捜している人の名前を教えなさい」
「沢野絵美さんといいます」
「ふーむ」
大家はそう言いながら考え込んでいて、やがて「あ! そう言えば!」と叫んだかと思うと、「ついて来なさい」と言った。もしかして居場所が分かったんだろうか? こんなに早々に分かるなんて、超ラッキーだなと思いながら、僕は大家に言われるままについていった。
十五分ほど歩いて着いた先は、ハワイアンカフェだった。大家に促されるままにテーブルについた。
「大家さん、おしゃれなカフェをご存じなんですねぇ」
「いや、たまたま知っててね。取りあえず、今日は俺のおごりだから、好きなものを頼みなさい。遠慮はいらないからね」
「いいんですか?」
「ああ、いいよ」
大家にそう言われたので僕は控え目にカフェオレだけを頼んだ。すると、大家は「本当にそんなもんでいいのかい。もっと頼んでいいんだよ。俺と同じものにしなさい」と言ったので、僕は素直に頷いた。しかし、テーブルに運ばれてきた物を見たとき、あまりのすさまじさに僕はびっくり仰天した。これは富士山ですかっ!?と言いたくなるくらいの山盛りの生クリームが載ったパンケーキの皿が二つ運ばれてきたのである! 僕は目を白黒させていたのだが、周りのテーブルを見てもみんな普通に大家と同じパンケーキを注文して食べているし、僕が物を知らなさすぎなのだと悟った。しかし、大家はニコニコしながらパンケーキを頬張っていて、あっという間に平らげてしまった。そして、すぐそこに立っていた男性店員に声を掛けると、男性店員は店の奥に引っこみ、代わりに腰の曲がったお婆ちゃん店員がやって来た。おそらく七十代半ばくらいの年齢だと思われた。そして、大家はその女性店員を僕に紹介した。
「篠原君、彼女じゃないのかい?」
「?」
「君が捜してるのはこの人じゃないのかい?」
「はぁ?」
「沢口恵美さんだろ? 君が捜してるのは」
「えっ、ち、違いますよ! 沢野絵美さんですよ!」
僕は、慌ててスマホの沢野絵美の写真を見せた。大家は食い入るようにその写真を見たが、老眼で見えないのか、手に持ったスマホを遠くに離し、一生懸命見ようとしているのだが、やっぱり見えないようだった。僕は、店員さんに「すみません。人違いです」と謝った。
「そうか、人違いか、すまなかったな。沢口恵美さんじゃなくて、沢野絵美さんなんだな」
「そうです!」
それで、仕方なくカフェを出たのだが、大家はまた「おおそうだ! 思い出したぞ! 今度は間違いない!」と言い、また僕を連れ回したのだが、連れていかれたところが、和風の甘味屋だった。僕はまた悪い予感がしたのだが、僕も大家と同じ甘党だし、まぁいいかと思って、その甘味屋の暖簾をくぐった。大家はまた、餡子てんこ盛りのあんみつを二つ注文した。そして、食べ終わると、店主に「えみちゃんはいるかい?」と訊いた。店主は「ああ、いますよ。呼んできましょうか?」と言って、えみちゃんを連れて来てくれたが、なんと小学生三年生くらいの女の子だった。僕は速攻で大家に「違います!」と叫んでいた。大家は「そうか、また違ったか。すまん、すまん」と言って、「ならば五丁目の饅頭屋の娘かもしれんな」と言ったので、僕はまた速攻で「違います!」と言った。沢野絵美の両親は、饅頭屋を営んでいるのではなく、二人とも中学の教師なのである。なんだか、だんだん腹が立ってきたが、大家は「いつも一人で食べてるからね。今日は篠原君と一緒に食べられて楽しかったよ」とニコニコしているので、沢野絵美は見つからなかったけれど、「もうその笑顔を見られただけで良かったです」と僕は大家に言った。