最終話 13
「セシルとセリーヌ 大切なものを探して」 エンディング・改訂版
セシル王子がセリーヌ姫と約束した満月の夜、西の国のセリーヌ姫は、セシル王子との約束の地、楡の木の丘へ向かおうとしていました。どうにか誰にも見つからずに、お城を抜け出すことは出来ました。セリーヌ姫は仲の良かった妹、アンジェラ姫にだけは本当のことを告げていました。アンジェラ姫は、セリーヌ姫に、優しいセシル王子のことをいつも聞かされていたので、自分もいつしかセシル王子には憧れるようになっていて、姉の密かな恋を応援していました。アンジェラ姫は誰にも知られないように、そっとセリーヌ姫を送り出しました。セリーヌ姫は、南の国の楡の木の丘へと急いでいました。北の国のニコラス王子と婚約しているセリーヌ姫は、セシル王子と駆け落ちする覚悟でした。
一方、セシル王子も約束の地、楡の木の丘へと急いで向かっていました。到着すると、セリーヌ姫に駆け寄り、力いっぱい抱きしめました。そして、「今から僕と一緒城に来てください」と言いました。けれども、セリーヌ姫は「いいえ、私は南の国の敵国、西の国の者ですし、すでに婚約者がいます。そんなことをしたら、私はその場で殺されるか、西の国に連れ戻され幽閉されて、一生あなたに会えなくなるでしょう。今すぐ、あなたとここから逃げたいのです」と言いました。けれども、セシル王子は「いいえ、大丈夫。あなたは絶対に殺されたり、連れ戻されたりしません。私の言葉を信じてください」と言いました。セリーヌ姫の頭に、不安が擡げましたが、セリーヌ姫はセシル王子を信じることにしました。
セシル王子は、今度は南の国の城に堂々と正面の入り口から、セリーヌ姫を連れて入って行きました。王も王妃もリタ姫もアーロン王子も叔父叔母夫婦も、久しぶりに南の国に帰って来たセシル王子を見て、喜びでいっぱいでした。けれども、セシル王子が連れている女性が西の国のセリーヌ姫だと分かり、城内は騒然となりました。みんなは驚き、ある者は、「憎き敵国の姫などすぐに殺してしまえ!」と叫んでいます。セシル王子の叔父は「お静かに!」と叫んでみんなを黙らせました。セシル王子は口を開きました。
「私は父との約束通り、この三年間、数々の国を渡り歩き、自分にとって一番大切なものは何かを探して歩きました。ところが、訪れる国訪れる国、不幸な人ばかりに出逢い、何が一体大切なのか分からぬまま、随分長い間、放浪しました。けれども、ある日、気づいたのです。自分はもしかしたら、表面だけを見て来たのではないかと。それを教えてくれたのは、叔父夫婦でした。叔父夫婦はみなさんがご存じのとおり、東の国のみんなの反対を押し切って結婚し、叔母は今も東の国に一度も帰れてはいません。けれども、二人はとても幸せそうです。おそらく、この城の中にいる誰よりも幸せな二人じゃないでしょうか。何故幸せなのかと言うと、二人はいつもお互いを『思いやり』、『支え合い』、そして二人の間には『笑顔』があるからです。一度だけ、私はこっそりこの城に帰って来たのですが、そのときに、そのことを叔父と叔母に教えて貰ったのです。そして、再び、旅に出ました。今度は表面だけでなく、側面も観察しました。その結果、私が不幸だと思っていた人は、不幸どころか幸せな人であることが分かりました。その人たちには、人を『思いやり』、『支え合う』人がおり、『笑顔』を交わす人がいます。そして、私はついに見付けたのです、自分にとって一番大切なものは一体何なのかを。それは、セリーヌ姫でした。彼女と僕の間には、いつも『思いやり』や『支え合い』や『笑顔』がありました。セリーヌ姫こそが私にとって一番大切な存在なのです!」
セシル王子がそう叫ぶと城内は少しの間、シーンと静まり返りましたが、すぐにまた「でも、私の兄は西の国の兵士に殺されました!」と泣き叫ぶ者が現れました。すると、それまで、黙っていた叔父が「証言者がいます」と静かに口を開きました。叔父は城下の子供たちを連れていました。そして、ある少女は「うちは満足にご飯も食べられないくらい貧しく、ましてやお菓子など買うお金もありません。けれども、この方たちは、いつも私たちに優しくしてくれ、お菓子をくれたり、紙芝居を見せたりしてくれました。こんな優しい方はいません」と証言しました。また、ある少年は「僕の母が病気だと知った西の国の姫は、家で寝ている母を見舞ってくれたり、お医者さんに診せてくれたり、母が良くなるまで家に何度も薬を持って来てくれたりしました。その甲斐あって母の病気は治ったのです。母は、こんな良い方はいないと泣いて喜んでいました」と証言しました。人々は「西の国の姫が南の国の子供たちにお菓子を配っていただと! しかも病気の人間の世話までしていたなんて!」と驚きの声を上げました。その声を聞き、王子は再び、口を開きました。
「南の国も西の国も過ちを犯し、多くの人が亡くなりました。その悲しみを忘れることなど、一生ありません。でも、果たして、亡くなった人は、自分のために、また殺し合いをしてほしいと思うでしょうか? きっと、そうではないはずです。南の国と西の国が仲良くなり、平和になってほしいと願っているはずです。その悲しみを無駄にしないために、私たちは仲良くならなければならないのです。今こそ、西の国の人々を『思いやり』、『支え合い』、そして『笑顔』を交わし、一緒に幸せになるべきではありませんか!」
セシル王子がそう言うと、ある女性は「息子たちが亡くなるのはもう耐えられません。大切なのは平和です」と叫び、みんなが「そうだ、そうだ!」と言いました。そして、セシル王子の父、南の国の王が口を開きました。
「セシルは約束通り、一番大切なものを見つけて帰って来た。今、この瞬間からセシルはこの国の王である!」
すると、城内から割れるような拍手と歓声が起こりました。
それから、しばらくして、南の国と西の国は平和条約を結び、永遠に戦争は行われないことになりました。そして、南の国のセシル王子と西の国のセリーヌ姫は結婚し、いつまでもいつまでも幸せに暮らしました。
めでたし、めでたし。